Int.26:期末戦技演習/六刀、交えし剣は各々が誇りと共に③

「瀬那、君にも弥勒寺と同じ、タイプFを預ける」

 ――――あれは、一ヶ月ほど前のことだっただろうか。

 まだクラス対抗TAMS武闘大会の最中、丁度一真がステラと戦った直後ぐらいのことだ。舞依は私を談話室に呼び出すなり、煙草を吹かしながらそんなことを言ってきた。あまりに突然なこと故、私は驚きのあまり声が出なかったのを覚えている。

「私に、一真と同じものをか?」

 そう訊き返せば、舞依は「ああ」と静かに頷いてみせる。

「…………しかし、私には釣り合わぬよ」

「いいや」私がそうやって難色を示していると、しかし舞依は首を横に振ってそれを否定した。

「私から見たら、そうとは思わないがね」

「其方の買い被りすぎだ。私は、そこまで強くはない」

「それこそ、君の自己評価が低すぎるんだよ。――――それに、どのみち君にはアレに乗って貰わねばならん」

 どういうことか、と訊けば、舞依は「……ああ」ともう一度苦い顔で頷いてから、

「元々、あのタイプFは君を乗せるつもりで、ずっと前から上に無理矢理話を通して引っ張ってきた奴なんだ」

「左様か」

「…………だが、私が思ったよりもずっと早く、そしてスムーズ過ぎるぐらいにすんなりと申請は通ってしまった」

「どういうことであるか、それは。答えるのだ、舞依」

「言われなくても、答えるさ」

 舞依は言いながら吸い殻を灰皿に押し付け、新しい奴を咥えて火を付けてから、事の真相を私に話した。

「――――上から、そして外部からの圧力だよ」

「何?」

 意味が分からず、私は咄嗟に訊き返してしまう。それからハッと事の真意に気が付き、「……まさか」と知らず知らずの内に呟けば。

「恐らく、君の思った通りに違いないだろうね。

 ――――ああ、そうだ。その通りだ。綾崎家からの圧力が、君のタイプFがここまで早く用意できた最大の理由だ」





「…………」

 まだ新品の匂いが漂う≪閃電≫・タイプFのコクピットの中、真新しいシートに身体を預ける瀬那は無言のままだった。

 ――――ああ、確かにこれは我が一族が余計な圧力を掛け、無理矢理に持ってきた物に他ならない。それは紛れもない事実であり、恥ずべきことであるが、しかし認めるしかないのだ。

 しかし、元を正せば西條が己の為にと上を動かし、用意した代物。それを思えば、家の余計な横やりに多少の苛立ちは覚えども、しかし頭ごなしに否定し使わないなんて変な気を起こす気にはなれない。

 元々、これは彼女が己の為に苦心して調達してくれた鎧だ。であるのならば、己もその義に報いるのが道理。彼女の期待と想いに応えてこそ、己は己たり得るのだ――――。

『白井、予定通り! 瀬那は私と斬り込んで、敵を引きつける! いいこと? 遅れるんじゃないわよ――――ッ!』

「承知したッ!」

 視界の中で先行し、スラスタを吹かしながら前方の敵影向けて飛び込んでいく紅い機影。ステラのFSA-15Eストライク・ヴァンガードに続き、瀬那もまた己の≪閃電≫の背部メイン・スラスタを点火。一瞬身を低くして地を蹴り、73式対艦刀を片手に敵陣の懐へと飛び込んでいく。

『踊れ、踊れッ! さあ、私とダンスを踊るのは誰かしらァッ!?』

 市街地フィールドに所狭しと立ち並ぶビル群――を模した仮想構造体――の屋上を、壇ノ浦の八艘はっそう飛びを彷彿とさせるように次々と踏み越えながら、ステラが両手マニピュレータに持つ93B式20mm支援重機関砲をやたらめったらに撃ちまくる。

 とはいえ、ロクに狙いも付けないような乱射だ。放たれる20mmペイント砲弾はフィールドをやたらめったらにピンク色の塗料で汚すのみで、敵対するストーム隊の三機には当然、擦りもしない。

 ――――しかし、それで十分だった。

『敵の足が止まった――――行くわよ、瀬那ッ!』

「心得ておるッ!」

 支援重機関砲を二挺持ちなんていう、滅茶苦茶な制圧力で気圧けおされたストーム隊の動きが一瞬、止まる。

 ステラはそれを好機と取り、チャンスを逃すまいと即刻両手の重機関砲を投げ捨てれば、太腿の追加マウントに括り付けていたM10A2コンバット・ナイフを抜刀し、スラスタを吹かしながらビルの屋上より大きく飛ぶ。瀬那もまたそれに続き、対艦刀の柄を両手に握り締めさせながら、片側三車線の幹線道路を模した一帯を超低空で這うように飛び抜け突撃する。

(狙う相手は、ただひとつ――――!)

 そう、瀬那が戦うべき相手は唯一無二。眼前に見える白き機影。己が鎧と同じシルエットの、≪閃電≫・タイプF。即ち、一真に他ならない――――!

「はぁぁぁぁっ!!」

 気を放出するかのように唸りながら、"ヴァリアブル・ブラスト"の推力で更に加速した≪閃電≫で一真の懐へ瀬那は一気に飛び込む。

『チィッ、瀬那か!』

 大きく舌を打った一真は右手の88式75mm突撃散弾砲で対抗しようと、散弾砲を持つ右腕を瀬那機の方に突き付けてくるが。

「遅いッ!」

 ――――しかし、瀬那が飛び込む方が圧倒的に早い。

 着地と同時に踏み込み、身を低くしながら下段から一気に振り上げる一撃を瀬那は放つ。そうすれば、振り上げた訓練用の刃の無い刀身は突撃散弾砲の下側へその腹を直撃させ。そのままの勢いで、一真の≪閃電≫の右手マニピュレータから吹き飛ばしてしまう。

 高く宙へ飛び上がり、突撃散弾砲が彼方へと吹き飛んでいく。それに瀬那は思わず「ふっ」と小さく笑みを浮かべてしまいながら、しかし油断はせず。振り上げた両腕で一瞬の内に刃を返すと、袈裟掛けの追撃を更に一真に向けて打ち放つ。今度は直撃コースだ、当たれば撃墜判定は免れない……!

『っと、まだだァッ!』

 しかし、一真もタダでは終わらず。左腰に吊る対艦刀を抜くのは間に合わないと咄嗟に判断したのか、両手の中に腕裏の鞘から00式近接格闘短刀を射出展開すると、順手にもったそれのブレードを眼前でクロスさせるようにして防御姿勢を取り、瀬那の振り下ろした対艦刀の刃と激突させる。

 斬撃をモロに受け止める強烈な衝撃に地面の方が耐えきれず、アスファルトの路面が少し割れれば、数十cmだけ一真の≪閃電≫が沈み込む。しかし、彼が機体の眼前でクロスさせた近接格闘短刀のブレードは、瀬那の対艦刀を真っ正面からハサミの要領で受け止めていて。瀬那のその刃は、しかし一真の≪閃電≫にはあと一歩の所で届いていなかった。

『…………ヘッ』

 ともすれば、一真は不敵に笑う。瀬那も「やるではないか」と彼を称賛すると、同じように口角を緩めてみせた。

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