連作短篇集)高校生の姉と小学1年生の妹と
早藤 祐
「春」 姉の隠し事と妹の灰色の脳
「春」 1 姉の隠し事
ミフユ
4月、桜の花が咲き誇る春の日、それはミアキの小学校の入学式の日だった。着飾ったミアキの晴れの日を両親と姉の私が祝おうと小学校へ向かっていた。
駆けていくミアキ。微笑みながらついていく両親と私。入学式では元気よく返事しつつ大人しくはしてくれていたけど、クラス分けされた後つまり小学校での最初の一日を終えた時には、いち早く男の子連中をまとめてというか従えての方がしっくりくるわ、要するにガキ大将になりおせていた。そんな時間どこにあった?こちらは目を白黒させる羽目になった。あの子にそんな素質があったのねと驚かされた。
ミアキ
教室に入るとすぐ男の子達と仲良くなった。というか声を掛けて回った。なんか女の子達のノリが合わないなあって思っちゃったから。じゃあ、こっちから男の子連中と友達になっちゃえって思ってプリントを回す時とか積極的に声を掛けていたら、恥ずかしがり屋の子が多くて私が先頭に立っている感じになっていた。みんな、「ミアキちゃんどうする?」だったから「じゃあ、こうしようよ」って言ったらいつも何人かはついて来るようになっちゃった。
お姉ちゃんに話をしたら「友達っていうより手下?ミアキってガキ大将だよねえ」と言われちゃった。
それにしても小学校ってあんな楽しいところだったとは。(お姉ちゃん曰く「ミアキにとって、パラダイスって事なんだね」と言われた)勉強は簡単だし、わからなきゃお父さんやお母さん、お姉ちゃんに聞けば分かったし。
唯一不満があるとすれば私が家でよく見ている衛星放送の海外ドラマや映画をこいつらはちっとも見てない事だ。
この間やっていたドラマでは美人の妹(そう、「美人の」が大事!)が俳優になるため義理の姉や義理の母の妨害を苦とせずバイトでお金を貯めて夢に突き進んでいてワクワクした。思わずお姉ちゃんに重ねて考えてしまった。もしそうだったら応援するのに、なんて事を思いながら見ていた。
よくわかんない時もあるけど、あんなに面白いのに。小学1年生のお子ちゃま達はこれだから困る。
4月のある週末の夕方、近くの公園で遊んでいたらお姉ちゃんが夕食だからと呼びにやって来た。
「お姉ちゃんが来たから帰るね。もう陽が暮れるし」
「ん。じゃ、アキちゃん、また学校でね!」
と男の子5人は家へと帰っていった。その中の3人は自転車に乗っていた。
自転車。乗り方が分からないから別に欲しいとは思わないけど、駆けっこでは勝てないのがなんか嫌だなと思いながら見ていた。
ミフユ
夕暮れの家への帰り道、あるお店の前を通った。暗くなった外から見るとまばゆい店内。ミアキぐらい女の子が両親に何かねだっていて、ミアキがそれを見ていた。私はミアキが珍しく何かに興味を持った目線で見ていたのを見逃さなかった。
そうなんだ。ふーん。
5月末。ミアキの誕生日の1ヶ月前に私はある思いつきを両親に相談して賛同と協力を確約して貰った。それは私の社会体験にもなるからいいと思ってくれたようだった。こうして少しだけ家事の量を減らしてアルバイトに行く事にした。まさか、あの子がそこで入らぬ勘ぐりをしてくるというのは想定外だったけど。
ミアキ
6月に入って急にお姉ちゃんの様子がおかしくなった。両親が共働きだったので平日の夕方の家の事はお姉ちゃんがだいたいはやっていた。それもこれも私のお手伝いもあっての事なのだ。
お姉ちゃんは学校が終わって家に帰って来るとすぐ私を連れて夕食の買い物に行く。そして二人で料理を作る(私も手伝っている)。
両親が帰ってきたら一緒に食べる。そして両親かお姉ちゃんが私と一緒にお風呂に入るという生活サイクルが出来ていた。
これが私の幸せな日々のはずだった。それがお姉ちゃんの様子がおかしくなって大きく崩れた。小学1年生の妹としてはお姉ちゃんが心配だったし、私の毎日が棒崩しの棒のように周りが削り取られているような感じがして不安だった。
朝、二人で家を出て学校に行く途中で、お姉ちゃんに思い切って聞いてみた。こんなにもしっかりしている小学校にも入った妹に相談すべきじゃないのかって。
「お姉ちゃん、何かあったの?」
眠たげなお姉ちゃんは生あくびをかみ殺した。
「ん?ああ、夜遅いから心配してくれてるの?」
……大事だと思っている事を伝えようとしてうん、うんと二度も頷いてしまった。
「ちょっとした気分転換よ。お父さんもお母さんも全然私の事叱ったりしてないでしょ。小学1年生が気にしなくて良いんだから」
そういってお姉ちゃんは密やかにおきている何かを隠そうとした。
学校で何かあったんじゃないだろうか。私なんかもう毎日楽しくやってるのに。まさかよくテレビとかで言ってる「いじめ」にでもあってるの?聞いてみる前よりもなお心配になってしまった。
翌日、お姉ちゃんが変わった理由を知りたいという気持ちが止められなくなって学校が終わると手下達じゃなかった学校のお友達(またはお子ちゃま達)と別れて、お姉ちゃんの高校に向かった。
「日々の縁起担ぎ」という小学1年生の私には良く分かんない話をテレビがやっていた時、お姉ちゃんはポロリと登下校ではもっぱら正門を使っている、変えるのは確かになんか嫌だとお母さん相手に話したのを聞いている。なので私は正門がよく見える左手の電柱の影、家に近い方を選んで隠れた。
お姉ちゃんは学校の友達らしい同じ服を着た女の子と正門を出てくるとあっさり手を振って別れた。何か一緒に行こうよと言われてたみたいだけど。
「ごめんね」
「あ、今日もなんだ」
頷くお姉ちゃん。
「じゃあ、また明日ね」
と言って手を振って別れた。
そして、なんと、なんと、こちらの方へ歩いてきた。これはまずい。狭い脇道に飛び込むとすぐ目についた家の影に隠れてしばらくお姉ちゃんが気付いてませんようにと祈った。こうしてお姉ちゃんに見つかる事は避けられたものの、通りに戻った時には肝心のお姉ちゃんの方を逃してしまった。
テレビでこういうのどう言っていたっけ。
「じんせいばんじさいおうがうま」
何の事かまだ意味分かんないや。仕方ないのでこの日は諦めて家に帰った。小学1年生は悩まないのだ。
家に帰るとほどなくお母さんも帰ってきた。お姉ちゃんが仕込んでいた食材で夕食を二人で作った。今日は野菜カレーだ。
お皿とかスプーンとかを私専用の踏み台を置いて食器棚から出す。
お母さんからは、
「ミアキ、お手伝い、頑張ってるね。ミフユが上手く教えてくれてるの?」
「うん。私が出来る事が増えるとすごく喜んでくれてる。なんか私にもっと食わせて背が伸びたらもっと手伝わせる事が出来るからいい料理を私にたくさん食べさせるのはとっても大事な事だって言ってた」
そういうとお母さんは大笑い。
「要するにお姉ちゃんはミアキが好きって遠回しに言っている訳ね」
「うん」
お母さんは最後にいくつか調味料やそうではない何かを鍋に付け加えていた。
「あまり辛くしないようにっと。……ミフユのカレー、ちょっとコクが足りないから。これで完成ね」
お姉ちゃんのカレーも美味しいけど、お母さんが手を加えた事でさらに一段と美味しくなっていた。
お母さんと夕食後、一緒にお姉ちゃんが帰ってくる待っていると21時前に帰って来た。
「疲れたー」
と玄関で開口一番に言った。すかさずお母さんは
「あんたがやるって決めた事でしょ」
と言ってお姉ちゃんをたしなめた。
「先に夕食食べさせて。お腹空き過ぎちゃった。お腹がくっつきそう」
というお姉ちゃん。制服も着替えないとはお姉ちゃんらしくない!
お母さんはお姉ちゃんのお皿に野菜カレーをよそいながら、
「昔、私があんたに言った冗談をミアキに言ってるんだ」
「だって、あれは私、あの頃に少し真剣に悩んだんだよ。結局、お父さんがお母さんがお前を愛しているということを遠回りな言い方してるだけだからって言ってくれてから納得したし、それは今や私の考えですらある」
「人への気持ちの伝え方の表現なんて人それぞれだからさ、好きにしたらいいけどね。あなたはあなたの言い方も考えて行きなさいね」
頷きながらガツガツ食べるお姉ちゃん。
「ところでお母さん。これ、何か手を加えたでしょ。私の味じゃない。何、これ。美味しい」
「んー。それは内緒。家にあるものしか使ってないからね。まずは自分の舌で頑張ってみなさい」
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