純アイ

Ren

第1話 助けずにはいられない

また見たくないものを見てしまった。


見たくないもの。といっても、道端の吐しゃ物や不慮の事故で死んだ動物の死骸などの、目を背けたくなるようなものでは無い。


むしろ逆。この類のものからは目を逸らせなくなってしまう。目の端に少しでも捉えてしまったらもうおしまいだ。


こんな場面を見て見ぬふりをして立ち去るのは気分を害することこの上ない。


当然、こんなことに首を突っ込んでも俺には一銭の利益にもならない、ただ、無視すると胸糞が悪くなり飯も喉を通らなくなる。


だから、俺は人を助けるのだ。得をするためではなく損をしたくないから。




時刻は午後10時


この小さな商店街は既に大抵が店を閉め、閑散としている。


そんな商店街のほぼ中央に位置する小さな広場のような場所でその少女は3人の男に絡まれていた。少女はこちらに背を向ける形で三人の男たちと向き合っていた。三人の男はそれぞれ金髪、茶髪、赤髪とカラフルな頭をしていて、如何にもバカをやりそうな風体に見える。少女の方はこちらに背を向けているので顔は見えないが、身長165cmほどで黒髪のポニーテール、服はどこかで見たようなジャージだがパットは出てこなかった。


そんな、男たちと少女の関係は友人とは見えない。


彼らの手元に注目してみると金髪の男が少女の手を強引に握っていて、少女は振り払おうとしているのが見て取れた。


これらのことを2,3秒で思考した後、俺は自分の中の闘志を呼び覚ませるために少し大股で胸を張りながら男たちの元へ歩きはじめた。喧嘩をするのは1か月ぶりだ気持ちを高めなければならない。無論喧嘩せずに済むならそれに越したことはないが、相手は三人、しかも俺は学校帰りだから制服だ。高校生相手に三人組がしっぽを撒いて逃げ出すことは経験上ありえない。安いチンピラほどプライドだけは高いものだ。


俺は5,6っ歩歩いて広場に足を踏み入れた。俺の履いているローファーの足音が聞こえたのか、茶髪の男がこちらを一瞬見た後他の二人に何か耳打ちをしたのが見えた。


次の瞬間には三人組は揃ってこちらを睨んでいた。男たちと俺の距離は10mほど、俺は更に近づいて軽めに啖呵を切った。


「オイ!お前ら!嫌がってんだろ、手を放せ!」


それに反応してか、少女の背中がビクっと震え、顔だけでこちらを振り向いた。その表情からは驚きと恐怖が見て取れた、誰かが助けに来てくれるとは思わなかったのか、俺にビビったのかは定かではないが。

こんな顔をさせておくには勿体無い美少女だった。俺のテンションが俄然上がったのは言うまでもない。


男たちの方はというと俺の言葉を受けて、金髪の男が少女の手を自分の方に強めに引き付けて言った。


「は?何勘違いしてんの?俺たち付き合ってんだよ、これからホテルに行こうって話してたところだ。なあ?」


急に手を引かれたせいか少女は苦痛に顔を歪めたが、直ぐに俺の方をまっすぐ見て


「助けて」


と一言ハッキリと言った。


男の口ぶりだけで既にムカついていた俺だったが、少女に対する男の所業と、少女の助けを求める声で喧嘩を避けようという気は消し飛んだ。


俺は大きく一歩踏み込み金髪の男の目の前に立った。俺の身長は185cm、対する金髪は170前後だろうか、完全に見下ろす形になった。その状態で俺は啖呵を切る。


「だそうだ、今すぐ詫び入れてその子の手を放すなら怪我しなくて済むぞ。どうするよバカ頭。」


俺の言葉に、金髪は俺を見上げるように睨んだ。この至近距離で見ると、随分と幼い顔をしている。大学生ぐらいかと思っていたが、もしかしたら高校生かもしれない。そんな事をふと考えていると金髪が吠えた。


「うるせえ!」


そう言ったかと思うと。少女の手を放し、俺の顎めがけて拳を向けてきた。十分予想出来た行動に対して

俺は軽く後ろにステップを踏んで避け、拳を構えた。


「交渉決裂だな」


俺は冷静にそう言いながらも、心の中は少しウキウキしていた。職業病のようなものだ、喧嘩したいわけではないが、するとなったら血が滾る。


少女は男が手を離したスキをついて俺の後ろに隠れていた。


俺は少女に背を向けたまま強めに言った


「オイ!何してる!早く逃げろ!こいつらは俺が一人でどうにかする。」


正直、この美少女をこのまま帰してしまうのは惜しい。だが、俺は恩を売るためや、女と知り合うために人助けをしているわけではない。少しでも「得をしたい」という感情を持って行動すると、それは俺の理念に反する行為になる。そこは絶対に一線を引いておきたい。


「ありがとうございます!」


少女はそう後ろから声を掛けると走り去っていった。


三人の男たちは少女を追いかけることはせず、怒り心頭といった様子で近づいてきた。


茶髪と赤髪が


「ぶっ殺してやる!」


「ふざけんなよガキ!」


とそれぞれ声を張り上げた。



俺はそんな二人を鼻で笑い


「ぶっ殺されるのはお前らだ、ふざけた顔のお兄さん。」


と返した。


三人は完全に冷静さを欠き、今にも俺に殴り掛かろうとしている。


喧嘩で冷静さを欠くのは賢明ではない。闘志は必要だが、ただ殴り掛かればいいというものでは無い。

相手とのリーチの差、対格差で相対し方は大きく変わる。それを判断するには冷静さを欠いてはいけないのだ。


まず、最初に少女の手を取っていた金髪の男が殴り掛かってきた。とても俺とのリーチの差を考慮しているようには思えない。


俺は軽く左足を踏み込んで、右ストレートを軽めに金髪の顎に入れた。


男の伸ばした手は俺の伸ばした右腕の肘当たりの場所までしか伸びていなかった。これがリーチの差、

バカは喧嘩も出来ない。


顎に拳を当てられた金髪は軽い脳震盪を起こしたようでよろよろと倒れこんだ。まずは一人。

俺は奥で固まっている赤髪と茶髪に右手を向け、かかって来いと挑発を決めた。


その挑発を受けて茶髪と赤髪が


「クソォ!!」


と言いながら、同時に殴り掛かってきた。


俺はまず茶髪の右腕を両手で取り、腰を入れて背負い投げをかました。茶髪は背中を地面に強く打ち付けた。


背負い投げをするという事は、必然、赤髪には背を向けることになる。


背中に何かがぶつかった感覚があったが、それはあまりにもひ弱だった。凶器を持っている相手ならもっと注意を払うのだが、これくらいのチンピラならこんな大味な事をしても問題ない。


俺は赤髪の方に向き直り赤髪のみぞおちに右ストレートを入れた。赤髪は腹を抑えると呻きながら膝をついた。


「なんだよ、、、もう終わりか?」


俺は地面に伏している三人を見下ろしながら言った。三人は捨て台詞を吐く余裕もないようでうずくまっている。


これで俺は今日も気持ちよく眠れる。

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