貯金残高ゼロになると死ぬ勇者

ちびまるフォイ

いいものほど金がかかる

「テンプレにしたがい、あなたにチート能力を授けましょう」


「本当ですか! ありがとうございます!」


「ええ、どんなことでも思いのまま。

 その気になれば世界を滅ぼすこともできる能力です」


「あと、もう1ついいですか?

 最高の装備を整えたいんですけど。ケガいやですし」


「いいでしょう。最高の装備を与えます」


「もう1つ。旅には女を何人もはべらせたいです」


「かまいませんよ。薄着の愛人を用意しましょう」


かくして、俺は異世界ファンタジーな世界に転生をすませた。

ステータスはいきなりふりきり、女は手元に、チート能力ありありの状態。


「ははは! これはいい旅になりそうだ!」


いい気分になっていると頭の中で声が響いた。


"この声が聞こえますか……。言い忘れていたことがあります……。

 あなたの貯金残高がゼロになった瞬間、あなたは死にます"


「はぁ!?」


転生前の通帳が手元に落ちてきた。


・チート能力 …50万円

・最高級装備 …30万円

・女     …80万円


残高 …100万円


「あんなにあった金が……俺の命がのこり100万!?」


しかもチート能力やらは維持費でどんどん金が減っていく。まるで毒。

あわてて近くのモンスターを倒して金を作る。


「ねぇ勇者さま、お腹減った~~」

「勇者さま休憩しましょうよ」

「ねぇ勇者さまぁ~~♥」


「うるせーー! 今それどころじゃねぇんだよーー!!」


金に余裕があれば愛おしい女からの求愛も、この状況じゃ「金つかえ」にしか聞こえない。

あっという間に近くのゴブリンを倒しきるも……



モンスターのむれをやっつけた!

30G 手に入れた!



「少ねぇぇぇぇ!! これじゃ逆に損してるよ!!」


武器も防具も使うたびに金が減っていく。

金を稼ぐつもりが、金を失っているじゃないか。


「まずいまずい……このままじゃただ死んでしまう!」


真っ先に女を町に返して命の金を保つ。

俺ひとりならまだしも女の食費や生活費を考えると命の金がふっとぶ。


「一気に金をかせぐ方法は……そ、そうだ!!」


幸いにもこの世界には大陸を牛耳るボスモンスターが存在する。

奴等なら人間から相当の金を巻き上げているに違いない。

そいつらを倒せば感謝のしるしとして賞金ももらえるはず。


「ようし! ボスを倒して命をつなぎとめよう!!」


持ち前のチート能力を使ってボスの前にワープする。なんでもありだ。


「ほう、貴様が勇者か。なにゆえおろかな人間を救う?

 この世界は人間どもにより汚されて――」


「ごちゃごちゃうるせぇぇぇ!!

 こっちは1秒ごとにチート能力のせいで残高減ってるんだよぉぉ!!」



ボスをやっつけた

10000G てにいれた!



「えっ……これだけ……?」


ボスをやっつけて世界を平和にしたのに、お金はちょっぴり。

よく考えれば、人間の通貨をモンスターがため込む必要もない。


「ま、まぁ……町に戻ればきっと感謝されて賞金がもらえるさ……」


平和になった町に戻ると、天地をひっくり返すようなパレード。


「ありがとうございます勇者様! 世界を平和にしてくれて!」


「いえいえ、勇者ですから」


「これはほんのお気持ちです!」


「いやぁ、受け取れませんよぉ~~」


などと社交辞令を交えつつ受け取ると、中身は食べ物。


「平和になったおかげで採れたうちの果物ですじゃ」


「……あーー……ほかには?」


「勇者さま、私の娘をあげましょう!」


「いらない!!」


「勇者さま、世界旅行をプレゼントしましょう」


「いらない!!」


「勇者さま、感謝のしるしに永久温泉のタダ券を……」


「いらないよぉぉぉ!!!!」


世界を平和にしても俺の状況はまったく変わらなかった。

息をするたびに減っていく残高に焦りを感じる。


最高級の武器や防具を売っても残高がちょっと回復しただけで減り続ける。


「くそ……平和になってからじゃ高く売れない!

 もっと世界が危険なときに売るんだった!!」


平和になったのでモンスターもいない。

もう売れるものもない。


手元にあるのはなんでもできるチート能力だけ。


残高はみるみる減っていく。


「ああ……命の火が消える……」


通帳の残高は今まさに0へのカウントダウンをはじめていた。


 ・

 ・

 ・


一方、女神は優雅な午後のひとときを楽しんでいた。


「いやぁ愉快愉快。いまごろ勇者はどうしているかしら」


「死んでいるんじゃないの?」


「そうね。だいたいこっちの手違いだとしても

 人間ごときにこっちが優遇してあげる道理なんてないわ」


「お姉さまったら、性格が悪いわぁ」


「一度甘い汁をすすったあとに味わう絶望こそが最高のエンターテイメントよ」


「それで勇者のチート能力やら装備やら女やらの無理な注文にも答えたのね」


「チート能力ごときで自分の命がどうにもできないことに絶望してるでしょう!」


女神は勇者の様子をみると、トイレから出てきたようなすっきりした表情をしていた。

数秒前までの死にぞこないのカエルみたいな顔はどこへやら。


「どういうことかしら? あれほどおびえていたのに……」


「大変よ! お姉さま!!」






「勇者のやつ、チート能力でお姉さまの口座と自分の口座を入れ替えたわ!!」



女神は自分の貯金残高を見て一気に老け込んだ。



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