Int.46:村時雨、過ぎ往く雨に藍の少女と白狼は⑥

 ――――何がどう転べば、こんな事態に発展するのやら。

 困惑と戸惑いの中に身を置きながら、しかし一真は理解の及ばない流れの中にただ、流されるがままだった。

 いつの間にやら更衣室へと案内させられたかと思えば、何故かタキシードみたいなよく分からない衣装に着替えさせられ。かと思えば、今度は式場の中にで延々と待たされている。

「なんてこった、どういうことだよホント……」

 教会めいた木造りの長いベンチ群、その最前列の端に座りながらはぁ、と一真は参ったような溜息をつきながら、伏せていた顔を上げる。

 人生何がどう転んで何処へ向かうか分からないとはよく言うが、これはきっとその極地じゃないかとすら思ってしまう。雨宿りに飛び込んだ先が結婚式場で、しかも偶然フェア期間中で、まして東浦とかいうスタッフがあれだけノリノリで瀬那を連れていき。その末が、この始末だ。

「分かんねえもんだな、先ってのは」

 そんな風に独り言を呟くしか、たった独りここに残された一真に出来ることは無かった。

 くるりと中を見回してみれば、今一真の居る式場の作りは、かなり教会のそれに近い感じだった。キリスト教式、とでもいうのだろうか。窓という窓はその全てがステンドグラスで、強いて言えば聖母マリア像だとか、十字架の類が見受けられないことぐらいだろうか。

 これが仮に連れて来たのがエマだったとしたら物凄くイメージに合うのだが、どうにも瀬那のイメージとは微妙に合わない。どちらかといえば彼女は神社か何処かでの神前式の方が似合いだろう。白無垢ならば、イメージにバッチリ百点満点で合致する。

「って、何考えてんだ俺は」

 ハッとした一真はぶんぶんと首を横に振って、今までの思考を頭の外側へと叩き出した。全く、こういう所に居ると、思考まで雰囲気に呑まれてくるらしい。

 なんでも東浦曰く、ここを使わせてくれるのは特別も特別……らしい。基本的にこの式場のフェアは試着程度の小ぢんまりとしたものらしく、式場そのものまで使わせてくれることは滅多にないそうだが、今日は特に暇で、しかも式を挙げる者も誰一人として居ない。ましてこんな天気になってしまったもので客足はまるで見込めず、折角だからと特別に許可を取り付けたそうだ。

「ありがたいというか、ありがた迷惑というか……」

 フッと皮肉めいた笑みを浮かべながら、一真はそんな独り言を呟く。こうでもしていないと、雰囲気に呑み込まれそうだった。

「ん?」

 そうしていれば、バタンと音を立てて式場の戸が開く気配がする。やっと来たか、と思い立ち上がりながら振り返った一真の、その視界の中に見えたのは――――。





 ときは一時的に遡ること、十数分前。

「さあさあ、こんな感じで、如何いかがでしょうかっ♪」

 そう言って東浦は瀬那から離れると、壁に埋め込まれた大きな鏡の前に彼女の手を引いて誘う。

「…………やはり、私にはあまり似合わぬのではないか?」

 ――――そこには、鏡の向こうには、純白のドレスに身を包んだ己が立っていた。西洋式のウェディングドレスに身を包んだ、己と思えぬ己自身が。

 しかし、瀬那にはそれがどうにも似合っていないように思えて。今の己にはまだ分不相応に思えてしまい、傍らに立つ東浦に向かって、ポツリとそんなことを口走ってしまう。

「そんなことないですよぉ♪ 十分、お似合いですっ♪」

 だが、そんな瀬那の頭の中とは裏腹に、東浦は眼をきらきらさせながらうんうん、と激しく頷いて、こんな自分に似合うと言う。

「そうか……?」

「はぁい♪」

 よく分からないまま、瀬那はドレスの裾を持ち上げながら、くるっと鏡の前で一周回ってみる。まるで踊り子のように、くるりと、ドレスの裾をふわりと翻しながら。

「確か、するとしても神前式になりそうだと仰ってましたよね?」

「う、うむ」戸惑いながら、東浦の言葉を肯定する瀬那。

「でしたら、今日ぐらいは……ねっ?」

 そうすると、東浦はウィンク交じりにそう言ってくるものだから、瀬那もポッと頬を軽く紅くしつつも「そう、であるな」と一応頷いてみせる。

「ささっ、それじゃあ行きましょうっ! 彼氏さんの方は、式場でスタンバってますからっ♪」

「そ、そう急かすでないっ。この手のものには慣れておらぬのだ……っ!」

 東浦に手を引かれながら、瀬那は足をもつれさせつつ更衣室の外へ引っ張られていく。なんでまた東浦はこんなに乗り気なのか、今更ながらによく分からなくなってきた。

(やはり、少なくなってきておるからか)

 きっと、それが原因だろう。東浦がここまで乗り気になってしまっているのは。

 偶然とはいえ、このご時世に自分たちのような若い人間が訪れたのだ。ともすれば、東浦の心が揺り動かされても無理はない。彼女だってきっと、何かしらの夢を持って此処に身を置いているのだろうから……。

(それにしても、一真を彼氏さん扱いか)

 たった今東浦が言った言葉を頭の中で反芻しながら、瀬那はフッと小さな笑みを浮かべる。

 ――――悪くない響きだ。例え、それが仮初めのものだとしても。

 花嫁衣裳に身を包んだこの私を、彼奴あやつが待っていてくれている。それを思うだけで、自然と笑みが零れてきてしまうのだ。

(済まぬなエマ、それにステラ)

 ――――其方たちより一足先に、私は一歩詰めさせて貰うとしよう。

 今は、今だけはこの偶然に感謝したい気持ちだった。此処へ導かれた偶然、必然に近いような偶然に。

(よもやこの私が花嫁衣裳、それも西洋式のドレスに袖を通すことになろうとはな)

 少し前までは、こんな日が来るなんて思いもしていなかった。こんな己に、彼のような想い人が訪れる日が来るなんて、考えもしていなかった。

 だが――――今は、この幸運と感謝したい。彼に巡り逢わせてくれた、この幸運に感謝を。

(尤も、本当にそうするわけではないのだがな)

 それでも、今はそれでも構わない。いや、今はそれでいい。それ以上は望まない、今はまだ、それには早すぎる気がする……。

 だから、瀬那は真似事でも構わなかった。真似事であろうと、今の自分には十分すぎるぐらいのことだった。

(今暫し、待つがよい)

 今、其方の元に参ろうではないか――――。

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