泥沼の撤退戦

 戦乱の中心。戦いは苛烈を極めていた。


「負傷を避けろ。多数の利を生かせ」

「……無茶言うよっ!」


 無言の剣士は淡々と針金武者を抑え込んでいる。どれも決定打には遠いが、反撃らしい反撃を許さない。堅実に、黙々と敵を抑え込む。


「温ぃ炎だぁ」


 最前線では焔が酷使されていた。ハートの万全のサポートを受けながら、それでも全身が悲鳴を上げていた。同じ炎属性でも、その出力は天と地ほどの差がある。


(本当に雨で弱体化してるんだろうなぁ……!)


 槍技主体の焔は特筆するほど弱体化していない。デビル・ルートを討滅した時も、雨の不利は欠片も感じなかった。なまじ持つ力が大きいと、影響も大きいのかもしれない。


「前に出ろ、焔」


 それでもハートの現場判断に間違いは無かった。ワイヤーによる援護を彼は多発していた。

 熱伝導、そして発火性の油。熱も火炎も伝え逃す妙技。いつの間にそんな装備を整えたのか。ウォーパーツを用いずとも、確実にデビルの力を削いでいた。


「よぅ、総大将。勝てる見込みはちゃんとあるのか?」

「軽口かい? じゃあ殉職する覚悟を問おう」


 特大の火炎弾が飛来する。ハートはワイヤーを展開しない。受け止めるのではなく、回避の合図だ。莫大な熱量に肌がひりひり焼ける。


「ち――――っ」


 焼けるような舌打ち。攻めきれず、煮え切らない。思わぬ反抗だった。絶対強者たる四天王が、攻めきれないなど。


「――閣下っ!」


 そんな不毛な消耗戦は打ち切られた。タクラマカン砂漠にてその存在を確認された若いデビル。デビルコード、ドラグ。彼が引き連れたのは、五人の暗部隠密。事態の急変に、刃もデビル・キリーとの戦闘を仕切り直し、こちらに戻ってくる。


「……あぁん?」


 真っ先に異議を発したのは、助太刀に入られたはずのデビル・アグニだった。敵であるヒーローを倒し、合流した。その構図と捉えるには違和感が大きすぎる。


「一、潰してきたかぁ?」

「はい、勝利を。しかし、敵手たる緋色には借りがある身。トドメには至りませぬ」


 若き戦士たる彼の矜持には、それが当たり前のことだったのだろう。しかし、この戦場において。四天王はそれこそ当たり前の判断の下、その手を伸ばした。


「舐めてんのか?」


 その頭部を鷲掴む。


「はっ…………いえ……?」

「頭数を減らすぅ。それがどれだけ重要な意味を持つか」


 火炎。膨大な熱量が勘違い野郎に降り注いだ。そんな場合では無いはずなのだ。個人の感傷で、敵に情けをかけるなど。これは戦争なのだ。


「あぅ……が…………っ!」


 苦悶の声を上げるデビルが煙に飲まれる。眉をひそめた傑物が水溜まり目掛けて蹴飛ばすと、煙を上げる火炎が鎮火する。


「…………で?」

「包囲陣――――鳥籠」


 どこからか声がした。黒装束が一斉攻撃をかける。火炎で迎撃を図るデビルが牙を剥き出しにした。手応えが無い。

 物理耐性を誇るデビル相手にウォーパーツ抜きの決め手を放つとは考えにくい。陽動だ。見抜きつつも、後ろの足手纏いのことを考えると前に出られない。


(追――――ぅ)


 踏み込み。その力強さと美しさに英傑の目が留まった。抜き払い。威力を高めた技の粋が四天王を襲った。真っ正面から渦巻く火炎が跳ね飛ばす。


(焼き尽くせぇきれねぇかぁ)

(通じない――――っ!?)


 空間跳躍、縮地。通らないと分かったら瞬時に離脱を図る。その切り替えは見事としか言いようが無い。炎の傑物は決め手を逃す。


「いいぜぇ?」


 黒装束が殿に立ちはだかる。アグニは深追いしなかった。下がる三人のヒーロー。しかし、攻め入っているのはこちらだ。慌てて追わずとも、やがて敵はどこかで迎撃しなければいけないはずだ。決着はそこでいい。


「早く、立てぇ……」

「……大変、失礼しました」


 若き戦士が再起する。徐々に下がり始める黒装束は陽動だ。見抜く傑物は執着しない。彼らが警戒すべきはウォーパーツ担いしヒーローたち。戦況を見極め、必要な手を取捨選択する。


「進軍するぅ、付いて来い」

「御意」


 デビル・アグニ。

 デビル・キリー。

 デビル・ドラグ。

 怪物たちが静かに前に進む。







 廃墟の一画に異様な光景が広がる。


「よぅし、そのまま真っ直ぐ――バカバカ右曲がりぃ!?」


 ハイテンションで騒いでいるのは、死相浮き出る生首。首無し死体をナビゲーションするが、うまくいってないようだ。


「あんの色男っ! あたし様の首を場外よろしくホームランしやがってぇ!!」


 首を切り離されて、少女は当たり前のように毒づいていた。当たり前のように動いていた。視界が複雑でうまく動けない首から下にイライラしてくる。死体少女は大口から水色の砲弾を吐き出した。首から下が弾けた。


「……あ、ヤッチャタッタ」


 バラバラになる肉体に呆れた声を出す。その肉体はうようよ蠢き、やがて集まっていく。

 集まり、築き、再生する。死体少女、ゾンビ。デビルとは違った種類の化け物は耳障りに笑う。


「この…………あたくし様に致命傷を負わせてくれるたぁチクショウめ」


 その見てはいけない光景を、不幸にも目撃してしまった影があった。デビル・ククリ、と配下のデビル。ヒーローコード、隼を追う彼らは命運が尽く尽きる。


「人類の敵! 正義の世直しヒロインの先制攻撃!」


 デビルはさぞかし面食らっただろう。十三秒。その悪夢の時間は死体に記憶される。配下諸共死体と化した大蜘蛛に。


「やったぁぁあああ大勝利ぃぃ――第五話、完!!」


 もちろん、終わらない。







 頂機関。

 デビル・マオウの侵攻により壊滅的被害を受けた――というのはやや方便に過ぎる。周辺機関はほぼ壊滅状態にあったが、それでも深部は確かに『勇者ブレイブ』によって死守された。その機能にそれなりの支障はあるものの、決して死に体では無かった。


「え――中心部ってちゃんと機能してたの?」

「……まあな」


 ヒーローコード、緋色。

 日本皇国の軍事を裏で牛耳る頂機関。彼はその中枢を担う頂家の当主と言った。ここの現状については、誰よりも当事者だ。


「作戦遂行に際して、セキュリティーは切っている。忍者との協議の末だ」


 ヒーローコード、ハート。彼は緋色の素性を知っていたのか。

 巨大な、それも歴史書でしか見ないような高床式の藁葺き屋根の建物。緋色は躊躇無くそこに踏み入る。ディスクもそれに続いた。


「驚いたか?」

「うん。皇国の情報統制は本物だ」


 想像した答えと大分違くて緋色が首を傾げる。卓越したハッキングスキルを二課に伏せていたディスクは、猫の鳴き真似で誤魔化した。彼女の奇行に慣れていた緋色はあっさり流す。


「本当にこの中に……?」

「忍者の奴なら下がる判断をするはずだ。いくらセキュリティーを切っていても、中枢まで侵入されれば頂機関は動かざるを得ない」


 それは、つまり。


「俺も、形振り構わない状況に追い込まれる」


 緋色がヒーローとしてではなく、皇国防衛軍の重鎮として動くべき時が。ディスクは無表情のまま頷いた。だとしても。


「大丈夫。大丈夫だよ、緋色。私も一緒に行く。必要な時にそこにいること。それがヒーローに求められるから」


 そこに居なければ、何も出来ない。だから、喩え何一つ出来なかったとしても、そこに立つことだけは止めない。

 覚悟を胸に、ディスクは緋色と共に進む。

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