Int.37:立ち上がるは鋼の巨人、振るわれるは守護の剣か①

 それから更に一週間がして、やっとこさ遂に待望の実機訓練が始まる運びとなった。

 月曜の午後、85式パイロット・スーツの着用を命じられ士官学校敷地内のTAMS格納庫近くのグラウンドへと集められたA組の一同。その目の前には相変わらず西條・錦戸両名の教官の姿があったが、そんな二人の教官の背後にまた、巨大な人影があった。

(TAMS……)

 ヘッド・ギアを片手に、一真は大地に跪くその巨影を見上げる。そこに在ったのは、四機の巨人――――起死回生を賭けた人類が生み出した最先端の人型機動兵器・TAMSだ。見たところ四機中三機はシミュレータでの仮想空間上ながら乗り慣れた練習機・JST-1B≪新月≫だが、後の一機はそれらとはまるで異なるシルエットをしていた。

 深紅の装甲に、ギラリと睨み付けるようなカメラ・アイを持つ頭部を初めとした鋭角的なフォルム。全体的にはスマートながら肩や腰回りなどがガッチリとした独特な格好のソイツは、アメリカ製の最新鋭機・FSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫に他ならない。無論コイツのあるじなんてのはステラ・レーヴェンスのただ一人だ。

「さて、皆揃っているな。喜ぶといい、お待ちかねの実機訓練だ」

 腕組みをしニヤッとした西條の言葉に、ざわめくA組の面々。はしゃぐ者も居れば、緊張の色を浮かべる者もおり。その反応は千差万別であったが、一真はどちらかといえば平常心を保っている方だった。

 それは隣立つ瀬那も同じようで、顔色一つ変えずに西條の話に耳を傾けている。かといって遠巻きに見える白井は明らかに興奮した感じで、遠くに見える美弥の後ろ姿はなんだかそわそわとして落ち着かない様子だ。流石にステラや霧香辺りはそれぞれ慣れだったり元来の性格だったりがあって、何処か落ち着いている。

「尤も、やることはいつものシミュレータよりも簡単だ。いつも通り二人一組で乗り込み、私が指示する通りに動かしてみせろ。今回の目的はあくまでも、実際の機体に慣れることにあるのだからな。

 また、ステラに関しては模擬演習をやって貰う。相手は錦戸が務めるがね」

「そういうことで、レーヴェンスさん。お手柔らかにお願いしますね」

 と、一真たちと同じく85式パイロット・スーツを着た錦戸が、相も変わらぬ温和な笑みでステラにそう言う。

「こちらこそ。錦戸大尉……っと、今は教官でしたね。貴方のお噂はこちらでも聞いたことがあります。伝説の遊撃中隊・VFM-303の副官と剣を交えるなんて光栄ですわ。私の方こそ、錦戸教官の胸を借りるつもりでやらせて頂きます」

 するとステラの方は、普段他の連中に向けるような粗暴……と言っては少し失礼だが、ともかくそんな口調からは考えられないぐらいに畏まった感じで錦戸にうやうやしくそう言葉を返し、小さくお辞儀をする。

「という訳で、まず最初に錦戸とステラの模擬演習を諸君らには見物して貰う。頼むぞ、錦戸」

「了解です、少佐殿。ご期待には添えて見せましょう」

 西條の方を向き直り、軽く敬礼をする錦戸。すると西條はフッと小さく笑い、

「だから、私はもう少佐じゃないと何度言わせるんだ、貴様という奴は」

 言葉とは裏腹に何処か嬉しげな笑みを浮かべながら、錦戸の肩を叩いた。





 膝を突く機体の胸部に掛けられた長い梯子を登り、錦戸とステラの二人がそれぞれの機体のコクピットに滑り込んでいく。ステラは当然FSA-15Eストライク・ヴァンガードだが、錦戸の方は≪新月≫ではなく、比較的新しい部類の機体、黒灰色のような色をしたJSM-13D≪極光きょっこう≫に乗り込んでいった。

 JSM-13D≪極光≫――――。

 嘗ての戦いで西條が乗っていたJS-9≪叢雲≫とほぼ同時期か少し後に正式配備された奴で、米海軍のFSA-14≪ベアキャット≫を参考に、ロケット・モーター付き滑空翼を装着しての空母からの海上投射を主眼に置いた国防海軍用の機体だ。特筆すべきは高度なレーダーとFCS火器管制装置搭載により実現した高いミサイル運用能力だが、当然のように格闘戦も十二分に戦える。長時間飛行の為の軽量化で装甲を犠牲にしている以外は、中々に優れた機体といえよう。

 そんな、ある意味で妙な機体に錦戸が乗り込むと、地上を走る整備クルーたちが機体に掛けた梯子を外し、二機は機体始動操作を始める。といっても内燃機関エンジンの類は積んでいないので、始動は航空機に比べるとずっと速い。

 数分して地上クルーが退避すると、≪極光≫と≪ストライク・ヴァンガード≫の二機がほぼ同じタイミングで動き出し、その両脚を大地に着け立ち上がった。身長8mの巨体が立ち上がると、安全の為に遠巻きになって眺めていたA組の面々が歓声を上げる。

「では錦戸、ステラ両名、演習場のA-3区画に移動しろ」

『了解』

『了解しました』

 頭にインカムを付けた西條の指示へステラ、錦戸の順に反応が返ってくると、二機の巨人はA組の見物位置から見て更に奥へと歩いて移動していく。

 数分経って、移動が完了した二機は向かい合い、一定の間合いを取ると直立不動になって静止した。まるで西部劇か何かの荒野の決闘のような雰囲気だが、二機の腰にリヴォルヴァー拳銃なんて差さっていなければ、そこらに謎のタンブル・ウィードが転がることもない。

「二人とも、今回の演習に於ける交戦規定を確認するぞ」

 敢えて他の連中にも聞こえるような声で、西條が口元に持ってきたインカムのマイクに向けて簡潔にこう告げる。

「周辺への被害を考慮し、スラスタは今回一切の使用を禁止とする。また流れ弾の懸念から飛び道具も使用不可。模擬対艦刀か、或いは模擬近接格闘短刀のみを使用可とする。機体モードは実機演習・シチュエーションB-2、パターンFに設定。

 ――――以上だ。ステラ、復唱を」

『了解、復唱します。……スラスタ使用不可、模擬ブレード以外の使用不可。機体モード、実機演習・シチュエーションB-2、パターンFに設定』

「結構」

 演習内容を復唱するステラに小さく頷いて、西條は背にした他のA組連中の方へと振り返った。

「ということで、今から二人には一戦交えて貰う。よく見ておけ、これが本物のTAMSの動きだ」

 ニヤッとしながらそう告げると、直立不動の二機の方へ再び向き直ると、演習開始の号令を告げる。

「――――状況開始。双方、交戦を許可する」

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