Int.60:ファースト・ブラッド/京都A-311小隊、西へ(中篇)
――――日本標準時・一四〇〇時ジャスト。
先行したコールサイン・スカウト1のOH-1偵察ヘリコプターより
その巨大すぎる二重反転式の回転翼で轟音と共に大気を切り裂きながら、六機のCH-3輸送ヘリが大地に向かって降りてくる。地面より十数mの高さで各ヘリと巨人の乗客とを繋ぎ止めるクレーン・ワイヤーが伸びれば、それに従い十機のTAMSと一基の輸送モジュールが地面に向かって降下し、その足をアスファルトの大地に密着させた。
部隊が
低空をホヴァリングするヘリの群れと、その下で展開する物言わぬ鋼鉄の巨人たち。パーキングエリアという日常の光景と、そんな非日常の光景が交差しているからか、今の赤松パーキングエリアに広がる光景は、まるで現実味というものを感じられない。
だが、これは紛れもない現実の風景だった。この世界に息づく人々にとっての、避けようのない現実なのだ。
とはいえ、この光景を目にする人間というのは、この場にはまるで存在していなかった。迎撃作戦の発令に伴い周辺地域には既に避難命令が下されていて、高速道路も軒並み通行止めになっているのだ。
だから、彼ら京都A-311小隊が展開した赤松パーキングエリア・上り線側の駐車場には、停まる車の姿は一台も見受けられない。既にこの一帯は、無人のゴースト・タウンと化しているのだ。8mの巨体から見下せる中国自動車道の本線にも、上下線共に走る車の姿は欠片も見えなかった。
『ヴァイパーズ・ネスト、これよりCCVの地上展開を開始します』
そんな美弥の短い報告が聞こえたかと思えば、十機のTAMSと同様のプロセスを経てパーキングエリア内に降ろされていた輸送モジュールのハッチが開き、その中から六輪の装甲車両が飛び出してきた。
82式指揮通信車だ。森林迷彩の塗装が施された前線指揮用のあの車両には、美弥と西條が乗り込んでいる。がらんとした静かすぎるパーキングエリアの中、82式のV10ディーゼル・エンジンの唸り声だけが、虚しく響き渡っていた。
『ヴァイパー各機へコンボイ1-1、燃料補給の為、我々は一時帰投する』
『コンボイ1-1へヴァイパーズ・ネスト、了解です。ここまでの輸送、感謝します』
『気にするな、これが仕事だ』
上空を未だにホヴァリングし続けるCH-3"コンボイ1-1"の機長がニッと小さく笑うのが、無線越しの声だけでも何となく分かった。
『コンボイ全機、帰投する。――――
最後にそんな一言が聞こえてくれば、コンボイ隊のCH-3ES輸送ヘリは次々と急速に高度を上げ、そして六機全てが再び東方に向けて飛び去って行く。
『……ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー各機、状況を報告してください』
飛び去って行くそんな六機の機影を一真が遠くに眺めていると、少しの間を置いてから、そんな風に美弥の冷静にして明瞭な声が飛んでくる。
『ヴァイパー01、問題ありません』
真っ先に錦戸がそう報告したのを皮切りに、小隊内から次々と報告の声が上がってくる。
「ヴァイパー02、異常なし」
それに呼応し一真もそう答えると、美弥は『了解です』と小さく頷く。
『――――ヴァイパー00より各機、これより迎撃ポイントへ向かう。陣形を維持しつつ、高速沿いに西へ向かうぞ』
そんな折に言葉を挟んできたのは、部隊の総指揮役である西條だ。その声色に普段の軽薄にして冗談めいた薄っぺらい色は既に無く、冷静にして冷徹な、部隊指揮官としての声音になっている。
『01以下、前衛各機はゴルフ場付近に展開。後衛はジャンクションの東、県道356号沿いの丘に展開し、砲撃支援を待機。中衛はジャンクション付近に展開し、前衛部隊のフォローに当たれ。詳しい配置と補給モジュールの展開位置はマップ・データを参照しろ。今から共有を開始する。
――――美弥、始めてくれ』
『分かりました』
最後に小さく呟いた西條の指示に従い、美弥が冷静極まりない
それは一真の≪閃電≫・タイプFも例外でなく、正面コントロール・パネルの液晶タッチ・パネルに映し出されていた地図情報が最新版に更新されたことを、ヘッド・ギアの網膜投影が小さな表示で知らせてくる。
一真は指先でコントロール・パネルを操作し、送られてきたジャンクション付近の略地図を視界の中へ小さく網膜投影させる。主要な道路と高速道路、それに高低差を示すちょっとした等高線ぐらいが表示された略地図の中には各機の展開位置と、そして事前に設置されてある兵装補給モジュールの場所が、それぞれ小さな光点で示されていた。
「ヴァイパー02、確認した。マップ・データの共有に問題はない」
視界の中に映る略地図を眺めながら、一真がそうやって小さく報告すると、美弥が『了解です』と凛とした明瞭な声音で応じてくれる。そこに普段のふわふわした感じは無く、
『ヴァイパー01より各機、それでは展開を開始するとしましょう。私に続いてください』
錦戸はそう言うと、自身のJSM-13D≪極光≫で先陣を切り、高速本線の方へと機体を歩かせ始める。
「了解」
一真は短く頷くと、先を往く黒灰色の背中を追って、自身の白い≪閃電≫・タイプFも歩かせ始めた。
無人の高速道の上を、十機の巨人と一両の軍用車両が往く。そんな現実離れした光景を、しかし直に目の当たりにする者は誰ひとりとして居ない。
肩を落とし、鋼鉄の背中が歩く。果てしなくとも思える長い道を何処までも、ただひたすらに踏みしめて。
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