Int.14:予感、四人の少女と惑う白狼

「ったく……」

 ――――それから、ときが過ぎること十数分後、310号室。

 二段ベッドの下段に腰掛け、大仰に脚を組むステラは独り腕を組みながら、ぶつぶつとそんな風に毒づいていた。そんなステラの格好は、当たり前だが流石に素っ裸のままということはなく、格好はちょっとした部屋着みたいな感じの楽な私服になっている。

 そんなステラの前には一真が床に正座させられていて、「痛てて……」なんて具合に眉間をさすっていた。

 ちなみに他の三人の立ち位置だが、エマはベランダの窓近くの壁に寄りかかりながら座り「あはは……」なんて苦笑いをしていて、霧香は玄関に続く廊下の傍に黙ったまま壁に背を預けて立っている。そして瀬那に至っては、一真の後ろの座卓の前に腰を落ち着かせて、呑気に湯呑みを啜っている始末だ。ちなみにこの湯呑み、さっきステラが奥から出してきたものである。

「ホント、相手がアンタじゃなかったら、もっと酷い目に遭わせてたところよ?」

 そんな風にぶつぶつと言うステラの方を見上げながら「……具体的には?」と一真が訊くと、ステラは顎に人差し指を当てながら「そうね……」と一瞬だけ思案し、

「相手が白井だったら、アタシってば絶対躊躇なく.44マグナム叩き込んでたわね」

「六発?」

「六発」

「うわあ……」

 ベッドの枕元からドデカいリヴォルヴァー拳銃を引っ張り出し、それを見せつけながらステラがそんなことを物凄い真顔で言うものだから。そんなまるで冗談に聞こえないことを聞かされれば、一真も微妙な顔で反応せざるを得ない。

 ちなみに余談だが、ステラの引っ張り出したリヴォルヴァー拳銃は米国製のコルト・アナコンダだ。ダーティー・ハリーでもお馴染みな、熊とも対等に渡り合える超強力な.44マグナム弾の拳銃を持っている辺り、やはりステラは元がハンター仕込みというだけある。

「でも、ステラ意外と元気そうだね。安心したよ」

 そんな阿呆なことを一真が考えている最中、窓際に座り込んでいたエマが小さく微笑みながらそんなことをステラに言う。するとステラは「まあね」と濡れた髪を軽く手で払いながら頷いて、

「朝は頭痛くて、身体も結構アレでキツかったんだけどね。寝て起きたら、なんか治っちゃってたのよ」

「ふふふ……馬鹿は風邪引かない…………」

 ステラが説明している最中で、そんな具合に霧香が妙なことを言うもんだから。バッと彼女の方を振り向いたステラは「馬鹿って何よ、馬鹿って!?」なんて具合に反応してしまう。

「別に、ステラのことを言ったわけじゃないよ……?」

 しかし、そんな剣幕でも霧香は相変わらずの掴みどころがなさ過ぎる調子のまま、至極落ち着いた声色でそう返す。

「本当でしょうね……?」

「ほんと、ほんと。ニンジャだから、嘘はつかないんだ…………」

「またソレなのね……」

 またも霧香の調子に乗せられかけたステラはそう言って、小さく溜息をつきながら肩を竦める。その後で「まあ、いいわ」と言いながら一真の方に向き直ると、

「他でもないカズマだし、別に今回の件は構いやしないわよ」

「……悪かったな、不慮の事故といえ」

「気にしないでよ」ステラはそう言いながら、スッとカズマに向けて片手を差し出す。

「それより、アタシの方こそ酷いことしちゃったからね。ごめんね? 咄嗟のこととはいえ、風呂桶投げちゃって」

「それこそ、気にするなよ。根本的に悪いのは俺の方だ」

 フッと小さく笑みを浮かべながら、そう言って一真はステラの手を取る。すると――――。

「えいっ」

「うおぁっ!?」

 そんなステラの手を握り返した拍子に、一真はそのまま物凄い力で引き寄せられ。思いっきり引っ張ってきたステラ共々、そのまま二段ベッドの下段に引き倒されてしまった。

「すっ、ステラぁっ!?」

 ともすれば、真っ先に狼狽するのはエマだった。続けて湯呑みを傾けていた瀬那も軽く噴き出しかけ、ゴホゴホと咽せながら「な、何事だ……!?」と狼狽える。

「でも、許してあげる代わりに、ひとつだけアタシからの条件があるわ」

 しかし、ステラはそんな二人の反応を意に返さず。引き倒した一真と横並びに面を向け合って寝転がる形のまま、困惑する一真の鼻先を人差し指でつんつん、と突っつきながらそうやって口を開く。

「な、なんだ」

 またそのパターンか、これで何度目だ……?

 そんなことを内心で思いつつ、一真は戸惑いながらステラに言葉を返す。互いの吐息が掛かりそうなぐらいの至近距離でステラは小さく笑みを浮かべると、

「休みに入り次第、一日アタシに付き合いなさい」

 そうやって、ある意味で予想通りのことを口にした。

「ま、まあ、構わんが……」

 困惑しながらも頷いて、一真がそれに同意すると「じゃ、決まりねっ」とステラは至極嬉しそうな顔で言って、

「じゃあ、詳しい日取りはまた後日、ってことで」

 なんて言いながら自分だけ起き上がると、軽く握り拳を形作った手を一真の前に軽く向けてきた。

「ったく、お前って奴はどうしてこう、強引なんだか……」

 その意図を汲み取った一真は、溜息交じりに辟易した声を漏らしながら、自分も右の拳を硬く握り締める。

「お生憎様、アタシはこういう女なの。横からだろうが何だろうが、強引に掻っ攫っていくのがアタシの流儀」

 フッと小さく口元を綻ばせるステラの突き出した拳に、一真も真っ正面から自分の握り拳を軽くぶつけてやった。するとステラはそれで満足したのか、「じゃ、アタシちょっと髪乾かしてくるから」と言って、スタスタと洗面台のある脱衣所の方まで歩いて行ってしまう。

「……ステラ・レーヴェンス、侮り難しということか…………」

 参ったような顔で一真がベッドから起き上がっていると、再び湯呑みに口を付けながら、瀬那がそんな妙なことを口走る。その意味が理解出来なかったものだから一真が「どうした?」と訊き返せば、しかし瀬那は「何でもあらん」とだけ答えるのみで、その核心を一真に話すことはなかった。

「――――ねえ、カズマ」

 そうして、ステラのベッドの上に座り込む格好に一真がなっていると、いつの間にかすぐ傍まで近寄ってきていたエマが一真の傍、ベッド近くの床に腰を落としながら、そうやって声を掛けてくる。

「ん?」振り向きながら一真が反応すると、エマも彼の方を見上げながら小さく微笑み、

「僕も、夏休みに一日、付き合って貰ってもいいかな?」

 なんてことを言い出すものだから、視界の端で瀬那がまた噴き出しかける光景が一真の眼には映ってしまっていた。

「えっ、エマっ!? 其方まで何を言い出すのだ!?」

「えー?」咽せながらそう言ってくる瀬那に、エマは首を傾げる。

「折角の夏休みだしさ、遊ばないと損じゃないか。そうでしょ、瀬那?」

「う、うむ。確かに……」

 すると、瀬那は何をどう納得したのかは知らないが、しかし納得したらしく小さく頷き、また湯呑みを傾け始めた。

「ふふふ……流石は天然ジゴロ……。この分だと、瀬那も、前途多難だね…………」

「きっ、霧香っ!? 其方まで何を申すかっ!?」

「私は、ただ、事実を言ったまで……ふふふ…………」

 そんな、一真にとってはよく分からない瀬那と霧香のやり取りをよそに、エマは一真に向かって再び自分の話を進めていく。

「で、カズマ。いいかな? 僕もステラに便乗する形になっちゃうけれど」

「あ、ああ」戸惑いながらも、しかし頷き。一真がそうやってエマの提案も安請け合いすると、エマはぱぁっと顔色を明るくして「ほんとっ!?」と何故か訊き返してくる。

「どのみち行くところも、帰る実家もないからな。俺の暇潰しにもなるし、逆にありがたいんだが……アイツとのダブル・ブッキングだけは、勘弁してくれよ?」

 一真がそう言うと、エマは「分かってるよ」と頷く。

「全く、其方という奴は本当に……」

 そんな一真たちのやり取りを遠目に眺めながら、瀬那が呆れたような、半分諦めたような顔で辟易したみたいにひとりごちる。すると、エマは彼女の方にチラリと振り向いて、

「――――そういうこと。僕もまだまだ、君に負けるつもりはないからね、瀬那っ?」

 悪戯っぽい仕草で、小さくウィンクなんか交えながら、エマが瀬那にそう告げると。すると瀬那も「…………ふっ」と小さく笑い、不敵な笑みを浮かべて。

「望むところであるよ、エマ。其方ならば、相手にとって不足は無しだ」

 と、正面から掛かってこいと言わんばかりの堂々たる態度で、逆にエマに向けてそう宣言してみせた。

「…………」

 そんな二人の様子を遠巻きに眺めながら、一真は内心で、ある予感を覚えていた。

(やれやれだ、全く――――)

 今年の夏は、どうやら随分と忙しい夏になりそうだ――――。

 そんなことを胸の内でひとりごちて、独り肩を竦めながら。しかし一真を包んでいたのは、何処か言葉に出来ぬような居心地の良さだった。

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