Int.03:弥勒寺一真と綾崎瀬那②
「全く……」
コツコツと靴音を立てながら、一真の隣には背の高い少女が歩いていた。凛とした顔立ちにスラッとした体格。しかし出る所は出た肢体のせいで、チラリと横を見た一真は目のやりどころに困って、すぐにそっぽを向いてしまう。
「なんだ貴様、私の顔に何か付いているのか?」
ムッとした彼女――綾崎に言われ、一真は「な、なんでもない」と慌てて取り繕うように言い返す。
「むう」
すると綾崎は腑に落ちない顔で唸るが、しかし何を思ったのかそれ以上は訊いてこなかった。
「――――ともかく、だ」
ふと綾崎は立ち止まると、一真の方を向いてそう口火を切ってきた。一真も立ち止まる気配に気付いて一緒に立ち止まると、一歩後ろに立つ綾崎の方に向けて振り返る。
「不可抗力といえ、一応貴様と私とは寝食を共にすることになる。だから、改めて名乗らせて貰おう。
――――
さっきから何故か腰に帯びていた刀を鞘ごと地面に杖みたく突き立て、仁王立ちをする格好の綾崎がそう言うと、一真も「あ、ああ……?」と若干の困惑の色を示しながらも、じっと自分の顔を見据える彼女の金の双眸に
「ええと……――弥勒寺、
「うむ」満足したように綾崎は頷くと、「では、弥勒寺とやら」
「ん?」
「早速で悪いのだが、その綾崎という呼び方は改めてくれ」
もしかして、最初から馴れ馴れしすぎたか? 言い方はアレだが、この尊大な――きっと本人にこれといって他意はないのだろうが――喋り方や、ずっと腰に刀を携えている奇妙な出で立ちから見るに、もしかしたら結構な家柄の出身なのかもしれない。最初からいきなり苗字を呼び捨てというのが、気に障ってしまったのか……?
「わ、悪い」思わず、一真は謝ってしまう。「苗字でもいきなり呼び捨てってのは、馴れ馴れしすぎたか」
「いや」しかし綾崎は首を左右に振って、それを否定する。「どちらかといえば、よそよそしすぎる」
「えっ?」
「私のことは下の名で……
……意外だった。てっきり、怒られるかと思っていたのだが。
「それは別に良いんだが……良いのか?」
「構わん」と、刀を腰に戻し腕組みをした綾崎は頷く。「どうにも、己の家名という奴が嫌いでな。寝食を共にする貴様にぐらい、気兼ねを無くして欲しいだけだ」
「そうか……」
どうやら、綾崎には並々ならぬ事情があるように思えた。だがここでそんな深くまで首を突っ込むのは早計と思い、一真はそれ以上の追求をやめる。彼女が話したいと思えば、いずれ彼女の方から話してくれるだろう。それまでは、深くまで聞かないでやることが一番だと思った。
「じゃあ……――――瀬那」
「ん」
「とりあえず、帰ろうか。俺の方も荷解きしてないし」
「心得た」
それから寮の部屋へ戻るまでの道すがら、一真と瀬那とは色々なことを話した。先程のアクシデントのことだとか、「あの件は事故だと分かったのだから、仕方の無いことだ。私も混乱していたといえ
「そういえばさ、瀬那? さっきから気になってたんだけど」
「ん?」訓練生寮が大分近くなってきた頃、隣を歩く瀬那に対し一真がこんなことを訊く。
「なんで刀なんてぶら下げてんだ?」
「ああ、これか」瀬那は制服スカートのベルトから鞘ごと刀を抜き、感慨深そうにそれを眺める。「私の刀が、どうかしたか?」
「いや、ちょっと気になってさ。日頃から帯刀してる奴なんて、初めて見たから」
「ふむ」瀬那は少し唸ると、「だが、TAMSパイロットとなる者なら、いずれは提げることになるだろう?」と返してくる。
「まあ、そうなんだけどさ……」
――――人型ロボット兵器・
尤も、それはTAMS用の巨大な刀である対艦刀を製造する際に出た端材を利用した物で、誂えももっとシンプル。瀬那が今も携えているような、明らかに玉鋼で打たれた伝統的なサムライ・ソードとは訳が違う。
「私にとってはお守りのようなものだ。一応、教官殿から許可は頂いているが?」
「へえー……」
まあ、許可を得ているというのなら、そこまで気にすることはないのだろう。アレで斬り付けられた時は避けるのに必死で考えもしなかったが、今に思い返せばあの時の瀬那の太刀筋は、随分と綺麗だった。もしかしたら、剣術の心得があるが故の帯刀なのかもと一真は推測した。
「ところで」
今度は瀬那の方から話しかけてきた。「弥勒寺は何組に割り当てられたか、聞き及んでいるか?」
「俺だけ下の名前で呼ぶのもアレだし、一真でいいよ。
――――うーん、確かA組だった気がするけど」
すると、瀬那の顔がぱぁっと見るからに明るくなる。「
「うん、さっき案内される前に訊いた。例の西條教官から。……もしかして、瀬那も?」
「ああ!」大きく瀬那が頷く。「弥ろく……一真。其方と同じく、私もA組だ」
「へえ。なんか嬉しいな、こういうのって」
「実はまだ、私は友というものがここで出来ていないのだ。しかし一真、其方が同じクラスであるのなら、少し安心したぞ」
「友……?」一真は瀬那の言葉の一部を、反芻するように呟いた。「俺は、瀬那の友達になってもいいのか?」
「ん?」それに瀬那はあからさまな疑問符を浮かべ、「なるもならないも、先程名を交わした時点から、既に私たちは友でないのか?」
「あーいや、実感が無くてさ……。勿論、瀬那が許してくれるのなら、俺も瀬那の友達になりたい」
瀬那はフッと小さく笑い、「なりたいも何も、私は既に友だと思っているが?」
「……そうか」
――――既に友だと思っている、か。
そんな瀬那の言葉が、何故だか無性に嬉しく思えてしまう。
「じゃあ……瀬那?」
「ん」瀬那の金色の瞳が、こちらを向く。
「改めてだけど、これからよろしくな」
「……ああ! 私の方こそ、よろしく頼むぞ、我が友よ」
歩く二人の隣を、巨大な影が追い越していく。二人を軽々と追い越した身長8mの巨人は、日本国防陸軍の主力
――――ここは、普通の学校ではない。
その事実を身を以て味合わせるように、巨大な人影が真横を通り過ぎた。戦争のための兵器、それに乗るべく育てられていく自分たち……。
急な突風が吹いた。桜の木から飛び散った淡い色の花びらが宙を舞い、桜吹雪となって降り注ぐ。春爛漫の陽気の中で一真たちを出迎えたのは、決して希望に満ちあふれた青春の入り口ではなかった。
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