Int.65:ファースト・ブラッド/吉川ジャンクション迎撃戦③

「このォォォ――――ッ!!」

 ゴルフ場西端、前衛部隊の殿しんがりを錦戸と共に担っていたステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードだったが、しかし今はその周囲を敵にほぼ取り囲まれ、絶体絶命の状況と化していた。

 ――――正直、油断していなかったかと訊かれて、それにうんと答えれば嘘になる。

 シミュレータ通りに、慣れ親しんだ対人戦の感覚と同じように敵を屠れると。自分ならば上手くやれると、そう思っていた。

 ――――それ故の、油断。

 己自身の傲慢と奢りが生んだ、最悪の状況。それこそが、今ステラ・レーヴェンスがその身を置く状況だった。

「雑魚ばっかり……!」

 両手と背中、計四挺の93式突撃機関砲を四方八方に向けて撃ちまくりながら、ステラは時折スラスタを吹かしつつ、あちらこちらに飛び跳ねるようにして乱数的な回避運動を取る。

「邪魔なッ!!」

 取り囲むのは、その大半がTAMSと同じ身長の"グラップル"と、そして2mほどと人間サイズな"ソルジャー"ばかりだった。

 それらに向けて、ステラは飛び跳ねながら突撃機関砲を撃ちまくる。ソルジャー種は20mmが擦りでもすれば弾け飛び、グラップルも胴体バイタル部分に六発程度も撃ち込んでやれば沈黙してしまう。しかも飛び道具を持たないものだから、ハッキリ言って雑魚も良いところだ。

 ――――それは、良い。

 だが問題は、ステラから見て西方より、二体のドデカい甲殻類のような奴が物凄い速度で迫ってきていることだった。

 大型種族・"ハーミット"――――。

 高さはTAMSと変わらず8m、長さは15mにも及ぶ、それこそデカい怪獣めいたヤドカリのような奴だ。攻撃手段は前に生える二本の巨大な爪だけだが、しかしあんな図体の癖して動く速さはかなり速い。

 だからこそ、ステラはここまで追い詰められていた。ハーミット種があんなに速く動けるだなんて、想像もしていなかったのだ。

 勿論、知識の上では知っていた。知っていたはずだった。しかし、初めて肌で味わう実戦の空気が、ステラの頭を麻痺させていた――――。

 故に、ステラは失念していたのだ。ハーミット種があの馬鹿みたいな図体に似合わず、阿呆みたいな速さで動けるという絶対的な事実を……。

「ちぃぃっ!!」

 舌を打ちながらステラは機体を大きく一八〇度回転させ、周りに群がっていた大量のソルジャー種を一気に薙ぎ払う。

 一度、後退すべきだ。

 それは、分かっている。分かっているが、出来ているのならとっくにやっている。ハーミット種の硬すぎる甲殻が20mm砲弾じゃあブチ抜けないことぐらい、幾らステラの頭に血が上りきっているといっても、そんなことぐらいは分かっているのだ。

 だが――――周りを凄まじい数の敵に囲まれているせいで、思ったように退くことが出来ないのだ。スラスタを吹かして飛び上がれば逃げることぐらいワケないが、それだと間違いなく後方の"アーチャー"連中に例のマシーン・ガンめいた飛び道具器官で撃たれてしまう。

 勿論、TAMSの装甲はアーチャー種のマシーン・ガンを数十発喰らったところでは、ビクともしない。だが数十体から一斉砲火を浴びればその限りでもなく、仮にスラスタにでも喰らってしまえば、それこそ逃げる手段を失うことになってしまうのだ……。

 基本的には対空迎撃種であるアーチャーにとって、有用な囮となる特科の野砲支援や他の航空兵力が居ない上、しかも敵アーチャー種が何処にどれだけの数居るのかも詳しく分かっていない。そんな状況で不用意に空を飛ぶのは、幾ら優れた複合装甲を持つ、合衆国の威信を賭けた最新鋭エース・カスタム機であるFSA-15Eストライク・ヴァンガードといえども、あまりにリスクが大きすぎるというものだった。

 そのリスクを考えれば、ステラが今ここで迂闊に飛び上がるという選択肢を取れる筈もなかった。なまじアグレッサー部隊としての経験があるから、余計にだ。対空砲に対する飛行時のTAMSの脆さは、対人戦のプロフェッショナルである彼女自身が一番よく分かっている……。例えそれが、人でない異形の敵であったとしても。

「面倒な……!」

 だが、地上を這っていたとして、この厚すぎる包囲網から突破するのが容易でないことぐらい、ステラにも分かっていた。

 だからこそ、もどかしく、それでいて焦り、苛立つ。20mmで駆逐できるような雑魚相手にここまで苦戦を強いられてしまう、自分自身にだ。

 このままではいたずらに弾薬を消費するばかりで、やがてはハーミットに接近され、屠られるのは目に見えている。だがグラップルに近寄られず、忌々しいソルジャー種が機体表面に張り付くことを防ぐ為には、半分無駄弾だと分かっていても、こうして撃ち続けることしか出来ないのも現状だ。

「どうしろってのよ、こんなの……!」

 グルグルと機体を忙しなく回転させながら、ステラは独りコクピットの中で毒づいていた。額に伝う玉のような汗も、今は気にならない。いや、気にしてなどいられない。

 ――――敵を、幻魔を嘗めていた。

 両手マニピュレータに握る突撃機関砲の弾倉を交換しながら、ステラはその瞬間、漸く己が非を認めていた。

(残カートリッジ、残り四つ……)

 そうしながら、しかしステラは血の上った頭の何処かで、そんなことを考える。

 腰部後方の弾倉ラックに残る93式突撃機関砲用20mm砲弾の予備カートリッジは、未使用のフルロードが残り四箱。こう書くとまだまだ余裕があるように思えるが、今のステラは両手の物に加え、背部マウントをサブ・アームとして自動照準で動かしながら四挺同時に使っているのだ。

 だから、簡単に言えば一挺につき残り一箱しか、弾倉交換を許されないのだ。背中の二挺を捨てれば、或いはもう少し時間を稼げるが……。

「そうも言ってられない状況よね、これって……!」

 ここでサブ・アームの二挺を捨てれば、その時点で詰みと同義だった。ソルジャーの数は必死の掃射で何とか減って来ていたが、肝心のグラップル種がまだまだ大量に取り囲んでいるこの状況下で、背中側を無防備に晒せば即、背中を刺されること間違いなしだろう。

 そういう意味で、今のステラに背中の二挺を捨ててでも時間を稼ぐという選択肢は、最初から無いに等しかった。

『レーヴェンスさん、早くそこから離脱をっ!』

 数百mの左方で未だに戦い続けている錦戸から、珍しく語気を荒げたそんな通信が飛んでくるが、しかしステラは「出来たら、とっくにやってますっ!」と、こちらも荒々しい語気で返すことしか出来ない。

『ステラッ! ――――畜生、こうなりゃ220mmをブチ込んでやるまでだ……!』

『弥勒寺、お前は馬鹿かッ!? あんな密集したところに220mmロケットなんて撃ち込めば、敵どころかレーヴェンスまで一緒に吹き飛ぶぞ!』

『じゃあどうしろってんだよ、えぇっ!?』

 後方に下がっていた一真が、何とかステラの活路を拓こうと左肩の220mm対殻ロケット砲を構えたが、それを国崎に制されるのが、聞こえてくるデータリンク通信での二人の会話だけを聞いていても、ステラには何となく分かるところだった。

『……こちらにも、客人が些か多い故、04の救援には迎えそうにありません……! 01よりヴァイパーズ・ネスト、中衛遊撃を彼女の救援に回すのです!』

『お前に言われんでも、分かってる!

 ――――ヴァイパー00より中衛遊撃! 今すぐステラの救援に向かえ! 今だ、今すぐに!』

『ヴァイパー05、了解! ――――待っててよステラ、すぐに助ける!』

『03、私も参ろう! 哀川、其方は引き続き前衛の援護を!』

『10、了解っ! エマちゃん、瀬那ちゃん、ここは引き受けたわっ!』

 怒鳴りつけるような西條の指示に呼応し、後方で支援射撃に当たっていたエマと瀬那が全力でスラスタを吹かし、二機でステラの救援に馳せ参じるべく大地を蹴る。

『――――いんや、エマちゃんたちじゃ間に合わねえ』

 しかし、そんな中で聞こえる、そんな冷静極まりない冷え切った声音は、遠く遠方に離れた白井の声だった。

『アキラ! それじゃあ、僕らにステラを見殺しにしろって言うのかい、君はっ!』

 そうすれば、彼女にしては本当に珍しく荒々しい語気でエマが怒鳴り返す。しかし白井は至極冷静な顔のままで、

『敵の位置情報と、ステラちゃんの動きをトレースしてくれ。誰でも良い、データリンクで共有さえ出来れば』

『……! 白井、まさかお前』

 白井が冷静な声色でそう言い返せば、ハッとした西條が困惑したような声を漏らす。すると白井はニッと小さく笑みを浮かべ、

『へへっ、大当たりだぜ、西條教官。

 ここから――――ブチ抜く。ステラちゃんの出口は、俺が確保してやるよ』

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