Int.28:金狼の牙と白狼の炎、斬り結ぶは神速の剣②
「かっ……カズマぁっ! ちょ、なっ、何考えてんのよアンタぁーっ!!」
一方、その試合の様子をモニタ越しに観戦する演習場・簡易格納庫内は案の定、こんな具合に頭のてっぺんまで真っ赤にしたステラを筆頭に別の意味で湧き上がっていた。
「ふっ……やるね、一真。ふふふ……」
「はわ、わわわわ……! す、凄いことになってきちゃいました……!」
そんな中でも霧香は相変わらずの妙に読めない反応をし、美弥はというとまあいつもの調子だ。
「あ、あんなのに乗っちゃうってど、どういう神経してんのよアイツっ! あーもう! エマもエマよ、何考えてんのさもうっ!!」
とまあこんな具合で、一番錯乱しているのはステラだった。頭のてっぺんまでカァーッと真っ赤にしてそこら中を落ち着き無く歩き回り、頭を抱えながら意味不明なことを口走るのは色々通り越して滑稽にすら見えてきてしまう。
「ほ、ほら! 瀬那もこう、なんか言うことあるでしょっ!?」
「う、うむ……」
かく言う瀬那といえば、腕組みをしながら随分と困った顔を浮かべており。そんな物凄い剣幕なステラの言葉にも、なんて反応をして良いものか分からないといった風だ。
(一真、其方は……)
――――其方は、何を思いこの賭けに乗ろうとした?
それだけがどうしても頭の片隅に引っかかり、瀬那は
正直言って、この戦いは一真にとっては負けた方が得るものは多いのは明白だ。エマは女である瀬那の眼から見てもかなりハイレベルな容姿で、しかも性格も中々に良いときてる。パイロットとしても一流クラスの腕前で、まして一真の反応を見るに彼もまんざらじゃない感じだ。
なのに――――なんだろうか。モニタの端に映るあの眼は。一真のあの眼からは、燃え滾る闘志の炎がまるで消えてはいない。いや、寧ろ今まで以上に燃え上がっているようにすら思えてしまう。
「一真……」
闘志を滾らせるあの目付きは、嘗てステラと戦った時のようだった。いや、もしかすればそれ以上かもしれない。
『決めたよ、俺は。分かったんだ、俺自身の本音に。
俺は明日、俺自身の為に。そして――――瀬那の為に、アイツと戦う』
「っ――――!!」
そんな折、ハッとした瀬那の脳裏に駆け巡ったのは、いつか聞いた彼のそんな一言だった。
「……まさか、な」
しかし、それはどうにも考えにくいような気もする。こんな妙な賭けに乗っかり、しかもそれに勝とうとしている一真の動機がそんなことだなんて、流石に妄想も過ぎるだろう。
そう思い、瀬那はその思考を一旦頭の外に追い出した。追い出しながらも、しかし考えてしまう。
「もし、そうであれば」
そうであるのなら、こんなに嬉しいことはないのに――――。
きっと、これは都合の良い幻想。しかし瀬那は、そんな幻想を信じてみたくなった。その幻想を信じ、男の勝利を瀬那は祈ってみる。
「一真よ、其方ならきっと――――」
「――――みぃーろくじぃーっ!!!」
そう瀬那が独り言を言い掛けたときに、上から覆い被さってきた怒号は白井のものだった。
「むっ!?」
驚いた瀬那がそっちの方を向けば、モニタを見上げる白井は般若の如き物凄い形相を浮かべていて。今にも頭に
白井がそんな形容しがたい凄まじい様相なものだから、呆気に取られた瀬那は完全に言葉を失い。そしてアレだけ騒いでいたステラでさえも、ぽかんと大口を開けながらそんな白井の方に視線を流していた。
「お前は! お前はよお! なんだそれ! なんだそれこの野郎! 負けたらエマちゃんとお付き合い??? 何だそれおいコラテメー、ンだよオイ羨ましいって次元じゃねーぞこん畜生ーっ!!」
もう完全に魂から叫んでいるような慟哭を叫ぶ白井に、流石にステラも真顔になりながら「し、白井……? 大丈夫なの、もしかしてどっかで頭打った……?」なんて、珍しく物凄い心配しているような風に白井へ呼びかけるが。
「うるせー! なんだよ弥勒寺の奴はよぉ、俺の分のモテ運気まで全部吸い取ってんじゃねーのか!? 綾崎といいステラちゃんといいその他諸々といい! んでもって今度はエマちゃんから大胆告白??? 冗談じゃねーよ! なんだよ畜生ぉぉぉーっ!!
大体よお、賭けとか以前に受けりゃいいじゃん? エマちゃんクッソかわいいし? 優しい
…………こんな具合に、ステラの呼びかけも完全無視し恐ろしいぐらいの雄叫びを上げるのみ。鬼の形相の中で涙ながらに膝を折る姿は、最早哀愁すら漂わせている。
「……強く、生きて。いつか、モテる日が来る……かもしれないよ……ふふ…………」
そんな白井に追い打ちを掛けるように、膝を折った彼の肩を叩く霧香がそんな余計な一言を言ったせいで。
「おおおおおお――――っ!!!」
また白井は叫びだし、完全に収拾が付かなくなってきてしまった。
「白井、いい加減に黙らんか」
「オヌッ――――ヘァァァァ!?!?」
だが、そんな白井を止める者が現れた。白衣の裾を翻しながら現れたその者に蹴り飛ばされた白井が、妙な奇声を上げながらどこぞに吹き飛んでいく。
白井を蹴り飛ばしたその白衣の女――――西條は物凄く呆れたように大きく溜息をつくと、胸ポケットから出して口に咥えた新しいマールボロ・ライトの煙草にジッポーで火を点ける。
「ったく、騒々しい奴だ……」
「あは、あははは……」
呆れかえる西條にステラが苦笑いしながら相槌を返すのを聞きながら、西條は煙草を吹かしながらモニタの方に視線を仰いだ。
それに釣られ、瀬那もステラも中継モニタを見上げる。吹き飛んでいった白井以外の他の面々も同様で、西條の一喝が効いたのか、先程までのあの阿呆みたいな騒ぎはひとまず収まりが付いていた。
「さて、弥勒寺よ。お前は」
お前は、エマ・アジャーニ相手にどう戦ってくれる――――?
モニタに映る決勝戦の試合を眺めながら、西條はフッと小さく笑みを作ってみせた。
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