夏の思想

小説初心者

第1話夏の思想


蝉の声は、夏の夕空を揺らしている。

幾らか、音は、死に際の風情を放つている。

未だ空に居座り続ける入道雲も、仄かに溶け始めている、

もうじき夏も明けるのだろう、私は風情に一握の寂しさを覚えた。

私は溶けゆく入道雲に合わせて、夏を回帰し始めた。


16となったばかりの私の夏は些か、面倒であった。

山のように出された課題と、休暇を蝕む部活動は夏の生きにくさを際立たせた。

私は、部活へはいつも自転車で向かった。

片道30分の田脇の遠征であった。

夏の田んぼ道には、外敵が多かった。

私にとって、異常に群がる羽虫が敵兵であって、

カラスに打ち捨てられたタニシの飛沫は地雷であった。

私は、敵を愛さなかった、が、別段攻撃をしようと思わなかった。

私は、田脇の戦場に、必ず死を感じた。

羽虫は私に向かって必ず飛翔した、タニシは割られて、泥にまみれた身体はすっかり白らんでいる。

その、どちらも大変に死に近かった、羽虫は当てれば砕け、タニシは端から砕けている。

私は、そこで幾度となく生命を砕いた。

無辜の内に砕いた、兎角にも夏の生命は砕けやすかった。

私は、幾度となく夏の死骸を浴びた。

そしてそれは、白い夏服の上に極小の黒を残した。

私は制服の上にこの黒色を認めると、必ず悲しくなった。

私は、その黒い生命の鱗粉を幾度となく摩った。

私は白い制服の上に落とされた罪を拭おうとした。

罪はなかなかに落ちづらかった、

最早、私は落ないことを知りながらもそうせずにはいられなかった。

その、かつて生命であった黒い鱗粉は、私を罪の意識へと駆り立てた。

そして、この黒い鱗粉は、やがて私の思想となった。

「無辜の殺害ほどの罪悪はない。」

私は夏の内に幾度となく、至上の罪悪を味わった。

夏は私に罪を教えた、何よりも優秀な教師であった。

彼は、生命を以て私に伝えたのである。

「この世の中に、殺して、いや傷つけて罪悪を覚えない生命は無い。」

と。


そして、今日日、16の私と今日の私は、夏の思想で繋がっているのであった。





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