第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』

Int.01:蒼穹、遠く聞こえる詩声が告げるは迫る夏の気配①

「――――さて、お楽しみの夏休みだ」

 真夏、七月も終わり頃というある日のこと。冠島かんむりじまでのサヴァイヴァル訓練を終えて間も無いA組の面々へ向け、朝一番のHRホームルームが始まるなり教壇に立った西條舞依にしじょう まい教官が開口一番に言い放ったのは、あまりに唐突すぎるそんな一言だった。

みなも知っての通り、今期の課程は今週いっぱいで終了になる。八月からは、皆大好き夏休みというわけだ。僅か一ヶ月と数日という短い期間ではあるが、まあ好きなように楽しめ」

 …………意外なことかもしれないが、この京都士官学校には通常の公立高校などと同様、夏休みというものが存在する。仮にも軍の教育機関である士官学校で夏休みと言われるとかなり違和感があるかも知れないが、しかしここ以外の士官学校でも、どうやら夏休みの類はあると噂に聞く。

 そんな風に夏休みが存在するのも、きっと若年徴兵への配慮みたいなもんか――――。

 教壇に立つ西條の話に耳を傾けながら、窓際列・最後尾から二番目に座る彼――――弥勒寺一真みろくじ かずまはそんなことを考えていた。

 そう、本来なら自分たちは、こんな戦争がなければ高校とかその辺りに通っていてもおかしくない年頃なのだ。一真なんかはいわゆる志願兵だが、ここには徴兵で否応なく集められた訓練生も決して少なくない。かくいう白井がその典型例で、あんな年中呑気なつらをしていても、召集令状でここに集められた内の一人なのだ。

 だからこそ、士官学校としてはそんな訓練生たちに、短いながらも夏休みを与えてやろうというのだろう。温情というわけではないが、しかしありがたい話だ。入学から今日までなんだかんだずっと根を詰めっぱなしだったから、こうして息抜きの機会を与えてくれるのは、一真としても素直に嬉しい。

「ここで、私の方から皆さんにひとつ、質問が」

 そんなことを一真が考えている最中、そう言って教室の隅から一歩前に踏み出てきたのは、西條と同じもう一人の教官である錦戸明美にしきど あけみ教官だ。相変わらずの名前に似合わぬ強面っぷりだが、しかし浮かべるのはその強面に似合わぬ好々爺こうこうやめいた物凄く温和な笑み。左の目尻に走る刀傷じみた縦一文字の傷跡も、あの笑みの前では別の意味で不気味に見えてしまう。

「前にも調査を取りましたが、今一度お聞きしたいので。――――この夏休みに、遠方の実家、或いは親元へ里帰りをなさる方は、挙手願えますか?」

 錦戸にそう言われて、帰省を考えるA組訓練生の面々が続々と手を挙げる。それはもう教室の大半といったぐらいに多く、手を挙げていない奴の方が少ないといった具合だ。ちなみに余談だが、家を家出同然に飛び出してきた一真に関しては、帰る気も無いので手を挙げてはいない。

「……そうですか」

 頷くと、錦戸は教壇に立つ西條と一度見合い。一瞬だけ何処か意味深に頷き合えば、錦戸は再びこちら側に向き直って、

「分かりました。それではまた後ほど、帰省する方々には申告用の書類をお渡しします。皆さんはもう一応軍属扱いですので、交通機関も軍人割引が利くかと。その辺りも含め、細かいところで分からないことがあれば、私か少佐かどちらでも構いません。いつでも相談してください」

 錦戸がにこやかにそう言うと、しかし教壇に立つ西條は「……はぁ」と大きな溜息をついて、「だから、少佐はやめろ」と辟易したように錦戸に向かって言う。

「おっと、これは失敬。――――こほん。改めまして、私か西條教官か、とにかく気軽に相談してください」

 一度咳払いしてから錦戸がそんな風に言い直せば、その横で西條が「全く……」とまた溜息をつく。

「とにかくまあ、そんな感じだ。夏休みまで残り一週間だが、手は抜かんぞ。サヴァイヴァル訓練で疲れてるのは分かってるが、最後まで気合いを入れろ。夏休みに入ってしまえば、だらけようがどうしようが構わん。折角の休みだ、諸君らの好きなように思う存分使い尽くせ。

 ――――が、この最後の一週間はまた別だ。夏休みまで後少しだからといって、気を抜くんじゃないぞ」

 西條がそんな風に、少し強い語気で話を締め括るようなことをA組の面々へ向けて告げれば。その瞬間に、HRホームルームの終了を告げる鐘の音が、まるで西條とタイミングを示し合わせたかのように士官学校の校舎内に響き渡った。

「よし、ジャスト・タイミング」

 すると、西條は小さく呟きながらニッと軽く口角を緩める。どうやら本当にタイミングを合わせようとしていたらしい。そういう妙なところも、西條らしいというかなんというか。

「ってワケで、HRホームルームはこれにて終了。一旦解散だ、好きにしろ」

 一方的にそう告げれば、西條は羽織る白衣の胸ポケットからマールボロ・ライトの煙草を引っ張り出し。教室内だというのに構わず咥えたそれにジッポーで火を付けながら、さっさとA組の教室を出て行ってしまった。

「では皆さん、また後ほど」

 西條が吹かす紫煙の残滓が残る中、錦戸も軽く笑みを浮かべてそう言うと、彼もまた教室を後にして行く。

 二人の教官が退出し、錦戸が教室の引き戸を後ろ手に閉めると。その瞬間に束の間の自由時間が訪れ、A組の教室内は一気にざわめきはじめた。

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