Int.50:純白の炎と紅蓮の焔、激突する魂の一閃①

 吹き付ける風が木の葉を揺らし、雲一つ無い蒼穹から痛いほどの日差しが降り注ぐ、ここは嵐山演習場・平野フィールド。ゴルフ場のように切り拓かれた広く、見通しの良いこの空間に立つのは、二機の巨人だった。

 一つは、炎のように燃え上がる深紅に装甲を染め上げた米軍屈指の新鋭機、ステラ・レーヴェンスの駆るFSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫。そしてかたや、対照的なまでに白く染め上がった国産機のエース・カスタム仕様、弥勒寺一真の乗り込むJS-17F≪閃電≫・タイプFだ。

 大きく距離を取った格好で赤と白、一対の巨人が真っ正面から睨み合う。両腕にはそれぞれの獲物を持ち、一真の≪閃電≫は両腰に日本刀めいた巨大な刀、73式対艦刀を携えている。

『へえ? 逃げずにここまで来たことだけは、褒めてあげる』

 ≪閃電≫のコクピット・シートに身体を預ける一真の視界の端、網膜投影される情報網の中に浮かび上がるウィンドウの中で、ステラが挑発めいた表情を浮かべながら相変わらずの高飛車な声音でそんなことを言ってくる。

「生憎、俺は売られた喧嘩は買う主義でね」

 それに一真も、不敵な顔を浮かべてみせて答えてやった。するとステラは、少しだけ不機嫌そうな顔になる。

『にしても、随分とご大層な機体引っ張り出してきたじゃないの。JS-17だっけ、それ? 全く、西條教官も甘いわね』

「文句あるか?」

『いいえ』しかしステラは、意外なまでの即答でそれを否定した。

『寧ろありがたいわ。私のFSA-15Eストライク・ヴァンガードとのスペック差が埋まったもの』

「余裕だな。後で吠え面かいても知らねえぜ?」

『それはこっちの台詞。幾ら機体が良いからって、調子に乗らないことね。私としては、スペック差ですり潰すの嫌いだから、逆にありがたいんだけれど』

 そうして言葉を交わしている内、管制センターからの通信が二人の会話に割り込んでくる。

『CPよりヴィクター1、及びヴィクター2。各装備の試射を開始せよ。マスターアーム・スウィッチの解放を許可する』

『ヴィクター1、了解したわ』

「ヴィクター2、了解」

 一度会話を途切れさせ、二人は武装の安全装置であるマスターアーム・スウィッチを安全位置のSAFEからARMへ弾く。それからそれぞれ手に持った、或いは背部マウントに懸架した武装を数発ずつ試射した。

 一真の≪閃電≫は右手の93式20mm突撃機関砲と、左手の88式75mm突撃散弾砲をそれぞれ試射する。どちらも正常にペイント弾が吐き出され、狙われた適当な地面がピンク色の塗料で汚れた。同じように背部に懸架した予備の突撃機関砲と散弾砲もオートメーションで撃発させたが、こちらも装填されているのはペイント弾で間違いないようだ。

『CPより各機、兵装状況を報告せよ』

『ヴィクター1、問題なし。全て正常にペイント弾よ』

「ヴィクター2、こちらも正常。ペイント弾の着弾を確認」

『CP了解。双方とも安全装置を掛けよ。試合開始まで、今暫し待て』

 管制センターに言われ、二人とも正面コントロール・パネルに生えるマスターアーム・スウィッチのトグル式スウィッチを再び安全位置のSAFEへと弾く。これで安全装置が掛かったことになるから、操縦桿のトリガーを引いても発砲はされない。

『……アンタ、降伏するなら今の内よ? 今なら、私に一言詫びを入れるだけで許してあげる』

 としていると、ステラが再び口を開けばそんなことを言ってきた。

 一真は思わず口元を綻ばせる。へへっ……と小さな笑いが漏れ出てくると、ステラが「何がおかしいのよっ!」と苛立ち声を荒げる。そして一真は、視界の端に映る彼女の顔をじっと見据えながら、こう言ってやった。

「――――俺たちに、降伏はない」

 入学式の時、西條が何度も繰り返し言っていた言葉だ。それを引用する形で告げると、一真が浮かべるのは不敵な笑みだった。

『……ふーん、そう』

 それを聞いたステラは苛立ったような、しかし半分諦めたような顔になると、

『なら、礼に応じないとね。――――いいわ、カズマ・ミロクジ。私の全身全霊を賭けて、アンタを叩きのめしてやる』

「それはこっちの台詞だぜ、お嬢さん」

『馬鹿ね、アンタの末路はたった今決定したわ。私に負けるのよ、アンタは』

「他人が一方的に決めつける未来なんて、面白くねえ――――!

 いいぜ、俺もお前を叩き潰す。この俺の拳で、お前を叩き潰し、お前の胸に刻みつける。俺の名を、弥勒寺一真という、お前を倒す男の名をッ!」

 一真が笑う。ステラも笑う。そして始まるのは、二人きりのタイマン勝負。一対一、邪魔など入らない、正真正銘の決闘だ――――!

『CPよりヴィクター各機、マスターアーム・スウィッチの解除を許可する。テンカウントで開始だ』

 コントロール・パネルから生えるマスターアーム・スウィッチを、二人は同時にSAFEからARMへと弾き飛ばす。操縦桿を握る手には手汗が滲み、しかしモニタ越しに互いを見据えるその双眸は、どちらも揺るぎがない。

『―――試合開始!』

 ――――そして、火蓋は切って落とされる。

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