Int.66:ファースト・ブラッド/吉川ジャンクション迎撃戦④

『……白井、本当にやる気か?』

 ステラたち前衛部隊の展開するゴルフ場から遠く離れた丘の上。県道356号沿いの丘の上で膝を突くダークグレーの≪新月≫のコクピットで、そんな西條の言葉に対し、白井は「勿論」と頷き、即答する。

『しかし、そこからでは森が邪魔で、射線が通らんだろうに』

「まあ、確かにその通りっすね」

 苦い語気の西條の言葉に、白井もまた苦い顔を浮かべながらそう言い返す。

「――――でも、ブチ抜くぐらいは可能っスよ。俺っちの140mmならね」

 その後で、白井はニッと小さく笑みを浮かべながら、各種情報が網膜投影される視界の中に、倍率表示のターゲット・スコープを右眼側へと表示させる。

「弥勒寺、それに国崎も! ありったけのデータを俺に寄越せ。お前らが連中とステラちゃんの場所さえ教えてくれりゃあ、ここからブチ抜いてやる」

『待て白井、お前まで気が狂ったのか!?』

 国崎は尚も狼狽した様子で声を荒げそう叫ぶが、しかし一真の方はといえば『……ヘッ』と小さく不敵に笑い、

『オーケィ、刻んだ。お前に任せるぜ、白井』

「あいよ、任されて」

 そして、二人は互いの顔を視界の端に眺めながら、不敵に笑い合う。

『――――戦術モード変更、ノーマルからスキャン・モードへ! 待ってろよ、ありったけのデータ叩き込んでやる!』

『待てよ弥勒寺! それじゃあ俺たちが無防備に……!』

 一真の行動に国崎が狼狽するのも、尤もなことだった。

 スキャン・モード――――即ち機体の全センサーをフル稼働させた索敵モードなのだが、これは燃料電池の電力消費量が馬鹿みたいに増える上、機体制御OSから何から何まで、機体そのものの全てが索敵に費やされる為に戦闘行動が不可能になり、ほぼ無防備になるといった致命的な欠点があるのだ。

 だから、国崎が狼狽するのも当然のことだった。後方ならさておき、前衛でこんなことをするなど、正気じゃない。

『――――いえ、問題ありません』

 しかし、そんな国崎の荒げる言葉を半ばで遮ったのは、今も交戦を続けているヴァイパー01、即ち錦戸だった。

『敵の先鋒は、私が全て引き受けます。何、レーヴェンスさんの活路を開くまでの時間ぐらい、稼いでみせますよ』

『しかし、教官……!』

 余裕綽々の顔で錦戸は言うが、しかし彼の担う敵の量は凄まじく。敵の三割ほどがステラの方に集中しているとすれば、錦戸は残り七割をたった一機で引き受けているようなものなのだ。

『何、あまり私を嘗めないで頂きたいものです』

 だが、そんな状況でも錦戸は笑みを絶やさず。周囲に群がる敵を無駄なく、効率的に撃滅し続けながら、しかしその顔色は至極穏やかだった。

『これでも私は、ずっと少佐の背中を追い掛けて来たんです。この程度の雑魚、百や二百ぐらいは平らげられなければ、誉れ高き≪ブレイド・ダンサーズ≫の名に傷が付くというものでしょうて』

 ニコニコと相変わらずの好々爺めいた笑みを浮かべながら錦戸がそう言えば、西條が『……フッ』と小さく笑う声が無線から漏れ聞こえてきて、

『……頼むぞ、錦戸』

 そう、小さく呟いた。

『ええ、勿論ですとも』

『……後、少佐は余計だ』

 教官二人が不敵に笑い合っている間に、一真の方はといえば『そういうことだ!』と叫んでいて、

『さっさとお前もスキャン・モードを起動するんだよ! ――――時間がねえんだ!』

『チッ……! こうなっては仕方ない、ままよ!』

 ≪閃電≫・タイプFと≪叢雲≫、二機が全開稼働のスキャン・モードを起動すれば、二機が収拾する情報はデータリンクを通し凄まじい勢いで白井機に流れ込んできて、網膜投影とシームレス・モニタの中が随分と賑やかになっていく。

「おーおー、来た来た……」

 その情報は≪新月≫標準搭載のコンピュータと、そして白井機が右の背中に背負う狙撃支援機材にも送られ、並列処理を以て物凄い速さで処理が進んでいく。

 白井機が右の背中に背負うそれは、霧香機やまどか機が背負うミサイル用の誘導ユニットと同様に、背中のサブ・アームを兼ねたマウントを取り外した上で直接取り付けられているものだ。

 だが、81式長距離狙撃支援システムと呼ばれるそれが取り付けられているのは右側だけで、左側のサブ・アームは相変わらず残っている。霧香たちの背負う誘導ユニットよりは、随分と小型なものだった。

 しかし、そこに積まれているのは多目標を同時ロック可能な狙撃戦用の高度なFCS(火器管制装置)や情報処理用コンピュータ・ユニット、そしてOH-1偵察ヘリコプターの索敵センサを流用した高度な観測機器と、かなり有用にして贅沢なものばかり。より高度な狙撃支援を可能にする、高価なオプション・バックパックなのだ。

 その81式狙撃システムも共にフル稼働させ、送られてくる情報を機体のコンピュータを併用しつつ並列で処理。そうすればステラ機の現在位置と大まかな敵の位置が、それぞれ緑と赤のターゲット・ボックスで≪新月≫コクピットのシームレス・モニタに表示される。

「よぉし、これでイケる……」

 独り言を呟きながら、白井は映し出された標的のひとつをロック・オンした。これで、あの辺りに居る標的に向けて狙撃滑腔砲の砲身が向けられ、自動的に適切な弾道補正を掛けてくれる。

『僕らも急ぐ。けど、確かに間に合うかは五分五分だ……。だから、頼むよアキラっ!』

「分かってるって。エマちゃん、そんなに焦るとらしくないぜ?」

 ニヤニヤとしながら小さく頷いてやれば、エマもまたフッと小さな笑みを浮かべつつ『……かもね』と短い言葉を返した。

『……任せたぞ、白井』

了解ウィルコ、任されて」

 白井は更なる弾道修正をマニュアル照準で掛けつつ、低く唸るような西條の言葉にそう、軽い調子で頷き返す。

「っと、いけねえいけねえ」

 すると、白井は何かを思い出したのか。一瞬操縦桿から手を離せば、懐から何故だかマッチ棒を取り出し始め。それをおもむろに口に咥えるような格好をしてみせる。

「やっぱり、これが無いと落ち着かねえってか、締まらねえよな」

 そんな独り言を呟きながら、右手は再び操縦桿を握り直し。そして神経は右の指先と、そして右眼に見える倍率照準のターゲット・スコープへと一切合切を集中させる。

 その視界の中、シームレス・モニタと重なる網膜投影の中では、コンピュータ上で合成されたステラ機と敵のシルエットが、まるで森を透視するかのように見えていた。

 勿論、精度は完璧というわけじゃない。多少のタイム・ラグや位置のズレはあるが、しかし一真機と国崎機、二機がスキャン・モードをフル稼働させて共有してくれるデータがあるお陰で、精度自体はかなり高いものになっている。

「さて、と……」

 白井機は膝立ちになった格好を維持しながら、しかし右手マニピュレータで銃把を握り、左手を添えた81式140mm狙撃滑腔砲の下部から安定用の杭を展開し、一脚モノポッドのようなそれを、思い切り直下の地面に向かって突き刺した。

 同時に背中の狙撃支援システムからも、ダンパー付きで伸縮する補脚を機体後方に向けて伸ばす。こうすれば機体は完全に安定し、砲身のブレも少なくなる。

「風速、風向、湿度に温度、一気に確認……」

 小さく呟きながら、白井はマッチ棒を咥えた口元で、ニッと小さく口角を釣り上げる。

「ならまあ、やってやるさ……――――ステラちゃん!」

 白井がそう叫べば、ステラは『何よっ!?』と焦燥した声色で返してくる。

 この頃になれば、既にステラ機に残弾は無く。両手と背中の四挺の突撃機関砲は既に棄てていて、今は両太腿の予備ハードポイントに懸架していた六本の00式近接格闘短刀の内、マニピュレータで逆手に抜き取った二本を使い、周囲に群がる敵に対し必死の格闘戦を繰り広げているといった状況だった。

「二秒だ! 二秒でいい、一瞬だけ立ち止まってくれ!」

 でなけりゃ、動き回られてちゃあ狙い辛くて仕方ねえ――――。

『馬鹿言ってんじゃ、ないわよッ! こんな状況で立ち止まりなんかしたら、それこそ一巻の終わりだわ! そんなことも分からないの、アンタっ!?』

「分かった上で言ってる、当然!

 ――――けど、一瞬だけで良い。俺を信じてその一瞬をステラちゃんが俺にくれるんだったら、逃げ道を俺が拓く!」

『……信じて、良いんでしょうね?』

「信じてくれよ。ま、その結果は神のみぞ知るってところだけどさ」

 白井がそう言うと、ステラは何故かクスッと小さく笑い、

『なんか、イマイチ締まりきらないわね……。

 ――――ま、どうせハーミット連中もすぐそこ。これ以上はジリ貧になるだけ……。良いわ、アンタにアタシの命、預けた』

「あいよ、預けられたぜ!」

 ニッと不敵に笑いながら、白井は照準位置の最終微調整をマニュアル照準で行う。コンマ数mmの世界で、砲身を微妙に動かしてやる。

「…………まあちゃん」

 君が生きてるのか、それとも死んでるのか。そんなことは分からない、分かりたくもないけど――――。

「もし、こんな俺をまだ見ててくれるんだったら」

 ――――少しだけ、俺にちからを貸してくれ。

「俺は、立ち止まるワケにゃいかねえ。だから――――」

『止まる……! 預けたわよ、キッチリ仕留めてみせなさいッ!!』

 ステラが、その動きを止める。己を信じ、完全な無防備を晒して。

 ――――だから、まあちゃん。もし、まだこんな俺の傍に居てくれてるのなら。少しだけ、俺を助けてくれよ。

「こういう時だからこそ、笑って仕留めてみせにゃな。

 …………だろ?」

 最後に、ニッと小さく不敵な笑みを浮かべ――――そして、白井は一切の迷い無く、その右の人差し指で操縦桿のトリガーを引き絞った。

 ――――轟音、そして地響き。

 大地を揺さぶる雷鳴の如き、地を揺らす重々しい爆発音。それが轟き大地を揺らせば、ドデカいマズル・ブレーキの付けられた狙撃滑腔砲の砲口で、物凄い閃光と爆炎が迸る。

 その分厚い、MBT主力戦車の主砲すら越える大口径の砲身を潜り抜け、140mm口径の徹甲弾が砲口から飛び出していく。

 緩やかな放物線を描きながら大気を切り裂き、音の速度を軽く飛び越して飛翔する徹甲弾は、カーテンのように白井機の視界を覆っていた森など容易く撃ち貫き。その勢いを留めずして、狙い定めた標的に向かって飛び込んでいく――――。

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