「秋」 お祭りごと『取り替え子』と隠し事
「秋」 1 ミフユ、クラスメイトの意見をなぎ払う
ミフユ
10月のある土曜日の夜。この日は妹は父に連れられて映画を見に行っていた。
たまには同世代の子が見る作品も見せておかないと(つまりあの子がいうお子ちゃま向けアニメ映画って事)という父の配慮だったらしい。
そのまま二人で夕食にも行ってくるというので珍しく夕食は母と二人だけだったのだけど、そこでふと文化祭について聞かれた。
私はお母さんが淹れてくれた食後のコーヒーを一口飲んで机の上に置いて溜息をついた。
「うちの高校の文化祭は11月にあるんだけど、クラスで何をやるのか決められず混沌としている。みんな好き勝手言っているけど誰がやるのそれって話ばっかりで押し付け合いになってって」
母は飲んでいたコーヒーマグを手にしたまま苦笑した。
「そういうミフユも何も関わりたくないんでしょ。そういう話だと帰宅部は真っ先に貧乏くじ引かされそうだから気持ちは分からないでもないけど」
「そうなのよ。運動部も文化部もみんな帰宅部の子たちがバイトとか抱えていて時間に余裕がないって分かってくれなさそうだし」
「あんたはまだやりくり付けられるでしょ。必要があれば私もお父さんもフォローはするわよ」
「それはそうなんだけど。どうにも部活動の連中の態度が気にくわないのよね」
「そう思っているなら人に操られる側ではなく、率先して先頭に立って動かす側に回った方がいいんじゃない。別の苦労はするだろうけど変なストレスにはならないわ」
「なるほどね。経験値の差って奴?お母さん」
「学校関係は私の方が遙かに長いからね。いろいろと見てるわよ。そりゃ」
母は大学の研究者で学生達に教えていた。大学も高校もこういうのはそう変わらないのだろう。
「じゃあ、その方向でいくかも知れないから、その時は家事で迷惑掛けるかも」
「いいって言ってるでしょ、そこは気にせずやりなさい」
「ありがと、お母さん」
そういうと私は残っていたコーヒーを飲んだ。
翌日の学校。終礼で担任の伝達事項が終わり次第、臨時ホームルームの時間になった。
議題は例によって文化祭で何をやるのか。学級委員長の日向くんもいい加減みんななんとか意見出せよとかなりいらついていた。
「吹奏楽部だから、私、練習予定があるので準備に手間が掛かると困るわ」
「俺だって軽音部だからそういう理由を言うなら同じだよ」
「サッカー部は練習し合いの予定とかあるんだから配慮して欲しい」
「それいうなら野球部もそうだよ」
委員長が怒った。
「おまえら好き勝手言うなよ。だいたい部活組がみんな参加に限度があるから勘弁してくれって言っているようにしか聞こえないが、じゃあ、誰がやるんだよ。部活組も分担はしてもらうし、それは守れ。その事を踏まえて何をやるか決めよう」
そして委員長はいきなり私に話を振ってきた。
「古城、何をやるべきか意見はないか?」
これまで帰宅部の意見が出ていない。
その利益代表役を私に求めてきたなという事は読めた。
仕方ない。受けて立つか。ほっておけば喫茶店とかお化け屋敷とか準備とかで帰宅部や文化部組でも弱い立場の子が負担を背負わされる不幸な結果になりかねない。
ここらで積極攻勢に転じるしかなさそうだ。
何かやるなら、なるべく当日だけ全員で公平に分担して実施できるものがいい。
昨日から考えてきた事を提案した。
「バザーなんてどう?一人一品以上不要品を持ってきて寄付してもらう。そしてそれらを売って日本赤十字に寄付する。いらないものが処分できて社会貢献できるという一石二鳥。精算も簡単だよ」
文化祭で利益が出たら処分が面倒。学校側も下手にそうならないように厳しく条件を付けていた。これなら透明性のあるシンプルな経理で済むので簡単。
「俺は喫茶店がいいなあ。女子にウェートレスやってもらってさ」
という状況を読めない鈍い男子からの声が聞こえた。サッカー部の島岡くんだった。
「あのねえ。女子だからウェートレスって頭古いよ。男子が女装メイドでもいいと思うけどやる気ある?女子だけっていう選択肢はないよ」
「古城さんの言う通りよ」
バレーボール部の秋山さんが加勢してきた。尻馬に乗ってくれてありがとう。こういう男子にはきっちり反論しておく。ふざけんなって感じはあるし、それは部活、帰宅部の垣根を越えた女子の総意でもある。
「いや、そこまでは。撤回します。ごめんなさい」
と島岡くん。しばらく女子からの厳しい視線は避けられないだろうね。まったく。
「喫茶店は準備も片付けも経理も大変。このクラスは運動部、文化部の人も多いし、帰宅部はみんなバイトとか家の手伝いとかやってるから別に暇でもなんでもないんだよ。そういう意味で誰かが重い負担をするという時点で撃ちのクラスは企画成立しないから。その点踏まえてくれたら何でもいい」
こう言ったら野球部の加古くん、1年生エースが建前を言い出した。
「それでもなあ、みんなで少しずつ譲歩してやるから意味があるんじゃないの?」
これは如何にも体育部らしい熱い意見だよねえ。その譲歩がみんな公平になる保証はあるのかな。
じゃあ、逆に負担が増大したらどうなるか考えてみようか。
「みんな嫌々やったって面白くないじゃない。でも、そこまでみんなで何かに挑戦したいっていうなら、音楽コンクールに合唱でエントリーする?」
練習しなかったらとんでもなく恥をかく事になる。
音楽コンクールのクラス合唱は全員参加が基本。このクラスは運動部も文化部もレギュラー入りして活躍している子は多い。この部門でエントリーを仕掛けてくるのは音楽教諭が担任をしている学級が多い。そしてそういう学級は担任の先生の圧力で気合いを入れてやらされる。このクラスの担任は数学教諭だったので音楽コンクールという選択肢は考えられてなかった。
なお練習せずコンクール本番に臨もうものなら音楽教諭たちの怒りを買いかねない。具体的にはクラス全員の音楽の評点が悲惨な事になるだろう。こういう事が背景にあって運動部も文化部も共々決してこの道を取りたくないという事では意見が一致していた。そしてそれは帰宅部でも同様だった。
日向くんは案を全部容赦なくなぎ払いやがってと思ってそうな少し困惑した表情をしていた。仕方ないじゃない、馬鹿げた案を全て一掃したんだから、そろそろ決着をさせて欲しいんだけどねと思いながらにらみ返すと日向くんは目をそらせた。
「古城のバザー案でいいんじゃないか。賛成の人は手を挙げて欲しい」
こうして私が他の案を叩きつぶしたせいで全員一致でバザー案が通過した。
「企画委員が最低二人必要なんだけど」
と委員長が切り出した。
「俺は学級委員だから入るけど、あと一人選ぶ必要がある」
ええーというざわめきが広がった。
「志願者がいれば募りたい。もしいないようなら、うちのクラスは運動部、文化部、帰宅部でちょうど三分の一ずつだから各部で一人ずつ出して欲しい。その三人でジャンケンかクジで決めるのでもいいけど」
「あ、私が立候補するよ。他に希望者いたら降りるけどさ」
これだけ思い通りに引っぱり回しておそらく委員長の思ってい穏当な落としどころを吹っ飛ばしているので放置も出来なかったので手を挙げておいた。
当然ながら他のクラスメイトからはホッとした溜息が聞こえてきた。
「じゃあ、他に立候補者もいなさそうだから古城さんで」
委員長が少し意外そうな表情で私の当確を告げた。
三重陽子
私は1年A組の学級委員長と一緒に学校を出た。途中、公園に寄ろうよと言って長椅子に座った。夕陽がまぶしい。
彼、日向肇とは生徒自治会からの急な召集で開催された学級委員長の会議の時に知り合った。
会議の内容が単なる顔合わせだと分かり「今朝の連絡で急にやるような事か」と私が怒った時にたまたま席が隣り合わせだった彼が加勢してくれた。
そしてその意味のない会議が終わった後で美味しいパフェの店があるのだけどと誘ってくれて、さらに会議で口火を切った事へのお礼だと言って奢ってくれたのだった。それがきっかけでよく会うようになった。
それにしても彼が愚痴るとは珍しい。
珍しいものを見られて面白いけどと思いながら彼の話を聞いていた。
「……ホームルーム、文化祭の出し物でうっかり古城を巻き込んだせいで大惨事になった」
「ふーん。でも巻き込んだのは肇くんなんでしょ?」
「そうだけどさ」
「じゃあ、文句言うな」
そういうと私は人差し指で日向くんのおでこをパチンと弾いた。話題の人物とは別の選択授業で一緒になっていて仲良くしていた。彼もそれはよく知っている。
「痛いって。まあ、話を聞いてくれよ。文句じゃないのは分かるから。うちのクラスは音楽教諭から怒られない程度に練習する前提で合唱で話をまとめようと画策していた」
「策士だね。肇くん」
「この程度はやるさ。俺だって楽はしたいし。これならどの陣営も文句は言えまい。そういう計算だった。音楽教諭については非常勤講師の人を巻き込める見通しも立っていたしね」
「へえ。そういう仕込みまでやってたんだ」
「そう。それが古城の焦土戦術で吹き飛ばされた。あいつ、合唱でみんなでやったら大変だよっていう状況を呈示して俺が案を出す前に潰された。計算外」
「肇くんの古城さんの話って面白いね。本人と話をしていても面白い子だけど、肇くんから聞くともっと面白いわ」
「そうか?クラスで一緒だと面倒だぞ。あいつは普段からクラスに溶け込んでいないけど、嫌われている訳でもないし、牙を隠していて案外みんな気付いてないから」
「そうかもね」
でも、あの子は普段は余計な事に興味持ってないだけだと思うけどな。
「ごく稀に何かが引っかかって意思を持って介入してくる時があるけど論理づくだからみんな敵に回すけど、納得はしてしまう。今回の件も結果的にはこの方が前日と開催日当日以外の負担は低くなるだろうさ。この方がいいからなあ。全く。普段からやる気出してくれるならいつでも委員長の役は譲っているのに」
「もしそんな事していたら学級委員長の会議で君の事を知るなんてなかったんじゃないかな。あの子の委員長ぶりを見るのはそれはそれで面白そうだからそれでも良かったかも」
「あ、陽子ちゃん。そういう展開は嫌だから、なし。あいつに委員長なんかやらせない」
「でしょ」
私は笑いながら立ち上がると言った。
「さ、肇くん。帰りましょ。私のクラスなんてその面倒くさい事やる事になったから、しばらく一緒に帰れそうにないし。あ、カフェにでも寄っていきたいなあ。話聞いてあげたんだからさ、チョコレート・パフェ、奢ってよね」
「ええっ」
そう言い合いながら夕陽の中を私達は歩いて行った。
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