Int.26:期末戦技演習/六刀、交えし剣は各々が誇りと共に④

『知らぬ間に、其方も腕を上げたようだ』

「お褒めに預かり、光栄ってね……!」

 瀬那は対艦刀を振り下ろし、一真は眼前でクロスする近接格闘短刀のブレードでそれを挟み防いだままの格好で、二人はお互い不敵に笑い合っていた。

『ふっ、私は嬉しいぞ一真。まさか今の一撃、防がれるとは思っていなかった故な』

 瀬那がそう言うと、一真は同じようにフッと小さく笑う。

「俺を褒めてくれるのは結構だが、お互い悠長に話してる暇なんぞあるのかね?」

 そして一真が不敵な顔でそんなことを口走れば、瀬那は『何?』と訊き返す。すると一真はまたニッと口角を緩めて、

「生憎だが、これはタイマンじゃねえ。――――三対三の、集団戦だぜ?」

『ッ――――!!』

 一真の呟いたその一言で、瀬那は己が重大な見落としをしていたことに気付いた。――――が、一歩遅かった。

「――――エマァッ!!」

『ふふ……っ!!』

 一真が叫べば、小さな笑い声と共にビルの陰から滑りながら姿を現すのは、市街地迷彩の装甲を街並みに紛れさせる仏軍機・EFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫の機影だった。

 軽く頬を緩ませながら、瀬那の≪閃電≫の真横に現れたエマと≪シュペール・ミラージュ≫。彼女の機体の手の中にはアンダーマウントに銃剣ユニットを増設した93式20mm突撃機関砲が握られていて。生身の人間が喰らえば粉になってしまいそうなぐらいに大きなその砲口は、≪閃電≫の濃紺の装甲を捉えていた――――!

『ちっ、抜かったか――――!』

 真横にエマの≪シュペール・ミラージュ≫が姿を現した途端、瀬那は小さく舌を打つと即座に目の前の一真機の腹を蹴り飛ばし、そのままの勢いでスラスタに全開出力で逆噴射を掛け、その場からの離脱を図る。

『逃がさないよ、瀬那ッ!』

 全力で後ろっ飛びに距離を取る瀬那の≪閃電≫を逃がすまいと、エマは更に一歩を踏み出しながら機関砲を掃射する。腹を蹴られ仰向きに倒れた純白の≪閃電≫・一真機の盾になるみたいに彼に背を向け仁王立ちをしつつ、≪シュペール・ミラージュ≫は両手で構える突撃機関砲を撃ちまくった。

 しかし、相手が悪かった。瀬那の≪閃電≫は≪閃電≫でも、一真の物と同じエース・カスタム仕様のタイプFだ。当然、一真機と同じ特殊機構"ヴァリアブル・ブラスト"は搭載しており、それが生み出すサブ・スラスタとしては常識外の推力を得た瀬那の≪閃電≫は気の狂ったような速度で後退している。その馬鹿みたいな速度にエマの≪シュペール・ミラージュ≫に搭載されたFCS火器管制装置はあと一歩の所で追いつけず、エマは瀬那を取り逃がしてしまった。

『チッ、逃がした……!』

 幹線道路同士が交差する大きな交差点を模した十字路を横に飛び、エマの前から姿を消した濃紺の機影に悔しそうな顔を浮かべつつ、エマが軽く舌を打つ。

『カズマ、無事?』

「ああ、なんとかな……。助かったぜ、エマ」

 振り返る≪シュペール・ミラージュ≫の機影を見上げながら≪閃電≫を立ち上がらせつつ、案ずる顔のエマに一真がそう返した。

『先手は向こうに取られちゃったけれど、僕たちはここからだ。カズマ、指示を』

「ああ、分かってる。ここからが本番だ……!」

 00式近接格闘短刀を両腕の鞘に戻しつつ、背部マウントの右側に懸架していた予備の88式75mm突撃散弾砲を右手マニピュレータで肩越しに引っ張り出した一真が頷く。

「ストーム03――――霧香、聞こえるか?」

『……おっけー、おっけー。聞こえるよ、隊長さん……』

 視界の端に映る、相変わらずな薄い表情で反応する霧香に一真は軽く頬を緩めつつ、「そっちの状況は?」と彼女に説明を求めた。

『ステラは、なんとか撒いた……。こっちに大した損害は、ない。ただ……』

「ただ、なんだ?」

『逃げるときに二本とも投げたから、対艦刀はもう持ってないかな……。でも、狙撃機関砲はあるから、後衛は、出来る』

「オーライ、それが残ってりゃ上等だ。

 ――――エマ、聞いたな? そういうワケだから、俺とエマで前を張る。霧香、君は適当な高台に陣取って、隙あらばブチ込んで支援してくれ」

 一真が簡潔にそう指示を出せば、『02、了解したよ』と微笑みながらのエマが先に頷き。続けて霧香も、『……03、了解。まあ、やれるだけはやってみるよ…………』と、いつも通りな反応を示しつつ答えた。

『ッ――――!?』

 そうして、作戦がやっと固まったといった瞬間――――エマと一真とが立ち尽くしていた交差点の、そのすぐ傍にあった仮想ビルの外壁が大きく抉れ飛んだ。

「な、なんだよこれ!?」

 馬鹿みたいな威力で吹き飛ばされたビルの外壁を見て、流石の一真も狼狽える。それにエマが『まさか……!?』と顔を蒼くすれば、

『アキラだ……間違いない!』

「何!? 今のが白井だって言いたいのか、エマ!?」

『そうとしか考えられない! この威力――――140mmだ!』

「ああくそ、なんてこった……!」

 左手の握り拳で、苛立ちのあまり一真はコクピットのサイド・パネルを殴りつけた。するとエマが『議論してる暇は無いよ、カズマ!』と珍しく荒い語気で言えば、

『散開しよう! 射線の通り方から見て、アキラは南西方向の高台に陣取ってる。――――カズマ、霧香! 後は手筈通りに!』

「ああもう、そうするしかないのかよッ!!」

 エマも一真も、焦燥の色を顔に浮かべながらそう叫び。≪閃電≫も≪シュペール・ミラージュ≫も、その双方が共に背部メイン・スラスタを吹かせば、お互い真逆の方向にそのまま全速で離脱を始めた。

 その数瞬後、今まで二機が立っていた交差点のド真ん中に、再び140mmの大口径砲弾が襲いかかる。強烈な衝撃と共に激しく土煙を上らせ、吹き飛んだ交差点から飛び出したアスファルトの破片をそこら中に容赦無くバラ撒いた。

(やってくれやがったな、白井……!)

 スラスタを吹かしながら急速に離脱する白い≪閃電≫のコクピットで、一真は無言のままに胸の奥でひとりごちていた。考える言葉は苛立っているが、しかしそんな一真の顔色は、寧ろ歓喜の色で満ちているようにも見えた。

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