Int.34:夏の朝、轟く雷鳴は天空を飛ぶ鋼の大鷲
――――そして、
「一真よ、戸締まりの方はどうか?」
「問題なしだ。いつでもよろし」
「では、
「仰せのままに、ってね」
そんなやり取りを交わしながら、一真と瀬那の二人は住み慣れた訓練生寮・203号室を出て行く。
先んじて廊下に出た瀬那を少し待たせながら、一真が玄関ドアの戸締まりをする。それから内階段を降り、玄関口のある一階ロビーまで歩いて行けば、そこで待ち合わせていたステラとエマ、それに霧香が既に到着していて。壁に寄りかかりながら、二人が来るのを待っていた。
「あっ、カズマ。それに瀬那も、おはよう」
「ほいほい、おはようさん」
真っ先に気が付いたエマに一真がそう挨拶を返していると、「もう、遅いわよ?」なんて具合に、腕を組んだステラがまあいつも通りな反応でそう言ってくる。
「悪い悪い。ま、勘弁な?」
そんなステラに一真はこんな具合で軽口めいたことを言えば、「まあいいわ、とにかく行きましょ」とステラは一真たち二人が合流するなり、さっさと玄関口の方に歩いて行ってしまう。
「あっ! ――――もう、待ってよステラ!」
そんなステラの後を追って、慌ててエマも駆け出す。一真はそれに「あははは……」と参ったように苦笑いしながら、残った瀬那たちと共に彼女らの後に続いた。
「……ところで、霧香よ」
訓練生寮を出て、霧香と並び歩いていた瀬那が周りに聞こえない程度な声色で囁けば、霧香は「……ん?」と彼女の方へ横目を流しながら反応する。
「今回の訓練であるが……
「…………ないね」
深刻な顔で言う瀬那だったが、しかし霧香はいつもの調子でそう即答してみせた。
「して、根拠は?」
続けて瀬那が訊けば、霧香は「うーん、どうだろうね……」と悩んだ後で、
「仮にも、軍の管理下での、訓練行事……。それに、場所も場所。襲ってくるのは、難しいんじゃないかな…………」
「左様か」
――――まあ、確かにその通りだ。それに、西條たちが何も対策を取っていないワケでもあるまい。
「ならば、ひとまずは安心というわけであるな」
「……まーねー。どう転んだって、私か一真か、どっちかが瀬那に付くし……。そういう意味では、いつでも安心と言えば安心、かな…………?」
「相変わらずおかしなことを言うのだな、其方は」
そうして言葉を交わしていると、いつしか瀬那たちは集合場所のグラウンドに辿り着いていた。
グラウンドには既に他の面々も大半が揃っていて、西條と錦戸の教官二人の姿も見受けられる。勿論、その中には白井と美弥も混じっていて。一行の存在に気付くなり、白井は相変わらずの阿呆面を引っさげて。美弥はとことこと何処か拙い、小動物めいた小走りでこっちに駆けてくる。
「おーおー、おはようさん皆の衆! 相変わらずお元気そうで何よりで!」
「お、おはようございますっ!」
寄ってきてまず白井がニヤニヤとしながら、続けて美弥がぺこりとお辞儀をしながらで挨拶をしてくる。
「はいはい、おはようおはよう。ってか白井、アンタ朝からうるさすぎ」
相変わらず辛辣なステラにそう言われれば、「どこがだよ!?」と朝っぱらからのハイテンションで白井が反応し、
「んー、顔」
ともすれば、ステラがまたそんなことを言うもんだから。「顔っ!? 顔がうるさいってなんだよぉ!?」とまあ、予想通りの反応を白井が示す。
「うるっさい! ヘリのローターに頭突っ込んで挽肉にするわよ!?」
「いや、やめて! やめてステラっちゃん! 死ぬから、幾ら俺でもそれは死ぬから!」
「そうだよ、ステラ? 流石にアキラでも、それは可哀想な気がするなあ」
「ああ……やっぱりエマちゃんは優しいなあ……心に染みるなあ……。惚れた、結婚して」
「残念だけれど、僕はカズマ一筋だから。アキラの気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ」
「ぐえーっ!!」
白井、敢えなく玉砕。これは相手が悪すぎた。気持ちは……まあ、分からなくもないが。
「…………確かに白井さんって、案外何やっても死なさそうですよね」
「美弥ちゃん!? 美弥ちゃん何言っちゃってんのぉ!?」
「ふふ、分かるよ…………」
「霧香ちゃんまで酷いこと言うねえホントっ! お兄さん泣いちゃう! 泣いちゃう!」
「泣かない、泣かない……。でも、馬鹿は死なないから……」
「ひどぅい!! 霧香ちゃんひどぅい!!」
「或いは、馬鹿は死ななきゃ治らない、とも言うね…………」
「やっ、やめろォ!!」
「ははは……」
何がそんなにアレなのか、今朝は白井がやけにテンションが高い。傍観する一真が苦笑いしか出来ない程に、もう入り込む隙が無いというかなんというか。
「全く、朝から騒々しい男よの」
ともすれば、隣に立つ瀬那がまるで一真の心情を一字一句違わず代弁したかのようなことを口走るものだから、一真も「だな」とそれに心の底から頷いてしまう。
「はいはい、皆さんお静かに」
そうすれば、何故か近くに立っていた錦戸がパンパン、と手を叩きながら、ざわめいていたA組の一同を一気に静まり返らせる。
「そろそろ、ヘリの到着時刻です。実際ヘリに乗るのは初めての方が大半だと思いますが、慌てず騒がず、ゆっくり乗ってください。大丈夫ですよ、ヘリは逃げたりしませんから」
半分冗談みたいに聞こえることを、顔に似合わぬ好々爺めいた温和すぎる笑みを浮かべていうものだから。集まった連中の中に軽くだが小さな笑みがこぼれてしまう。
「そういうワケだ。あんまりはしゃぎすぎるなよ?」と言うのは、西條。相変わらず白衣を羽織って煙草を吹かしているのには、今更誰もツッコまない。
「そろそろ、到着しても言い頃合いだが……。
――――っと、噂をすれば何とやら。お出ましだ」
遠くから加速度的に近づいてくる、雷鳴のようなタンデム・ローター機の爆音に西條が空を仰げば、一同もまた同じように上空を仰ぎ見る。それは一真とて同じことで、段々と高度を落としながら士官学校に接近してくるその機影の方を見上げていた。
「……ん?」
しかし、近づいてくるその機影に違和感を感じ、一真は独り唸る。
「アレって、チヌークじゃないか。来るのはV-107のはずなのに」
近づいてくるその機影は、間違いなくCH-47J"チヌーク"大型輸送ヘリコプターで相違なかった。国防陸軍の全軍で現役のタンデム式大型輸送ヘリだ。
しかし、予定では旧型のV-107――――KV-107ⅡがA組一同を運ぶ任を担うはずだ。なのに現実にはこうしてチヌークがやって来てる辺り、変に違和感を覚えてしまう。
「ああ、その件ですか」
すると、たまたま一真の独り言を小耳に挟んでいたのか。ヘリの爆音の中で更に一歩近づいてきた錦戸が、一真に話しかけてきた。
「本来なら前に説明した通り、バートルが来る予定だったのですが……。先行した子らの輸送後、メカ・トラブルを起こしてしまいまして」
「メカ・トラブル?」
訊き返す一真の言葉に「そうだ」と反応したのは、やはりいつの間にか近くに居た西條だった。
「まあ、旧・自衛隊時代からの使い古しだからな。無理もない」
「だから、チヌークが代わりに?」
「そういうことだ。代わりが用意できて、私もホッとしてるよ……」
相変わらず煙草を吹かしながら、実に参った顔でチヌークを見上げながらそう呟く西條に、一真は「あははは……。ご、ご苦労様です」と苦笑いしながら言い返した。
「編入前もそうだし、もしかしたらステラが乗る乗り物って、壊れるジンクスでもあるのかな?」
そんな最中、ふふっと笑いながらエマが珍しく冗談を口走っていた。
「なっ、なわけないでしょ!?」
それに顔を真っ赤にして反応するのは、やはりステラだ。
「えー? でも、これで二度目じゃないか。流石に、ジンクス疑っちゃうよ」
「やめてよ、ホントに洒落になってないから!」
「……ほほーう?」
ともすれば、また白井が首を突っ込んでくる。嫌らしい顔をしながら、何が「ほほーう」だ。
「ということはステラちゃん、前にも経験がおありで?」
「う……!」
そう白井に訊かれ、ステラは一瞬だが口ごもってしまう。
「…………図星」
すると、余計なコトを霧香がボソッと呟くものだから。
「そ、そうよ! 前に二回! こっちに来る時のを含めずに、前に二回よ! も、文句ある!?」
なんて具合に、ステラが完全にやけくそになってそんなことを口走ってしまった。
「ステラちゃんは乗り物をブッ壊すジンクスあり、と……」
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ白井! アンタね、ホンット真面目に挽き肉にするわよっ!?」
「や、やめ! 襟掴まないで! あ! ヤバい! ヤバいって! マジで死ぬから! お慈悲! お慈悲をステラちゃーんっ!!」
白井の妄言を真に受けて顔を真っ赤にしたステラが、白井の襟首を掴んでどこぞに引っ張っていこうとする。白井は割とマジな形相でもがくが、勿論彼女の拘束から逃れられるはずも無く。ただただジタバタと無様にもがきながら喚き散らす有様だ。
「……はぁ…………」
そんな二人の阿呆すぎるやり取りを眺めていた西條が、至極呆れた顔で頭を抑えながら大きすぎる溜息をつく。そんな西條に錦戸が「心中、お察しします」と言えば、
「なら、あの馬鹿二人を今すぐ投げ飛ばして来い……」
と、割と真面目なトーンで錦戸に言う。
「少し無茶ですね。私ももう、そこまで若くないので」
「いいから、さっさと馬鹿どもにお灸を据えてきてやれ……」
「はいはい……。承知しました」
そして、最終的にステラと白井の二人は錦戸に投げ飛ばされるのだが、それはまた別のお話。ちなみにステラは割と手心を加えてやさしーく、白井を本当に軽く引き剥がした程度だが、何故か白井は明らかに全力でどこぞに投げ飛ばされていた。
「……なあ、弥勒寺」
全力で錦戸に投げ飛ばされ、「ぐえええええーー!!」なんて物凄い声を上げながら凄まじい距離を吹っ飛んでいく白井を遠巻きに眺めながら、西條が呟く。
「は、はあ」一真が苦笑いで反応すれば、煙草を咥えながら腕を組む西條は、至極感嘆した声でこんなことを口走った。
「……ヒトって、あんなに飛ぶもんなんだな」
「あ、あははは……。全くです、いやもうホント」
そんなやり取りをしている内に、森林迷彩の塗装が施されたCH-47J"チヌーク"大型輸送ヘリコプターが、その一対の巨大なメイン・ローターを凄まじい勢いで回転させながら、グラウンドに着陸する。やがてローターの回転数が落ち、ヘリ後部のハッチが開かれキャビンが開放されると、A組の訓練生たちがそこに続々と乗り込み始めていった。
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