頂の人形

 緋色とディスク。まだ垢抜けない二人のルーキーが出くわしたのは鋭い針のように細い百戦錬磨の武者。

 緋色はタクラマカン砂漠で実際に相対している。ディスクも知識でそのデビルを知っていた。最前線にて時折姿を現わす針金武者。デビル・キリー。攻守ともに高水準の強さを誇るデビル。優先攻略対象にも指定される凶針は、ルーキーには荷が重すぎる難敵だった。


「ショート、サポートを頼む」

「緋色……私は気にせずとにかく前に出て。直線軌道に秀でた攻撃にはそれで優位に立てるはず」


 合点承知。緋色が地を蹴った。衝撃が腹部を叩いてディスク諸共地を転がる。


(面の攻撃、しかも死角から……!)


 読まれていた。だから不意の速攻をかけた。折り重なった。二人して体勢が崩れる。針金武者がその切っ先を分化した。脅威の刺殺が降り注ぐ。



「蹴撃……っ!!」



 その横を、同じく面の攻撃が凪払う。緋色とディスクが体勢を整え、乱入者がその横に立つ。


「ゴンス……助かる」

「どこもギリギリ、ちゃんと生き残るッスよ」


 きゅるきゅる丸まる針金が弾けた。緋色が隼の襟をひっ掴み、地に伏せる。すぐ上を突きが。


「見えたか……っ!?」

「合点――分析アナライズ


 ディスクがさらに下がる。攻撃範囲の分析。ディスクはとにかく凶刃の届く外へ。彼女の観察眼ならば攻撃は見える。系統立て、対策を練るために。


(この一時でこの連携ッスか……!)


 チグハグだった初期の頃が懐かしい。そんな思い出を遺影にしないために。隼の脚力がうねりを上げた。回避。


「見えるか、ゴンス?」

「無理ッス……でも」


 それは緋色の読みと同じ。だ。

 先を予測したり、奇をてらったり。そんな思惑が感じられない。今目の前の場所にいる敵に最も有効な一撃を叩き込む。それに特化したデビル。


(見た目に騙されるな……敵は正攻法を武器にする)

「――今!」


 隼が『韋駄天』で跳んだ。二股に分かれた瞬速の突き。その一撃から辛くも逃れる。


(タイミングさえ掴めれば、避けるのは簡単だ)


 その場からとにかく離れればいい。そのタイミングがシビアだとしても、ディスクのオペレーターがそれをサポートする。


「緋色、攻め手は?」

「ねぇ!!」


 隼が跳んだ。これまでの立ち会いで、緋色は直感的に理解した。技量、というか戦闘力が今までのデビルとは頭一つ抜けている。単純に強い。隙が無い。


(このまま手を重ねさせるのはマズい)


 もし、一発でも先を穿った、動きを読んだ攻撃が来たのならば。この拮抗と辛うじて呼べるかもしれない状況は一気に傾く。緋色たちの手が崩壊する。


「攻めなきゃヤバい」

「動くッス、よ――――っ?」


 人型に形を整えた針金武者が目前にいた。その姿は、どこか刃に似ていた。斬撃を、より効率的に放つために。それを追及したが故の変形か。

 その斬撃は、空間を割った。

 確かに、これほどまでの一撃ならば多少の回避行動は意味をなさない。かわしても、圧倒的な風圧が二人をねじ伏せた。


「ぁ、ダメ――――……っ」


 ネブラを展開する間も無い。面での制圧。機動力に乏しいディスクには防ぐ手に欠ける。全身に強打を受け、ディスクが意識を失った。

 全滅。そんな現実もあっただろう。ここが、頂機関で無ければ。それを戦略に組み込んだ誰かが居なければ。


――緋色が、静かに立ち上がった。







 デビル・キリー。無言の戦士はその風格を感じ取ったか。擬態を解いて様子を窺う。

 国防を、旧日本陸軍の首魁として暗躍していた頂機関。それを率いる頂の一族。当主が静かに構えた。


「やってぇるなぁ」


 蜃気楼のように揺らぐ声。炎の傑物が戦場に辿り着いていた。


「………………」


 当主、緋色は無言で立ちはだかった。かの少年のような闘志は、その瞳からは感じられない。

 その傍らに、二人の従者が降り立った。片や仮面と黒装束の忍び頭。片や異様な殺気を放つ鬼面武者。両者とも、頂機関の中枢を守る国防の要だった。


「ほ――ぅ」


 針金武者が前に出る。四天王は軽めの溜め息を吐いてその申し出を受けた。鬼面武者の居合い抜きを針金武者が防ぐ。


「いやぁ、楽しんでけよぉう?」


 鬼面武者と針金武者が切り結ぶ。四天王は火炎を雑に投げ放つ。不可視の斬撃がそれを切り裂き、当主自ら前に出て拳を放つ。


「磨かれたぁ」


 当主の連撃は傑物に及んでいた。打ち合い、組み合い。打撃の応酬の中で仮面の黒装束が鉈を振り下ろす。


「――――っ!?」


 警戒してない訳では決して無かった。隙とすら呼べない刹那を絶妙なサポートが切り崩したのだ。


「いるじゃあねぇかぁ……人類戦士以外にもぉ骨がある奴がぁああ!!」


 圧倒的な熱気。最早火炎の絨毯爆撃。当主と仮面を焼き払い、それでも当たり前のように反撃を繰り出す防人たちに血が沸き立つ。

 それでも自分が有利だ。正しく分析し、しかしそれが覆されるのを嬉しく思う。


「――ヒーローギア」







 まるで人形のような動き。それでも洗練された武人の動き。当主と仮面の攻撃を、それでも炎の傑物は確かに受けきっていた。


「ギア、ゲイン」


 無機質な言葉に、『ヒーローギア』の出力が一段上がる。制御が雑になる一方、仮面の援護がそれを補う。アグニはちらりと後ろを見た。

 あの鬼面武者はデビル・キリーと互角に斬り合っていた。仮に三対一となった場合。勝てるとは言い切れない戦力だった。


「だからと言って――――――」


 炎の四天王。その地位は伊達じゃない。上り詰めた熱量がヒーローを襲う。その炎獄を抜けたのは、歯車を纏うヒーロー。その不屈さに、傑物はある人類を思い出す。


勇者ブレイブ……っ!!)


 一度だけ、戦場で拳を交えた。いくら追い詰めようとも、その不屈だけは折れなかった。そんな不撓不屈の男が思い浮かんだ。

 願わくば。この少年が、自らの闘志で傑物に至らんことを。胸のマグマがかっかと騒ぐ。若きデビルが感化されるのも分からなくは無い。


(それでも足りんぅ!)


 圧倒的な火炎、絶対的な熱量。炎の傑物は屹立する。火炎の号砲が国防の要に降り注いだ。







 若いデビルは、ただただその光景を見ていた。自分など、足手纏いに過ぎない。そんな認識が胸に満ちていく。

 デビル・ドラグはその場を一歩も動けなかった。自らの未熟を痛感する。


(アレが本当に――――緋色?)


 さっきまで戦っていた好敵手なのか。サポートこそあるが、四天王相手に互角の戦いを繰り広げている。歪つな光景と感じながらも、現実は彼の好きに解釈される。


(やはり、先程の緋色は万全では無かった)


 その感覚は決して間違いでは無かったが、正解とは言えないだろう。緋色本人の真の実力とは、少し離れている。


(緋色――貴様とは互いに万全たる状況にて決着を)


 トカゲ顔の戦士は知らない。その願いの果てがどんな結末に至るかを。







 ヒーローコード、ディスクは気付いていた。四天王に匹敵しうる戦闘能力。それはもちろん今の緋色には無いものであり、かなりの無茶をしなければいけない。意識を取り戻したばかりの朦朧とした頭でも理解出来ることがある。

 目の前の戦いは無茶どころではなく、無茶苦茶だった。


(緋色――どうした、の……?)


 違う。明らかに違う。いつもの彼では無い。誰かに繰られた人形のように死線を突き進む。

 火炎を浴び、全身を焼かれながらも躊躇わず前に進む。流石の四天王も不意をつかれた。仮面の黒装束と傷だらけの緋色が連撃を叩き込む。


「…………だめ」


 緋色が死んじゃう。

 戦略も、戦術も、どころか無謀すらも無かった。命を削るのでは無い。命を感じさせない人形。

 その目に意志は無かった。あるのは明治以来国防を担ってきた歴史の重み。人形の拳は圧倒的に重い。

 それでも。


「緋色を――止めなきゃ」


 ゆらりと。音も無く鬼面武者が目の前に立ちはだかった。その峰での一閃。ただの一撃にディスクがねじ伏せられる。

 彼女は見た。袈裟斬りに焼き払われる少年を。少女の悲鳴が響いた。

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