Int.23:幕間、黄金の月夜①

「ふぁーっ、食った食った」

 今日一日の課程を終え、その足で寄った食堂で夕飯を腹に入れた一真は訓練生寮・203号室に戻るなり、制服を脱ぎもせずに二段ベッドの下段にドサッと上半身だけで寝転がる。

「これ、一真よ。行儀が悪いぞ」

 一緒に帰ってきた瀬那に咎められ、一真は「へへへっ」と笑いながらベッドから背中を放し、その傍の床に尻を付けて胡坐あぐらをかく。

「全く、其方という奴は……。――――ほれ、尻を痛めるぞ」

 そんな一真に呆れながらも、仕方ないといった風に瀬那は床へ雑に転がっていた座布団の一つを一真に寄越してくる。

「おっ、サンキュ」

 瀬那から渡された座布団を尻の下に敷き、改めて座り直す一真。

「にしたって、今日は疲れたぜ……。今にも気絶しちまいそうだ」

「うむ」そんな一真のほぼ対面ぐらいの位置に自分も座布団を敷いて正座で座りながら、腰から鞘ごと抜いた刀を傍らに置きつつ瀬那が頷く。

「今宵は良く眠れそうだ」

「それにしたって、随分と元気そうに見えるけどな、瀬那は」

「まあ、これでも多少は鍛えておるからな。とはいえ慣れぬこと故、疲れておるのはまことのことであるぞ」

 ふふん、と腕を組みながら自慢げに胸を張り、瀬那がそんなことを言う。一真は苦笑いしつつ「羨ましいぜ」と返してから、

「そういや、風呂湧かしてなかったな……」

 と言ってよっこいしょと立ち上がると、脱いだ制服のブレザー・ジャケットをベッドの上へ雑に放ってから風呂場の方へ一真は歩いていった。

 それから数分後。浴室から微かに漏れ聞こえてくる水音を聞きながら瀬那が待っていると、一真が「悪い悪い」と言いながら戻ってくる。

「風呂、湧かしてきた。湧いたら瀬那、先入っていいぞ」

「しかし、それでは一真に……」

 遠慮がちな瀬那の言葉を遮りながら「いいのいいの」と一真は言って、

「俺はほら、正直暫く動きたくねーし……」

 と、わざとらしく「どっこらしょ」っとジジ臭く座布団に座ってみせた。勿論演技過剰だが、疲れてるのは事実だ。

 それを見た瀬那は「ううむ……」と少し唸った後、

「其方がそう言うのであれば、従おう」

 と、一真の提案に同意した。

 暫くして、風呂が沸いた。瀬那は傍らに置いた刀を片手に立ち上がり、「では、先に風呂を頂くぞ」と言って、着替えも携え風呂場の方に歩いて行く。

「んー。ごゆっくり」

 間延びした声でそう言いながら、一真がそんな彼女の背中を追っていると、一度風呂場に引っ込んだ瀬那は一度顔を出し、

「…………覗くでないぞ」

 と、何故か頬を赤らめながらボソッと一真に向けて呟いた。

「覗かねぇよ!?」

 思わず全力で突っ込みを入れる一真。それに瀬那はまた頬を更に真っ赤に染め上げながら、「其方は前科があるではないかっ!」なんて言ってくる。

「前科も何もありゃ事故だ、事故っ!」

「しっ、しかし覗いたのは事実であろうっ! わ、私は知ってるぞ、男はみんな獣なんだろう、そうなんだろう!?」

「違うわっ!」

「じ、事故を装って……なんと破廉恥なっ! ええいそこに直れ一真、この私が直々に其方を成敗してくれるっ!」

 何をどう解釈してそうなったのか、物凄い超解釈の末に瀬那は顔を真っ赤にしながらこっちに戻ってくると、抱えていた自分の着替えを放り出し携えていた刀を抜いてくる。

「ばっ、馬鹿やめろっ! 大体そんな滅茶苦茶な話誰から聞きやがった!?」

「きっ、霧香が教えてくれたのだ!」

「あの野郎、今度逢ったらタダじゃおかねえ……!」

 なんて風に霧香の顔を思い浮かべながら恨み節を呟いていると、

「……ん?」

 はらり、と、頭の上に何かが降ってきた感触がした。

「あわ、わわわ……!!」

 どうやらそれは錯覚じゃ無いらしく、一真の頭の上に降ってきたそれを見ながら、金色の瞳を落ち着きなくそわそわさせる瀬那が声を震わせている。

「ど、どうした瀬那?」

「そ、それ……はっ!!」

「んん……?」

 明らかに取り乱している瀬那の反応を流石に怪訝に思い、一真は頭に乗ったそれに手を伸ばした。

 布の感触がする。かなり薄い、しかし手触りのいい布。それが何かを確かめる為に布を掴んだ一真は、それを自分の顔の前に持って行き……。

「……これ、もしかして、ぱん」

 と、布の正体を見た途端にサァッと顔面を蒼くした、その瞬間。

「うわあああああっ!!!」

「ぎゃああああっ!?!?」

 数mの距離を一瞬で詰めてきた、顔を爆発しそうなぐらい真っ赤に染め上げた瀬那が振るう刀が見えたかと思えば、一真の視界に天の川かってぐらいの星が瞬いた。

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