Int.36:アイランド・クライシス/極限状況、生き残る術はただひとつ②
「……ううむ」
「瀬那、どした?」
ここでの寝泊まりの為に割り振られたプレハブ小屋の一室。少しばかりの手荷物をここに運び込んだ後、一真がベッドに腰掛けながら支給されたジャングル・ブーツに足を通していると、瀬那がそんな風に唸るものだから一真は彼女の方に振り向いてしまう。
「いや、着慣れぬもの故、な。どうにも違和感というのか、やはり慣れぬ」
そう言う瀬那も、一真と同じく濃緑色の野戦服に身を包んでいて。どうやらそれが着慣れぬものだからボヤいていたらしい。ちなみにだが、いつもの刀は流石に差していないようだ。
「ははは、まあ分かる気はする」
そんな瀬那の方に横目を流しながら小さく笑うと、一真はジャングル・ブーツの靴紐をきゅっと強く縛った。サヴァイヴァル訓練が始まる随分前から支給されていた奴で、既にある程度履き慣らしてあるから、そう違和感はない。
「よっ……と。ま、確かに慣れるまではぎこちないかもしれんね」
トントン、と床でかかとを何度か叩いた後、一真は漸うとベッドから立ち上がった。腰と肩で吊す装具の重みで少しふらつきながら、しかししっかりと二本の脚で立つ。
今回一真や瀬那が野戦服の上から付ける装具は、嘗て幻魔の来襲で有耶無耶に終わったベトナム戦争時代、米軍が用いていたM1956装備を雛形にした装具セットだ。腰に巻く幅の広いピストル・ベルトと、そこに引っ掛けて肩から吊すH型サスペンダーで支える装具類には、後ろ腰のフィールド・バッグや水筒(キャンティーン)、コンパクトに折り畳める携帯スコップなどがある。ALICEクリップで強固に固定されたそれらの中には通常、自動ライフル用の弾倉ポーチなども含まれるが、今回貸与された中には無かった。
これだけ重い品々を腰と肩で背負えば、確かに違和感は出ても仕方ない。だがまあ、慣れるまでそう時間は必要無いだろう。
「しかし……
瀬那はそう呟きながら、己の左腰に吊したコンバット・ナイフの鞘に触れる。
「まあ、想定が想定だしさ。無いよりあった方がいい、だろ?」
一真がそう返せば、瀬那は「むう、私にはよく分からぬぞ」とぼやきながらも、しかし一真の言葉には頷いて同意の色を示してみせる。
彼女と同じく、一真の左腰にもまた同様のコンバット・ナイフが吊してあった。そして、足首に巻き付けるもう一本のサヴァイヴァル・ナイフも瀬那と同様だ。こちらはTAMSのコクピット・ブロック内に仕込まれている緊急用サヴァイヴァル・コンテナの中に収められているものと全く同一製品で、ブレードの峰に刻まれた目の小さい鋸刃や、中が空洞になったグリップにカメラのフィルムケース程度の大きさなサヴァイヴァル・コンテナを収納できたり、そこにコンパスが付属していたりと、腰のものよりもかなり多用途に使えるものだ。
だが、グリップが空洞故に耐久性は低い。その為、多くのパイロットは今の彼らのように、ブレードがグリップ部分まで突き抜けた頑丈なフルタング構造のナイフをもう一本持ち込んでいる。その辺りも含め、西條はこの組み合わせで装具を一真たち訓練生に支給したのだろう。
「まあいいか。そろそろ行こうぜ、瀬那。急がないとドヤされそうだ」
「左様か。うむ、心得たぞ」
頷く瀬那と共に、一真はプレハブ小屋から出る。そうして外に出ると、先程ヘリを降りた直後に集まった辺りへと戻っていく。ここまで一真たちを運んできたチヌーク・ヘリは既に去っていて、海岸に波が打ち付ける音が遠くで微かに聞こえる中、しかしそこには結構な数の訓練生が既に戻ってきていた。
「よし、全員集まったか」
やがて全員がここに集まると、一同の前に立った西條がそう言って、途中だった話を再開させた。
「そういうワケで、早速訓練開始だ。想定状況は前に説明した通り、戦闘中に復座型TAMSが損傷。戦闘継続が困難と判断し、コクピット・ブロックをイジェクトして脱出に成功。しかし味方の救援が遅れ、孤立無援の状況となった想定だ」
「きょうかーん、質問なんスけども」
説明の最中で手を挙げ、間延びした声で白井が質問しようとすれば、何故か西條は「チッ」と露骨に嫌な顔をした後で「なんだ、白井」と渋々彼の発言を認める。
「TAMSから脱出した想定なんスよね? だったら、なんでパイロット・スーツじゃなくてこんなの着るんスかね」
白井がそう言えば、西條は「……はぁ」と、至極呆れた顔で大きすぎる溜息をつけば、
「あのなあ、白井……。パイロット・スーツ自体がひとつのサヴァイヴァル・ギアとして機能するって、最初に説明したよな?」
「いやいや、流石に分かってますって。でも、だったら余計にそれ使った方が良いんじゃないスか? 俺たちの緊急事態を想定するなら、それが一番自然だと思うし」
「……お前らが着るパイロット・スーツのバックパックには、栄養剤も組み込まれている。アレを着てるだけで、三日ぐらいは飲まず食わずで生き残れるようにな……。
そんなの着てたら、訓練にならんだろうが。今回の目的は、あくまで万が一の時に生き残る術を、お前たちに学んで貰うことだ。一応不測の事態に備えて携帯食料は渡しておくが、基本は現地調達だぞ?」
物凄く呆れたような顔で西條は諭すようにそう言うと、もう一度「はぁ」と大きすぎる溜息をついてから、「こほん」と咳払いをして話を戻した。
「ついでだ、今の内にアレを配っておくか。――――錦戸」
「ええ、用意できていますよ」
「それじゃあ、今から色々と渡すものがある。壊すなよ?」
そう言うと、錦戸に手伝わせながら、西條はここに集まった一同にまた何かを支給し始めた。
「一真よ、これは……」
「あ、ああ。間違いなくMP7、だな……」
緊急事態用の携帯食料や飲料水、そして訓練の為に必要な様々なものが入っているとされる大きめな雑嚢の他に、一真たちはもう一つを手渡された。それは――――サブ・マシーンガン。
正確に言えば、MP7-A1。携帯性と威力の両面に優れた信頼の置けるドイツ製で、今は国防軍の正式装備として国内でライセンス生産がされている代物だ。それが、4.6mm弾の詰まった二本の二十連弾倉と共に、一真たち訓練生に手渡されたのだ。
「知っての通り……かはさておき、それもコクピットのサヴァイヴァル・コンテナに標準装備されているサヴァイヴァル・ガンだ。運が悪ければ諸君らも世話になる銃だからな、害獣対策も兼ねて、今日はソイツの扱いに慣れて貰う。詳しい操作方法は座学と実習で飽きるほど教えた通りだが、万が一分からなければ遠慮無く私か、或いは錦戸に訊け」
物々しい雰囲気を放つソイツを手にしたが為に、訓練生たちの間には緊張した空気感が漂っていた。とはいえ西條の意図も一真には十分理解できる。確かに、本気で運が悪いとこれに命を託すことになるのだ。こういう時に慣れておくに越したことはないだろう。
「まあそれはそれとして、だ。渡したサヴァイヴァル・キットの中身を確認しておけ。リストがその中に一緒に入ってるから、もし何か不足があれば申し出ろ」
西條にそう言われて、周囲と同じように一真も雑嚢を開き、中身を検分し始めた。
数日分の携帯食料と飲料水、それに応急処置用のメディカル・キットと、航空機に自身の位置を知らせるためのシグナル・ミラー。それに赤色フレアの発煙筒が数本に火起こし用の防水マッチとマグネシウム・ファイアスターター。飲料水確保用の浄水剤や防虫ネット、エトセトラ、エトセトラ……。
全て列挙すればキリが無いので適当な所で割愛するが、とにかくそんな具合の品々がそれぞれ医療品と、サヴァイヴァル用品の二種類の二つ折りパックになって収められていた。尤も、食料と水だけは別枠で雑嚢に放り込まれていたが。
これら全て、コクピットのサヴァイヴァル・コンテナに標準装備されている品であることは、既に一真は知識として知っていることであった。ちなみに先のMP7同様に、グロック17自動拳銃も正式装備品として加えられている為、今回は全員が右腰にそれを携行している。
「よし、全員不備はないな?」
全員の装備品に不備が無いことを確認すると、西條は「後は錦戸、お前から頼む」と言って一歩引き、後の説明を全部錦戸に丸投げしてしまう。
「分かりました、少佐」
しかし錦戸は文句一つ言わず、ニコニコと相変わらず顔に似合わなさすぎる温和な笑みを浮かべながら前に立つと、肝心の訓練内容の説明を始めた。
「さて、皆さんにやって頂くことはただひとつ。ひたすらに歩き、生き残ることです」
そう言って、錦戸はいつの間にか用意していたらしいキャスター付きのホワイト・ボードを引っ張ってくると、そこにデカデカと貼り付けてある島の地図を使って説明を続けていく。
「ここを出発し、皆さんが目指して頂くのは島の北端、小さく出っ張ったこの位置です。この位置に着き次第、お渡しした無線機で私どもに連絡を。その後、信号拳銃でフレアを打ち上げて頂ければ結構です。それを我々が確認次第、ここまで帰ってきて頂くといった感じですね」
「教官、ひとつ質問よろしいでしょうか」
スッとステラが手を挙げて言えば、「どうぞ、レーヴェンスさん」と錦戸が指名し。するとステラは錦戸にこう問いかけた。
「目標地点までのルートに、制限は?」
「基本的にありません。……が、中心部の山は極力迂回することをお勧めします。この島自体全体的に起伏の激しい地形ですので、お渡しした地形図を確認し、出来るだけ平坦なルートを選んで頂くことが重要ですね。そこも、訓練の一環ですが」
「そうだ、言い忘れてた」
錦戸が言うと、どうやら何かを思い出したらしい西條が再び口を開く。
「一応だが、害獣相手の発砲でも出来るだけ相手の姿を確認してからにしろ。万が一にでも訓練生同士で誤射なんて、笑えなさすぎる冗談だからな」
「…………はい、そういうことです。とはいえ熊のようなのはあまりいない筈ですので、渡したサヴァイヴァル・ガンも基本的には出番は無いと思われます」
あらかたを錦戸が説明し終えると、「そういうワケだ」と言いながら西條は再び前に進み出てきて、
「長ったらしい説明はこの辺りにしておく。諸君らもいい加減、眠たくなってきた頃だろうからな。
――――が、ここからは眠っている暇など無いぞ。時間差を付けつつ、順次諸君らには出発して貰う。何、スムーズに行けば夕食までにはここに帰ってこられる筈だ。とはいえ、気を抜くんじゃないぞ」
「僅か1.5km程度の道のりといえ、ここにあるのは手つかずの自然です。くれぐれも気を抜かないように。何かあれば、無線機ですぐ我々に連絡を。不測の自体があれば、お渡ししたサヴァイヴァル・キットは遠慮無く使ってください」
「そういうワケだ。――――ひとまず、解散! 後は我々が名前を呼び次第、順次出発だ!」
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