Int.30:期末戦技演習/六刀、交えし剣は各々が誇りと共に⑦
『――――どわぁっ!?!』
そんな素っ頓狂な叫び声がデータリンク通信で聞こえたかと思えば、次の瞬間には敵機・ブラッド03に撃墜判定が下されたとの情報が一真の視界の中に映し出される。街の中を徒歩で駆け抜けながら例のポイントの辺りを見上げれば、そこには装甲のあちこちをペイント砲弾のピンク色で汚したダークグレーの≪新月≫が、力なく項垂れている姿が見えた。
『ブラッド03、撃墜ですっ』
続いて美弥のそんな一言が聞こえれば、白井の撃墜は確実なものとなり。そんな彼が『ちっくしょぉー!』なんて叫ぶ声までもが聞こえてくる。
「やったのは、霧香か!?」
『……ふふ、その通り…………』
「グッド・キルだ、霧香。君は後退して、引き続き援護を」
視界の端に映る彼女の顔を見ながら軽く親指を立てながら一真が言ってやれば、霧香も『ふふふ……』なんて相変わらずの妙な反応を示しながら、それに頷く。
「02、状況は?」
『――――カズマかい? こっちはちょっと厳しいかな……。今のところまだ瀬那は抑えられてるけれど、ステラまで合流してきたものでね。囲んで叩かれる前に、出来るだけ早く合流して欲しいかな……!』
珍しく焦った顔で言うエマに、一真は「了解だ。場所も近い、すぐに合流する」と頷いて、≪閃電≫に大地を蹴らせると背部メイン・スラスタに点火し、大きくその場で飛び上がった。
飛び上がる白い≪閃電≫の、行く先はエマが交戦中と思しき座標の方向。ストーム分隊はその全機がHTDLC(高度戦術データリンク制御システム)で接続されているから、現在エマ機が確認している二機の居場所も、ビルなどの障害物を突き抜けて一真の視界にも表示されている。
エマ機を示す表示と、そのすぐ傍に見える二つのターゲット・ボックス。それぞれ識別コードはブラッド01、及び02。どうやらエマはこの二機を一人で一度に相手をするのは無理と考え、時折牽制射撃を挟みつつ後退を続けているようだった。
「ストーム・リーダーより03、そっちにもアイツらの居場所は見えてるな?」
エマの元へ急行しながら、一真がそう呼びかければ『……うん、データリンクは正常に機能してる』と、霧香が静かに頷く。
「なら、二人を捉えられるポイントに早めに移動してくれ。エマの撤退支援を頼む。撃墜は無理に狙わなくていい、とにかく二人の足を止めてくれ」
『……ストーム03、了解。まあ、やれるだけは、やってみるよ…………』
霧香機も移動を始めたのを視界の端に捉えつつ、一真はまた一つビルの頭上を飛び越える。
(推進剤も心許なくなってきてる、か……。油断は禁物だな)
網膜投影される機体情報、その中の一つ、スラスタの燃料である推進剤の残量がかなり少なくなってきているのを見て、一真は眼を細める。
――――これが、≪閃電≫・タイプF最大の欠点だ。"ヴァリアブル・ブラスト"の恩恵で関節耐久性と機動性が向上し、更に格闘戦術の幅が広がってはいるが、しかしその代価として推進剤の消費速度が極端に早いのだ。
こればかりは、どうしようもない問題だと西條が前にボソッと呟いていたのを覚えている。タイプF開発に当たって原型機の≪閃電≫より推進剤搭載量は二割ほど大容量化しているとのことだが、しかし機体各部のサブ・スラスタ、そののひとつひとつがメイン・スラスタに匹敵する程の大出力を弾き出す"ヴァリアブル・ブラスト"機構だ。その程度の推進剤増加では、言うほど間に合ってはいないのだ…………。
今までは一対一、それも短時間で決着が付く勝負ばかりだったから、一真は気にもしていなかった。しかしこうして複数対複数の、長時間に及ぶ戦闘ともなれば、その欠点は浮き彫りになってくる。尤も、一真がいつもの感覚で馬鹿みたいにスラスタを吹かしまくったのも、推進剤残量低下の原因の一つなのだが……。
しかし、今は節約すべきタイミングではないのは明らかだ。数的劣勢に追い込まれたエマを救援する為に、一真は一刻も早く彼女の元へ辿り着かねばならない。
(エマのウデなら、例えタイプFが相手で、中身が瀬那だとしても対等に渡り合える)
だが――――そこにステラと
恐らくは牽制に使っているであろう、エマが最後に残した74式拳銃は60mmと大口径だが、しかしあくまで非常用兵装。その程度であの二人を屠れるとは、とても思えない……!
『ストーム03、ポイント到達。見えるよ、三人とも……』
『霧香!? 助かるよ、恩に着る!』
『エマの、後方……。突撃機関砲も拾っておいたから、使って……。座標は、今そっちに送るから』
『悪いね、何から何まで。――――じゃあ霧香、二人を上手く抑えておいてよっ!』
『ふふ……やってみる…………』
遠くで響く、20mm砲の低い砲声。どうやら一真よりも先んじて支援ポイントに到達した霧香の砲撃支援が始まったことは、既に先の会話からも明白だった。
「さてと、そいじゃあ俺も混ぜて貰おうか……!」
霧香の砲撃と、応戦射撃を行う瀬那たちブラッド隊の砲声とが交錯する。その衝撃をコクピット越しに感じていると、一真も己の闘志が自然と再び掻き立てられていくのを感じていた。
白い≪閃電≫はビルの上を飛び越えながら、88式突撃散弾砲を左手に持ち替え、フリーになった右手で左腰にマウントしていた73式対艦刀を引き抜く。少々雑なスタイルだが、多数を相手にするのならばこの方がベストだ。
「さあ行こうぜ! ド派手によ――――ォッ!!」
一度ビルの上に着地し、膝を折った一真の≪閃電≫は溜めるように一瞬だけその動きを止め、その脚をバネのように伸ばすと再び地を蹴って大きく飛び上がる。
背中のスラスタから火を噴く白き巨体が、大空を舞う。直上の太陽を背にして飛びかかるのは濃紺と深紅、眼下に立つ二機の巨人。片側三車線の幹線道路めいたそこに立つ二機の好敵手に狙いを定め、純白の巨人がその赤い双眼式カメラ・アイを光らせた。
獲物を狙う猛禽類のように鋭い赤の双眸を光らせながら、背中のメイン・スラスタを全力で吹かす。下方に飛び込むように急加速した純白の≪閃電≫が蒼穹を背にし、眼下の二機に直上より襲い掛かろうとしていた――――!
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