蛾は蝶のように、月を求めて闇を舞う
すけ。
第1話序章
小学校低学年の頃、僕は例に漏れずヒーローに憧れていた。誰からも慕われ、誰かがピンチになると颯爽と現れて悪者達を倒す。見返りも求めずに立ち去るその背中を、小さい僕はかっこいいと思っていた。
ごめん、と僕は昔の僕に一言謝った。今の僕は、君の憧れている様にはなれなかったと。今の僕は、悪を倒す英雄でも、誰にでも慕われるようなそんな眩しい存在じゃない。むしろ僕は……そう、忌み嫌われる怪人、魔物の類なんだ。
夜の街を見下ろす電波塔の上。点滅する航空障害灯に照らされた僕は、一体どんな顔をしているのだろうか? きっといつもみたいに幸の薄そうな顔をしているに違いない。
ふと目線を上にあげ、星空を目に焼き付けてからもう一度夜景に目を移す。星を見るのは好きだ。だが、こうしてみると夜景も星空と同じ位美しくきらめいている。そうなると、昔見ていた星空に飛び込むという夢が、今から叶うのかもしれない。
ふっ、と少し口元を和らげる。一つの夢をかなえられなかった代わりに、もう一つの夢は叶える。これで、昔の僕は許してくれるだろうか? いや、もうそんなことどうだっていい。今はただ、この時を忘れないように瞬き一つせず記憶に残そうじゃないか。
足場の端までゆったりと歩く。なんとなく両手を肩の高さまで広げ、夜風を身体中に受け止めた。
「はぁ……!」
涼んだ空気を一杯に吸い込み、期待に胸を膨らませて。
体を前へと預けると、僕は眼下に広がる星空へ飛び込んだ。
*____*
「なあ、聞いたか? 昨日二丁目に吸血鬼が出たんだってよ、お前ん家結構近いだろ? 気をつけとけよ」
「吸血鬼だって? わかった、今日はにんにくを追加で頼んでおくよ」
「あ、それ良いな。すんませーん! ラーメン二つ、にんにく大盛りで。あ、一つチャーシュー追加で!」
券売機で買った食券を店員に渡しながら、友人が周りのことも気にせずデカい声で注文をする。
僕達二人は、学校終わりにこうしてよくラーメン屋に来る。一週間に一回は必ず行くと言っても過言ではない。学校の近くにあるラーメン屋は、全て制覇したと胸を張れる。中でも、ここ風月はこってりとしたスープが売りで、僕たちのお気に入りの店だ。
「お前なぁ、他にもお客さんがいるんだからもう少し声を下げろ。迷惑だろ」
「あっはっはっは! 別にいいじゃんかよそれくらい。何事も元気が一番だぜ?」
こいつは三島哲也。小学校からの腐れ縁で、僕の唯一の親友と言っても過言ではない。静かな僕とは正反対で明るく活発、運動神経もいい。女子にも人気は高そうだし、本人は否定しているが彼女くらいいるんじゃないだろうか。
「まあ元気なのはいいことだけどさ、僕はもうちょっと周りに気を使おうって言うことをね……」
「イツキ、お前は少し周りに気を使いすぎなんだよ。もうちょっと自由に生きようぜ? いいぞ? 自由」
そう言って両手を広げアピールするテツヤを、僕ははいはいとあしらった。
僕は雨宮五木。テツヤとは違い明るくもないし、内向的。運動も得意ではないし、友達も少ない。なんでこいつは、こんな僕とつるんでくれているのだろうか。
「お待たせしましたー。ラーメン二つ、にんにく大盛りね。あ、こっちチャーシュー追加ね」
「うっひょー来た来た。ほら、イツキも食えよ。早くしないと麺が伸びるぜ?」
「……うんっ!」
いただきます。と手を合わせてから、先程までの悩みを忘れるように勢いよく麵をすする。少しむせそうになったが、むせたらテツヤにいじられるので意地で飲み込んだ。
「お、良い食べっぷり。ってーかさ、お前怪人って見たことある?」
「食事中にその話かよ。まあ、ないけどさ。さっきのだって噂だろ? 僕はあんまり信じてないね」
「まーそうだよな。吸血鬼とか狼男とか、普段人との区別なんてつかないしな。もしかしたらうちの高校にも、一人や二人居て身を潜めてるなんてな」
怪人……吸血鬼や狼男と言った、物語でよく見かける化け物だ。だが実際にもその存在が確認されていて、ニュースに上がることもある。
「縁起でもないこと言うなって。それよりほら、早くしないと麺が伸びるって言ったのはどこの誰だっけ?」
「ん、そうだな。さーて冷める前に食べないと……んー! うんめー!」
怪人なんてそんなの、いるわけないじゃないか。そう思いながら僕らは、スープも残さず食べ尽くした。
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