Int.38:立ち上がるは鋼の巨人、振るわれるは守護の剣か②

 開始された錦戸とステラとの戦いは、圧巻の一言だった。

 刃を潰された訓練用の対艦刀を構え、姿勢を低くし砂埃を上げながら突進する錦戸の≪極光≫。がっしりと地面を掴む踏み込みから振るわれる逆袈裟の下から薙ぐ一撃を、しかしステラの≪ストライク・ヴァンガード≫は横っ飛びにステップを踏んで回避する。

 そしてグラウンドの地面を削り、砂煙を上げながら着地した彼女の機体が、今度は逆に錦戸機の懐に潜り込めば両手にそれぞれ逆手で持った自分のM10A2コンバット・ナイフ――アメリカ製の近接格闘短刀で、これはその訓練用――を鋭く何度も閃かせ、手数で攻める。それを錦戸機はバックステップを踏むことで軽快に回避し、また攻勢に移っていく……。

 そんな一瞬のやり取りが何十、何百と繰り返されていく。錦戸教官とステラ・レーヴェンス。二人の剣戟は正に異次元領域といった具合で、一真を含めたA組の連中は皆が皆、呆気にとられた顔で目の前の巨体二機が繰り広げる格闘戦に目を釘付けにされていた。

 元米空軍アグレッサー部隊のステラは当然として、流石にスーパー・エースが率いていた伝説の部隊の元副官というだけあって、錦戸の方も決して負けていない。寧ろ所々ではステラを圧倒しているぐらいで、振るわれる対艦刀の一閃一閃から、彼がどんな地獄を潜り抜けてきたかが自然と伝わってくるような気すらしてしまう。

 しかし、ステラだって負けている訳じゃない。リーチ的には決して有利じゃないコンバット・ナイフ二本を巧みに操り、錦戸の繰り出す対艦刀での重い一撃を躱し、ある時はそれを受け止めてさえみせる。少しでも隙を見出せば懐に飛び込んで斬撃のラッシュを浴びせ勢いで圧倒するなど、やはり彼女もアグレッサー部隊として対人戦を多くこなしてきた経験が活きている。

 エリート中のエリート、アグレッサー部隊仕込みのステラと、数え切れない程の死線を潜り抜けてきた実戦派のベテラン・錦戸。その実力は所々が突出し互いを凌駕しているが、互いに一歩も引かず。ある意味で拮抗した勝負が延々と続いていく。

 そうして、二人の刃が斬り結ぶのが、これで一体何度目かといった頃合いだった。――――西條が「そこまで」と、演習終了の号令を告げたのは。

「両者、引き分けといったところだな。錦戸相手に一歩も退かぬとは、流石はアグレッサー部隊というだけあるな、ステラ。

 ――――ご苦労だった。錦戸にステラ、下がって良いぞ」

 西條に命じられ、それぞれ獲物を収め元の位置に戻ってくる≪極光≫と≪ストライク・ヴァンガード≫。足や機体表面のあちこちを砂にまみれさせた二機だったが、しかしその足取りは何処か誇らしげだった。

 グラウンドの隅、格納庫近くで跪いた二機のTAMSは稼働を停止し、そんな二機に地上クルーたちが群がっていく。錦戸の≪極光≫へ先に乗降用の梯子が掛けられたが、それより先に機外へ出ていたステラは梯子が掛けられるのを待たずして、≪ストライク・ヴァンガード≫の胸からひょいっと身軽に飛び降りてしまう。

 軽快に着地したステラが、隣に駐機した≪極光≫に歩み寄っていく。すると丁度錦戸が梯子から降りてきた所で、二人は眼を合わせると互いに頷き合い、無言のままで握手を交わした。

「流石です、錦戸教官。まるで付け入る隙が見つかりませんでした」

「いえいえ、レーヴェンスさんもその若さで中々の腕前じゃないですか。なんだか嬉しくなってしまって、年甲斐も無く本気を出してしまいましたよ」

「貴方と剣を交えられて、光栄でした。いずれまた機会がありましたら、もう一度お手合わせを」

「ええ。こちらこそ、お願いしたいぐらいです。剣を交えて純粋に楽しいと思えたのは、レーヴェンスさん。貴女が久し振りですから」

 そんな言葉を交わし合う二人の間には、確かに通じ合う何かがあり。本来なら言語など必要としない、確かな何かが錦戸とステラの間には通じていた。

 ――――真の武士もののふ同士が心を通じ合わせる時、そこに言葉は要らず。ただ剣でのみ互いの全てを語り合えると、いつか何処かで聞いたことがあった気がする。

 きっと二人もそんな具合なのだろうと、錦戸とステラの様子を遠巻きに眺めながら一真は思っていた。錦戸はもとより、ステラも人種こそ違えど立派な武士もののふに違いない。あの性格や言動は未だに好きになれないところだが、確かにウデの良さは本物だと思うしかない。一真にとってステラは決して好感の抱ける相手ではないが、しかしいずれ越えるべき相手の一人であることには変わりなかった。

「というわけで、模擬演習は以上だ。皆もいずれ、あれぐらい動けるようになって貰わねばならんぞ。

 ――――それでは諸君らの実機訓練を開始する。ペアはいつも通りで構わんだろう。二人一組であの≪新月≫に乗り、動かして貰う。コクピットはシミュレータと変わらん、復座式だ」

 パンパン、と手を叩きながら、西條が急かしてくる。一真は自分のヘッド・ギアを片手に立ち上がると、傍らに居た瀬那の方を振り向いた。

「んじゃま、行くとしようか」

「うむ」

 立ち上がった瀬那と隣り合って、一真は駐機する三機の≪新月≫の元へ歩いて行く。今日の相棒も、やっぱり瀬那だ。他の誰でも無く、一真にとって一番信頼できる相手は彼女を置いて他に在りはしない。





 梯子を登り、瀬那に先んじて一真が乗降ハッチからコクピット・シートに飛び込む。

 シートに滑り込むと、パイロット・スーツの非接触式コネクタがシートと同期され、頭に付けたヘッド・ギアから各種情報の網膜投影が始まる。それらが正常に動作していることを確認すると、一真はシートにあるレヴァーを操作し、コクピット・シートを斜め下前方に勢いよくスライドさせる。

 操縦桿の生える左右のサイド・パネルと正面のコントロール・パネルが手の届く位置に来ると、乗降ハッチから後席に瀬那が滑り込む気配が背中越しに伝わってくる。視界の端に瀬那の顔を映し出すウィンドウが網膜投影の中に追加されると、一真は口元を小さく綻ばせた。

 そうして一真は機体の正面コントロール・パネルなどを弄って起動操作を続けていく。コクピットの各種計器や補助灯に光が灯り、続いて一真たちの周りを囲む半天周型のモニタが息を吹き返し、機体のカメラが捉える外界の様子を映し出し始めた。

「コンディション、セルフ・チェック確認。瀬那、そっちでも確認を」

「心得た。――――機体状態、問題なし。こちらでも確認した」

 ≪新月≫のOSに機体状況のセルフ・チェックを行わせた上で、一真と瀬那がそれぞれ確認を取る。それから一真はパネルを操作し、瀬那の頭上で開きっぱなしだった乗降ハッチを閉鎖した。

 そんな具合に一真/瀬那機と他の連中が準備を終えると、西條が指示を出し始める。それに従って一真と、後から瀬那が交代して実際に≪新月≫の機体を動かしてみた。

 一真本人は一度機体を転倒させかけたが、あれだけシミュレータをみっちりやり込んだだけのことはあって、実機の挙動に慣れてしまえば比較的スムーズに問題なく動かすことが出来た。それは瀬那も同様で、彼女は転び掛けることもなく、危なげなく一通りの練習動作をこなしてしまう。

 機体操作を瀬那に移している間、暇を持て余していた一真は周りの様子もちょいと伺ってみた。運良く交流のある奴ばかりが乗っていたから、どんな具合かをじっくり観察できる。

 まず白井だが、相変わらず何度も転倒していた。しかし流石にTAMSの操縦に慣れてきたようで、ぎこちなさは残るものの前よりはずっと綺麗に動かせている。この辺りはやはり進歩というべきか、白井も白井なりに努力しているということだろう。それでも≪新月≫を転ばせた時には、西條から『転ばせるな! 真面目なお前の死因が転倒死になっても知らんぞ!』と半分冗談めかしつつ怒鳴られていたが。

 次に霧香だが、彼女に関してはシミュレータの時点から問題なく、実機になってもそれは変わらない。本当に初めてかというぐらいにスイスイ動かしてしまうので、早々に西條から後席の相棒に操作を譲るよう言われてしまっていた。

 そして、美弥だが――――。

『はわ、わわわっ!?!?』

 霧香に操縦権限を譲って貰った途端、前のめりに≪新月≫を転ばせてしまう。その後何度も何度も、白井の比にならないぐらいすってんころりんと機体を転ばせまくるものだから、それに同乗させられている霧香も流石に蒼い顔をし始めている。

『わわわーっ!?!?!』

 これで本日何十回目かという具合で、美弥は≪新月≫の背中をグラウンドに叩き付け、激しい砂埃を立てながら仰向けに転ばせてしまった。遠巻きに眺める整備クルーが頭を抱えたり蒼い顔をしているのは、これだけ転びまくる美弥機のメンテナンスの手間を考えてしまったからだろう。

『待て、壬生谷! ――――もういい、そこまでにしろ』

 すると流石に西條もアレだと思ったのか、通信で割り込んでくると美弥に訓練を中止するよう命じてくる。しょぼんとした美弥に、しかし西條がそれを敢えて無視するような態度で『操縦権限を東谷に委譲しろ、壬生谷』と命じれば、やはり美弥はしょぼんとした顔で『……はい』と頷いた。

 再び霧香に操縦権限が移った横たわる≪新月≫が、さもよっこいしょと言わんばかりに漸うと起き上がる。そんな機体に乗せられる美弥の顔を視界の端に眺めながら、一真はふとこんなことを考えてしまう。

 ――――もしかして、パイロット適性無いんじゃないか?

 美弥には悪いが、そうとしか思えない。今までのシミュレータでの動かし方や今の転倒祭りを見る限り、半素人の一真の眼から見てもそうとしか思えない。そしてそれはプロである西條とて同じことを思っていたらしく、モニタの端へ微かに見える西條の顔は、何処か苦々しげだった。

 やがて瀬那も練習動作を終え、機体を元の位置に返し駐機させる。機体を跪かせ乗降ハッチを開けると、コックピットに風が吹き込んでくる。それが妙に心地よく感じてしまったせいで、一真は肩の力を抜きながら「ふぅ」と息をついてしまった。

「お疲れ様だ、一真よ」

 すると、後席に座りっぱなしな瀬那がねぎらってくれる。そんな彼女の顔も少しばかり疲れの色が見え隠れしていたが、表面に出すまいとしているのは、やはり彼女の高潔めいた人柄故のことであろうか。

「そういう瀬那も、お疲れ様」

 一真は薄く笑みを浮かべながらそう返すと、こっちに戻ってくる霧香/美弥機を遠くに眺めながら、こんなことを思わず呟いてしまった。

「……美弥、適性ないのかな…………」

「ううむ……」

 それに瀬那も、苦い顔を浮かべる。どうやら瀬那も同じことを思っていたようで、腕組みをし顔を苦くするのみで明確な回答を言おうとしない。

 視界の端をチラリと見ると、半べそな顔をした美弥に霧香も掛ける言葉が見つからないようで、なんとも言えない顔を浮かべていた。そんな彼女と思わず目が合ってしまうと、霧香は一真に向けて小さくアイ・コンタクトを取りつつコクリと頷く。それだけで、霧香が何を言いたいのかは何となく理解できてしまった。

 美弥がパイロットに向いていないのは、最早明白だった。別のコースへ転向するのならば早い方がいいのだが、そればかりは本人の意志がなければどうしようもない……。

 結局、本人次第なのだ。だから一真は、それ以上美弥のことを考えるのをやめた。ここから先は、彼女自身が考え、決めることだ。まだまだ付き合いが浅く、お互いそこまで深くまで話したこともない間柄である美弥に対し、一真がこれ以上のことを言える義理も道理も在りはしない。

「ま、とにかく外出ようぜ。次がつっかえちまう」

「そうであったな」

 そうした具合に、初の実機訓練は終わっていく。とりあえず一真にとってホッとしたのは、自分が上手く実物のTAMSを動かすことが出来たことだ。これが出来なければ、パイロットにはなれないのだから…………。

 瀬那が乗降ハッチから機体の上に這い出て、後方にスライドしたシートから一真も這い出ようとする。そんな一真に「ほれ」とやはり手を差し伸べてきた瀬那の顔を仰ぎ見ながら、一真は薄く笑みを浮かべると「……ああ」と頷き、差し出された彼女の手を取った。

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