Int.51:ファースト・ブラッド/交戦規定、若すぎる彼女らの刻む誓い

「――――状況を説明します」

 西條に代わり、教壇に立つ錦戸がそう切り出し、四時間後に控えた作戦の概要を説明し始めた。

「瀬戸内海絶対防衛線を喰い破った幻魔中規模集団が姫路市より上陸し、北上。現在は中国自動車道沿いを東進し、大阪方面へと進行中です」

「例えこの規模だとしても、万が一大阪に到達された場合、防衛線が側面から喰い破られる形になる。絶対に阻止せねばならん」

 錦戸の言葉に西條が付け加えるように言って、黒板に貼り付けた地図へと視線を移す。

「大阪が横から喰われれば、瀬戸内海絶対防衛線の瓦解は必定。そうなれば、次に戦火に焼かれるのはここ、京都に間違いない。

 ――――そこで、だ。我々は中国自動車道、及び舞鶴若狭自動車道の交差するここ……吉川ジャンクション付近にて待ち構え、これを撃滅する。それが、今回のプランだ」

 言いながら西條は黒板に貼り付けられた二枚の地図の内、大きな縮尺の方へ大雑把に丸を打つ。続けて小さな縮尺の方に視線を移せば、それが交戦ポイントである吉川ジャンクション付近の地図であると、一真は暗黙の内に理解していた。

「敵の数は多いが、こちらの数もTAMSが十機ある。決して分の悪い戦いではない」

 ……その言葉に、一真は少しの違和感を覚えた。

 この――――京都A-311訓練小隊でTAMSを扱える人間は一真、瀬那、白井、霧香、ステラ、エマ。それに新たに合流した国崎、橘、そして美桜の、計九人の筈だ。これでは西條の言う十人には満たず、矛盾が生じる。

「…………教官、一人足りないようですが」

 すると、その矛盾に同じく気付いたのか、一真から遠く離れた席に座っていた国崎――――国崎崇嗣くにさき たかつぐがそう、やはり外見イメージ通りの冷静極まりない冷えた声色でそう、西條に向かって指摘する。

「あと一人は、私です」

 しかし、それに答えたのは意外にも錦戸だった。ニコニコと好々爺のような温和な笑みを浮かべながら、さも当然のようにそう言ってみせる。

「錦戸教官が、ですか?」

 信じられないといったような顔で国崎が訊き返せば、錦戸は「ええ」と頷き、

「仮にも教官ともあろう者が、教え子に命張らせて後ろに引きこもっているワケにはいきませんからね。前線指揮は、私が担当します」

「そういうワケだ」

 錦戸の言葉に続いて、西條がうんうんと頷く。相も変わらず煙草を吹かしているのに、やはり誰も気にしない。

「前線での直接指揮は錦戸が、後方指揮車両での戦術指揮は私が担当する。大丈夫だ、諸君らだけを死地に行かせはしない」

 そう言いながら、西條は黒板から少し離れ、教卓の前に立つと一同へと視線を向ける。

「私が見ているA組の連中と、それにエマは今更機体をどうこうする必要もないから、省く。だが新たに招集した三人に関しては、武闘大会とは別の機体を渡すつもりだ」

「別の、ですか?」

 きょとんとしながらそう言ったのは、まどか……たちばなまどかだ。美弥ほどでは無いが、やはり声質は高めで、何処か拙くも聞こえてしまう。

「ああ」それに西條は、煙草を咥えたままで頷く。

「哀川には≪神武・弐型≫、国崎と橘にはそれぞれ≪叢雲≫E型を預ける。どれも元は武闘大会で諸君らが使った機と感覚は変わらんが、中身は最新鋭のアップデート機だ。実戦だろうと、上手く扱えるはずだ」

 やはり、虎の子の機体を出してきたか。

 西條の言葉を聞きながら、一真はそう内心でひとりごちていた。今西條が列挙した二機種、そのどれもがこの士官学校のTAMS格納庫の端で、ひっそりと保管されていた実戦に耐えうる実用機ばかりだ。

 ≪叢雲≫E型――――JS-9Eに関しては、説明するまでもなくJS-9≪叢雲≫の現行機種だ。西條が乗っていた最初期型であるA型、俗称"アーリー・ヴァリアント"から大きく進化したモデルだが、頭部のカメラ・アイが人間の双眸めいた双眼式でなく、≪神武≫のような一面式の広角ゴーグル式になっていると外見に多少の差異はある。が、優秀な機体であることには間違いない。

 そして、問題は美桜に預けるという≪神武・弐型≫の方だ。

 ――――型式番号・JS-9Z。そのZの文字が示す通り、幻魔大戦初期から戦い抜いてきた名機≪神武≫の最終型だ。一真と瀬那の乗るタイプFの原型となったJS-17≪閃電≫の開発データをフィードバックし徹底的な改良が施された、究極の≪神武≫。それが≪神武・弐型≫なのだ。

 その配備数は国防陸軍の保有するJS-1の総数で一割にも満たないと言われているほどに貴重な機体で、それを西條はこの美桜に預けると断言したのだ。

(とすると、一番の手練れは美桜か)

 最終的に一真はそう、結論付けた。でなければ、JS-1Zなんて機体を、あの西條が預けるわけがない。スペックだけで言えば、現行主力機のJS-17C≪閃電≫と同等とも言われている、あの機体を……。

「さて、基本ポジションの割り振りですが」

 一真がそんなことを考えている間にも話は進み、いつの間にか錦戸の口から飛び出していたのは、部隊陣形の話だった。

「弥勒寺くんにレーヴェンスさんに、それに国崎くんは、私と共に前衛を。後衛は白井くん、橘さん、東谷さん。そして中衛遊撃は綾崎さんにアジャーニさんと、それと哀川さんにお任せします。壬生谷さんは少佐と共に後方指揮車両に乗り込み、CPコマンド・ポストオフィサーを」

 前衛――――即ち、矢面やおもてに立っての斬り込み役だ。確かに、一真にはぴったりな役割だろう。

 本当なら、瀬那も実力的には前衛がベストなはずだ。しかしそれは駄目だと、こちらにチラリと向けられた西條の双眸が暗黙の内に語っていた。やはり幾ら適性があるといえども、綾崎財閥の直系である彼女に前衛は任せられないということだろう。

「それと、新たにコールサインを決めておきましょう」

「コールサイン、ですか?」

 訊き返す国崎の言葉に「はい」と西條は相変わらず温和な笑みを浮かべたままで頷き、そして話を続ける。

「便宜的に部隊長になる私が"ヴァイパー01"。弥勒寺くんが"ヴァイパー02"で、綾崎さんが03、レーヴェンスさんが04、アジャーニさんが05。白井くんが06で、東谷さんが07、国崎くんが08、橘さんが09。そして哀川さんが末尾の10といった風に、それぞれ数字が割り振られますので、記憶しておいてください」

「ちなみに、指揮車両そのものを兼ねた美弥のコールサインは"ヴァイパーズ・ネスト"。そして、便宜的に私は"ヴァイパー00"になる。一応、こっちも覚えておけ」

 錦戸に続いて西條にもそう言われ、一真を含めた一同は手早くメモを取る。コールサイン自体は武闘大会や各演習で既に使い慣れているので、違和感はない。

「今より四時間後、指揮車両を含めた全機はCH-3輸送ヘリで当該ポイントへと空輸、展開する。作戦支援には陸軍のOH-1偵察ヘリが付いてくれるそうだ。そちらのコールサインは"スカウト1"。覚えやすいだろうが、一応控えておけ」

「支援は偵察ヘリだけ、か……」

 西條が言うと、近くでエマがそんなことを呟くのが一真の耳に聞こえてきた。

 確かに、本音を言えば対戦車ヘリコプターの部隊を一小隊ぐらい、支援に付けて欲しい気持ちはある。まして、最前線での実戦を幾度となく経験しているエマにとっては尚更だろう。

 だが、偵察ヘリ一機でも、居ないよりは有り難い。本当に、居ないよりはマシなのだ……。

「作戦は単純、見つけ次第サーチ・アンド殺せデストロイだ。中規模集団といっても、TAMS十機なら余裕で平らげられる量であることは確認している。上手くいけば、夕飯までには帰ってこられるぞ」

 敢えて冗談めかした風に西條は言うが、しかし教室に漂う空気感は重苦しいままだった。

 だからか、西條は「はぁ」と小さく紫煙混じりの溜息をつき。懐から出した携帯灰皿に今まで咥えていた吸い殻を放り込むと、胸ポケットから新しいマールボロ・ライトの煙草を取り出して咥える。火を灯したジッポーの蓋がカチン、と軽快な音を立てて閉じられれば、再び紫煙の香りが仄かに漂い始めた。

「……済まないな、こんな形で、早すぎる実戦を経験させてしまう羽目になって」

 西條は申し訳なさげにそう呟くが、しかしそれで自体が好転するはずもなく。ただ、いたずらにときは過ぎていく。

「――――我々に、降伏はない」

 すると、西條は一瞬の間を置いて、いつか何処かで聞いたような、そんな言葉を口にした。

「肝に銘じておけ。これから我々が戦おうとする敵は、同じ人間じゃない。降伏だとか、そういう概念が通じる相手じゃあないんだ。

 ――――だから、最後まで諦めてくれるな。生きることを、生き残ることを……諦めては、くれるなよ」

 西條が呟いた、そんな訴えかけるような痛切な言葉は、朝靄あさもやの中に霧散し消えていく。しかし消えていく言葉は、この場に集まった各々の胸に、等しく深く刻みつけられていた。

 生き残ることを、諦めない――――。

 それだけが、彼ら京都A-311訓練小隊に課せられた、唯一にして絶対の交戦規定だった。

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