Int.24:幕間、黄金の月夜②

「痛ててて……」

 独り座布団を枕に床へ横たわりながら、頭に出来た新品のたんこぶをさする一真。ズキズキと鈍痛を訴えてくるソイツが、鍛え上げられた玉鋼の刀身のせいだというのは言うまでもない。

「ぶつことねーだろ、ぶつことさぁ……」

 ぶつくさと呟きながら、一真は頭に出来たたんこぶをさすり続ける。

 ――――今にして思えば完全に錯乱していた瀬那が振り下ろしてきた刀を、実は一真は一度受け止めた。いわゆる真剣白刃取りって奴で、我ながらよく出来たと一真は思う。とはいえその後で手から刀身がすっぽ抜け、結局このザマなのだが。

「こりゃひょっとして、峰打ちの方がキッツいかもなあ」

 刀の峰を喰らった頭から響く鈍痛に、一真は苦笑いをした。

 峰打ちというと慈悲深い不殺の一撃に聞こえるかもしれないが、例え刃が付けられていなくても刀の刀身って奴は超高密度の鋼鉄の塊であることには変わりない。つまりは峰打ちであろうと鈍器であるわけで、鉄パイプよりも断然重いものが降ってくるのと同義なのだ。当然、当たれば痛い。

 だがまあ、不意の事故といえ自分がああしてしまったことには変わりなく、瀬那がアレだけ取り乱すのも無理は無いのかもしれない。

「しっかし、アレってやっぱ……ぱん――」

 頭の上に降ってきた謎の布の正体を思い出そうとした一真だったが、

「うっ」

 そのことを考えた途端、たんこぶに重い鈍痛が走った。また視界の中で星が瞬きそうな錯覚に襲われてしまいそうだから、一真は激しく頭を左右に振って鈍痛ごとその思考を頭の外へ追い出した。

「しゃーない、テレビでも見るか」

 特に何もすることが無く手持ち無沙汰だったので、一真は手近にある背の低いテーブルの上からテレビのリモコンを手繰り寄せ、部屋の隅にちょこんと置かれたテレビの電源を付けた。

 前に瀬那が見ていたままなのか、チャンネルは民放でなく国営放送に合わさっていた。時間帯が時間帯だからか、丁度今は報道番組が流れている。特にすることも無く風呂が空くのを待っているだけの一真は、仕方ないのでその報道番組に耳を傾けた。

『本日午前九時頃、防衛省は昨夜未明頃に国防軍・九州方面軍が大分の全域奪還に成功したと発表しました。これで九州全土の奪還は一年と九ヶ月振りとなり――――』

「へえ、大分取り戻せたんだ」

 誰に向けるでもなく、ただ独り言を呟く一真。大分は四国から九州方面へ攻め込む幻魔たちの橋頭堡きょうとうほになっていた地域だから、あそこを取り戻せたとなれば良いニュースだ。

 ――――日本は現在、その本土の一部を幻魔に奪われている。それもこれも、四十数年前に地球外より落着した六つの幻基巣、その内一つ――国際コード・G06と呼称されるものが四国中央部に落着したことに端を発した。

 それから四十数年の間、日本は四国を取り戻せてはいない。それどころか九州、中国地方南部、近畿の一部を奪い合っているような様相だ。一応瀬戸内海沿いには"瀬戸内絶対防衛線"という防衛ラインを敷いてはいるが、それもいつ喰い破られてしまうか分かったものではない。

 日本国防軍が最終目標とするのは、G06四国幻基巣の破壊と四国全域の奪還にある。しかし幻魔の数に任せた熾烈な猛攻に世界各国の軍同様、防戦一方にならざるを得ない国防軍は戦力だけをジリジリと浪費することしか出来ず、そしていつしか四十年以上のときが経ってしまっていた。

 寒さに弱く、冬期になると休眠期に入るという幻魔の謎めいた習性が無ければ、とっくに日本は全土を奴らに蹂躙されていたことだろう。在日米軍や国連軍の助けはあるものの、それだっていつ手を引かれるか分かったものじゃない。アメリカだって、至近のメキシコに幻基巣を抱えているのだ……。

「…………俺たちの代で、終わるのかな」

 ふと、自分でも気付かぬ内に一真はそんなことを口走っていた。

 この戦いが、己の世代を最後に終わってくれればいい――――。

 それは、この終わりなき絶滅戦争に身を投じる戦士たちの誰もが想い夢見ることだ。あんな訳の分からない連中との不毛な戦いなど、後の世代に引き継がせたくはないと誰もが思う。

 しかし、それは儚すぎる理想だ。現に敵は健在で、落着した六つの幻基巣の内二つは人類の死力を尽くした攻勢が功を奏し、既に破壊されている。だが現実としてまだ四つの幻基巣が健在で、前線基地めいた小規模な幻基巣もどきが支配地域の各所に増えているという。

「…………」

 そんなことを思い出してしまい、なんだか気分が暗くなってしまった。一真は「あー、やめやめ!」とひとりごちて頭を振ると、よっこいしょと起き上がり胡坐あぐらをかく。

「ま、考えても仕方ないよなあ」

 ……そうだ、考えたところで仕方ない。自分たちに出来ることは、戦うことだけなのだから。いつかこの戦いが終わる日を信じて、その日まで戦い続けるだけだ……。

 そうした頃に、遠くで浴室の扉が開く音が微かに聞こえてきた。仄かな湯気と共に漂ってくる石鹸の匂いに釣られ、一真はスッと立ち上がる。

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