Int.31:期末戦技演習/六刀、交えし剣は各々が誇りと共に⑧

『瀬那、直上から急降下! メイン・ディッシュのお出ましよ――――!』

『承知したッ!』

 上空から襲い掛かる白い≪閃電≫の機影に気付き、瀬那、ステラの両機が首を上げ、迎撃態勢を取る。

 だが――――≪閃電≫が彼女らの元に到達する方が、それよりも明らかに早い…………!

「オオォォォ――――ッッ!!」

 雄叫びを上げながら、太陽を背に一真と≪閃電≫が急降下をする。それを迎撃しようと首を上げたFSA-15Eストライク・ヴァンガードと濃紺の≪閃電≫だったが――――。

『ッ!? カメラが……!?』

『抜かった……! 逆光か――――っ!?』

「そうよ、そうさね! その通りだァ――――ッ!!」

 一真が背にした、直上の太陽。そこから降り注ぐ強烈すぎる陽光に焼かれた二機の頭部カメラが露出を狂わせ、ステラと瀬那のコクピットに映し出される視界が一瞬、滲んでしまったのだ。

 ――――そう、これは意趣返しだ。クラス代表決定戦の際にステラにやられたことを、それを一真はこの土壇場でそのままやり返してやったのだ……!

『この間のお返しってワケね……! ったく、やってくれる!』

 しかしステラの顔に浮かぶのは、寧ろ歓喜の笑みだった。口角を緩ませながら、そんな滲んだ視界の中でもステラは一真を迎撃せんと、FSA-15Eストライク・ヴァンガードが右手に持つ93式突撃機関砲を上に掲げて撃ちまくる。

 当てずっぽうながら、しかし襲い来る20mmペイント砲弾の雨は脅威だった。しかし一真は構うものかと、そのまま急降下していく。多少の被弾は、この際覚悟の上だ――――!

「瀬那、ステラァッ! これで――――決めてやるぜェェッ!!」

 左手に握る88式突撃散弾砲を撃ちまくりながら降下する≪閃電≫と、地面との距離が近くなっていく。

 頭上に向けて放たれる20mmペイント砲弾と、ステラたちに向けて降り注ぐ75mm口径ダブルオー・キャニスター散弾。一真はそれを構うものかと白い装甲のあちこちに浴びながら急降下し、ステラは対艦刀しか持たぬ瀬那機を逃がしながら、彼女も多少の被弾は覚悟しつつそれに応じる。

『ッ――――!!』

 その瞬間だった。一真の≪閃電≫を迎撃しながら、小刻みな回避運動を取るステラ機。その右手に、何処からか飛来したペイント砲弾が直撃したのは。

『狙撃っ!?』

 慌てて振り向くステラの、その視界の中。遠く離れたビルの上で、キラリと一瞬光る反射光が見えた。

『…………ふっ』

 膝を立て、93A式狙撃機関砲を構える≪新月≫の――――そのコクピットでほくそ笑む霧香の顔が、ステラの視界の端で映る。

(しまった、持って行かれた――――!?)

 いや――――まだだ。突撃機関砲は死んだが、まだFSA-15Eストライク・ヴァンガードの右腕は生きている……!

『チイィッ!』

 ステラは乱数的な回避運動を取らせながら激しく舌を打ち、ペイント砲弾の直撃を喰らって破壊判定を受けた突撃機関砲を投げ捨てる。

『やってくれるじゃない、霧香……! ――――でもねッ!!』

 そして、ステラは空いた左手の中にM10A2コンバット・ナイフを射出展開すると――――。

『場所は分かった――――! 今度は、こっちの番よッ!!』

 伸ばしたマニピュレータの指でそのブレードを摘まんだかと思えば――――あろうことか、それを遠く彼方に離れた霧香機に向け、物凄い勢いで投げつけたのだ。

『…………えっ?』

 ステラは、既に飛び道具を失っている。

 そう確認したが故の油断か、或いはまさかコンバット・ナイフを投げつけてくるとは思っていない心の隙間を突かれたのか。とにかく、まさかステラがそんな行動を取るとは予想だにしていなかった霧香は、馬鹿みたいな目の前の光景に、一瞬だがその反応を遅らせてしまう。

 だが――――その一瞬が、あまりに致命的だった。

『――――!』

 投げつけられたそのコンバット・ナイフの軌道がまっすぐ己を狙っていると確信した途端、霧香の顔が珍しく強張った。

 しかし、どう考えても回避運動は間に合わない。投げナイフといえども、投げた本人は人類の叡智を結集し造られた鋼の巨人だ。その精度は、生身の人間が投げるナイフとは比べものにならない……!

(逃げられない……か)

 ――――なら、出来ることはひとつ、かな…………。

 意を決した霧香は、再び操縦桿のトリガーに指を掛けた。

(狙ってる時間も、ない……!)

『――――ッ!』

 そして、霧香は――――雑な狙いのまま、そのトリガーを引いた。

 木霊する砲声、砲口で火花のように瞬く激しいマズル・フラッシュ。霧香機の構えた93A式狙撃機関砲の砲身から最後の20mmペイント砲弾が飛び出すのと、ステラの投げたコンバット・ナイフが≪新月≫のダークグレーの装甲に到達するのとは、殆ど同じタイミングだった。

『っ……!』

 コンバット・ナイフが直撃した衝撃に、コクピット・ブロックまでもが大きく揺さぶられる。その瞬間――――霧香の視界の中には、確かな撃墜判定の文字が浮かび上がっていた。





 そして、凄まじい衝撃を受けたのはステラ機とて同様だった。

『ッッッ!!!』

 霧香が最後に放った20mmペイント砲弾が激突したのは、ステラ機の左腰部。丁度、空になったマウントがある位置だった。

 ステラの視界の中に浮かび上がる、左腰部マウントの破壊判定。しかしこの程度、気にするほどの損傷ではない。戦闘行動に支障が出る場所に喰らわなかったのが、不幸中の幸いだった。

『ナイフにはこういう使い方もあるのよ、霧香……!』

 ま、カズマの真似だけどね――――!

「余所見してんじゃねェェェッ!!!」

 そんなステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードの頭上から、一真の≪閃電≫が襲い掛かる。既にカートリッジ内の弾を撃ち尽くした88式突撃散弾砲は投げ捨てていて、両手に柄を握り直した73式対艦刀を上段に振り被りながら、≪閃電≫は今にもその刀身をFSA-15Eストライク・ヴァンガードに振り下ろさんとしていた――――!!

『しまった……!』

 ほんの数瞬だが、霧香機に気を取られていたせいで、ステラは一真の存在をほんの一瞬ばかり失念していた。

 その隙は、あまりにも致命的すぎた。既に一真の高度はステラの至近ともいえるほどの距離で、今から全開ブーストで回避運動を取った所で、間に合うわけがない。予備のコンバット・ナイフの抜刀すらも、間に合わない……!

(終わった、か……)

 ――――油断、したわね。

 霧香がほんの一瞬だけ、ステラに作り出した隙。それを一真がまさか見逃すはずがない。霧香は撃墜こそされたものの、しかしそれを引き換えに彼女は、最後に一真へ最大のチャンスを与えたのだ。

 避けられない。そう、ステラが諦めていた、その時だった――――。

『そうは、させぬッ!!』

 ステラの視界の中、目の前に濃紺の影が滑り込んできたかと思えば――――瞬間、刃と刃が激突する激しい音が市街地フィールドに木霊した。

 強化炭素繊維の刀身同士が激突し合う衝撃に濃紺と純白、一対の≪閃電≫の両腕が軋み合う。そのままの勢いで激しく地面を陥没させながら着地した一真の≪閃電≫が、そのまま鍔迫り合いのように斬り結ぶ相手は――――瀬那の、≪閃電≫・タイプFだった。

『瀬那……!?』

 驚愕の顔でステラがその名を呟けば、瀬那はフッと笑い、

『もしや、要らぬ助太刀であったか?』

 なんて、珍しく冗談めいたことをステラに向かって口走った。

『なわけ。――――助かったわ瀬那、恩に着る』

『一真の相手は私に任せよ。此奴こやつだけは、我が一刀で決着を付けたいのでな』

 フッと不敵な顔を浮かべてみせながら言う瀬那の言葉に、ステラは一瞬だけ押し黙ってから、

『……オッケー、任せた。ただし瀬那、言うからにはちゃんと勝ってらっしゃい』

『任せよ。背中の突撃機関砲を持ってけ』

 言われた通り、ステラは≪閃電≫の背中から93式突撃機関砲を受け取ると、撃墜された霧香機の居た方角に向けてそのまま急速に離脱していった。

「…………ヘッ」

 未だに鍔迫り合いをしながら、一真は小さく笑う。「いいのか、瀬那? あのまま二対一で囲めば、俺も無事じゃ済まなかったぜ」

『うむ、であろうな』

 瀬那はそれに不敵な顔を浮かべたままで、頷く。そして、続けてこんなことを口走った。

『しかし、それでは面白くない。であろう? 一真よ』

「ヘッ、違いねえ」

 そうすれば、一真もニヤリと笑う。くくくっ、と引き笑いをすれば、操縦桿を握る手の力がいやに強まっていくのが分かった。

『ふっ…………』

「へへへっ…………!」

 そして、どちらが先にでもなく、自然と二人は鍔迫り合いの格好を解いた。そうしてお互い軽く後ろに飛んで間合いを取ると、互いの対艦刀を構え直す。一真は下段に、瀬那は横倒しにした柄を顔の近くに引き寄せた、霞構えで。

「――――やるか」

『うむ、やるか』

 そして、二機の≪閃電≫は大地を蹴った。西條の託した白と紺の、同じ形をした巨人がぶつかり合う。

 激突する剣と剣。強化炭素繊維の刀身と刀身とが斬り結ぶ激突音が、再び市街地フィールドに木霊した――――。

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