Int.35:アイランド・クライシス/極限状況、生き残る術はただひとつ①

 そうしてA組の一同とエマ、そして教官二人を加えた全員が乗り込むと、士官学校のグラウンドに待機していたCH-47J"チヌーク"大型輸送ヘリコプターはゆっくりと離陸していく。

「…………」

 小さな窓から見える景色が段々と遠ざかり、慣れ親しんだ街の景色が眼下の中で、まるでジオラマのように現実感の無い景色へと変わっていく。普通の固定翼機とはまた違う独特な感覚を以て、しかし確かに飛んでいるという実感を一真に抱かせながら、チヌーク・ヘリコプターは加速度的にその高度を上げる。

「意外に揺れぬものだ」

「だな」隣、キャビン内へ申し訳程度に付けられた簡易的な椅子に腰掛ける瀬那の呟いた言葉に、一真が小さく頷く。「案外、悪くないもんだ」

「うむ。軍用である故に乗り心地は期待しておらなかったが、そこまで悪くはない」

 うんうん、と独りで頷きながら瀬那が言う通り、揺れの方は思ったよりか全然揺れない。それどころか妙な安定感があり、例えるならば……そう。このヘリが模型だとして、上からピアノ線か何かで吊られているような感覚だ。流石にタンデム・ローター式、馬鹿には出来ないらしい。

 が――――音の方は、もう文字通り爆音といったぐらいだ。内張りなんて殆ど無く、しかも閉じた後部ハッチの上に空間が若干開けられているものだから、それは尚更。バリバリとやかましい音が延々と頭上で響いているのを聞かされていると、本当に気が狂いそうになる。

 とはいえ、一真たち乗客は事前に渡されていたヘッドホン型のイヤー・マフ、要はドデカい耳栓のようなものを渡され、それを被っている故に、感じる騒音はかなり緩和されている。だがイヤー・マフが無かったら、この爆音に耐えきれるかどうか……。

 そんな具合に、一同を乗せたチヌークは京都市街の上空をひらりと抜け、遠く離れた東方に琵琶湖の景色を望みながら、向かう先は一路、北方。日本海に面した舞鶴の方面だ。

 舞鶴市の景色を眼下に望みながら、青葉山の上空をひとっ飛びで飛び越え。そうして日本海に出ると、やがて海の上にぽつんと浮かぶ小振りな島の姿が見えてきた。

 あれが、目的地である冠島かんむりじまだ。南部の低い低地と、それ以外の急傾斜の山地部分から成る無人島。広葉樹を中心とした暖帯性植物が茂る原生林が広がり、手つかずのそれが島全体をまるっと覆われている、正に無人島といったおもむきの島だ。

「早いな」

 隣で瀬那がそんなことをひとりごちるものだから、一真はそれに「まあな」と反応する。

「幾らこの距離っつったって、空の上飛んじまえば近いってことじゃないかな?」

 それもそのはず。士官学校から冠島までの距離は、直線距離にしておおよそ83km(51マイル)。それに対しCH-47の巡航速度はおおよそ240km/h~260km/hとされているから、この距離だろうが到着が凄まじく早く感じるのも仕方ないというものだ。

 高度を下げたチヌークは、そんな冠島の南方、海岸線沿いに着陸した。ゴロゴロとした岩ばかり広がる岩場の海岸だが、その辺りは流石に抜かりなし。恐らくは国防陸軍の工兵隊たちによってランディング・ゾーン近辺の海岸線は整備されていて、そこに簡易的なヘリポートも造られている。チヌークはそこに着陸したのだ。

 ヘリから降りた一行は、そのヘリポートの近隣、緑地の中に立てられた簡易的なプレハブ施設の中へ真っ先に通された。割と大人数だが、しかしこういった訓練での使用を前提に考えているのか、すんなりと全員が収容できる。また、その近くには小柄なプレハブ小屋が幾つもあった辺り、寝泊まりはそこでしろということだろう。

「さて諸君。無事に到着出来たわけだが……」

 一同の前に立ち、そう言って話を切り出したのはやはり西條だ。こんな所でも羽織る白衣に所構わずスパスパと吹かしまくるマールボロ・ライトの煙草というスタイルは、例えここが人の手が殆ど入っていない無人島といえども変わりない。

「二人一組になってサヴァイヴァル訓練を行うというのは、事前に通達し決めての通りだ。とりあえず、今はそれに分かれろ」

「つっても、なあ……?」

 そんな西條の指示に一真が苦笑いをしていると、隣の瀬那は「うむ」と頷いて、

「既に、分かれているようなものである故、な」

 と言って、彼女もまた軽く口角を緩めてみせる。

 …………そう、何だかんだで西條に決められた組み合わせで、一真はやはりというべきか瀬那とペアを組むことになっているのだ。まあ、万が一にも楽園エデン派が手を出してこないとも限らないので、事情を知る彼か霧香かが傍に付くのがベストであることに間違いは無いのだが。

 ちなみに、他のペアは霧香と美弥が組になっている。この辺は、美弥を霧香がフォローするといった感じだろう。

 ちなみに残った白井・ステラ・エマの三人だが、これは特例としてこの三人がまるっと一組に組まれていた。交換留学生であるが故の管理の単純化と、既に原隊時点でそういった訓練を修了している二人の事情を鑑みて。そして、そこに適当に余った白井を突っ込んだ感じだと、西條は前に言っていた。尤も、ステラは「なんっで! コイツと! 一緒なのよっ!」とやたらぼやいていたような覚えがあるが。

 とまあそんな感じに分かれると、「それじゃあ、組ごとの部屋割りを言っておく。そこに行って、事前に渡した野戦服に着替えてこい」と西條は指示すると、ひとまずはその場を解散させた。

「……いよいよ、か」

「うむ」隣で息を呑む一真の独り言に、瀬那も小さく頷いた。

 ――――いよいよ、サヴァイヴァル訓練が始まろうとしている。この誰も居ない無人の孤島で、深い森の中を這い、生き残るための技術を叩き込む為の訓練が、今まさに始まろうとしていた。

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