責任を果たす
父親が自殺した。首吊りだった。彼の心境は未だによく分からない。二世議員の家に生を受けたかつての少年には。
(責任を果たす。その言葉に果たしてどれだけの意味があるのか)
後を追って飛び降りた母親の気持ちは、一層分からない。家を出て未だに行方知れずの弟のことも。
やらかしたことの責任は重大で。国政を左右すると言っても差し支えの無いミス。しかし、不正では決して無かった。気弱で几帳面な父親の姿からそれは断言出来る。
(何故、父さんは死んだ)
死ななければならなかったのか。責任。その言葉の重みは、本当に真正なものだったのか。真の意味で一家離散してしまった青年は、考えずにはいられない。
青年には、戦う力があった。尋常ならざる超兵器に適合する素養があった。だから、特務二課に連れられて。ヒーローとして、戦わなければならない。
(それが、責任……?)
他にやることも思い付かず、首を縦に振ってしまった。人はしがらみに縛られる。自由とは、何だったのか。気弱で、責任感だけは強かったあの父親は何故死んだ。
「俺自身が、選んだってことだろうが」
分からない。
それでも確かに。在りし日の少年には、その男の姿が眩しいくらいに格好良く見えたのだ。
◇
(――――っ、反応、出来なかった……)
深く息を吐いて呼吸を落ち着かせる。速度が、何倍か。下手をすれば、何十倍か。ネームドのデビルが隠し持つ奥の手。無機物の化け物が経路をこちらに向ける。
(……死んじゃあいないか)
それでも、あの速度で質量をぶつけられたのだ。戦線復帰は厳しい。車輪が淡く光る。さっきは見逃した兆候。
「――――――っ」
やはり見えなかった。前に構えた大槍が命を繋ぐ。はるか上空に弾き飛ばされた車輪が、廃墟に墜落する。瓦礫の山に突っ込んだ焔は、身を起こしながら辺りを伺った。
(速い……だけじゃない)
正面一点張り。それがヒットしたということは、間違いなく直線軌道。
ならば。いくら速度を増そうとも、その軌道すら目に入らないのは非合理。焔は思い至る。あの発光は。
「確かめたいが……死ぬぞ、これ」
痙攣を続けるギャングが恨みがましくこちらを見る。立たなくていい、焔はアイコンタクトを送った。
「――ちっ!」
今度は避けた。速い。見えない。光学迷彩とかいうふざけた答えが頭に浮かんだ。
焔の周囲を漂う幾数の火の玉。風が舞えば揺らぐ。即効のセンサーだ。
軌道は読めた。焔は冷静に選択する。
「ギャング、打ち勝てる保証が無い。撤退しよう」
「……ざけんなぁ」
逃げ切れる。そんな判断。
「てめぇ――ヒーローだろぉが!」
肋でも折ったのか。そんな苦悶の声が責め立てる。風切り音。デビル・ルートの突貫を回避する。持ち前の要領の良さで、タイミングを完全に掴んでいる。
「ヒーローは、デビルを、倒すんだ……っ! それが役目だろぉがぁ」
役目。果たさなければならない責任。そのために命を投げ捨てる覚悟はあるか。焔は片目を瞑って思案する。
未だに理解出来ない、それでも憧れたあの男を、あの背中に、ロクデナシの自分が、逃げ腰で臨界者への道を避け続ける半端者が、憧憬の念を抱いている現実こそが。
「やるべきことをやる。それが責任を果たすってことだよな」
口だけでも気丈な男。そんな
タイミングはドンピシャだった。倒すべきデビルに焦げ跡が増える。標的を変えても、そのヒーローには動きを読まれていた。
ヒーローコード、焔。やりたいようにやる。自由な奴が強い。密かに宿す熱い炎が、薄っぺらい言葉に中身を与える。
「しゃーねぇ……やるか」
炎撃。その威力は凄まじく、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。顕わになる敵の姿。始点と終点は完全に把握した。後は、打ち勝てるかどうかの一大勝負。
「てめぇ一人の戦いじゃねぇぞ、
その志を熱く燃やすのであれば。負傷した男が両腕を伸ばす。『宝球コスタリカ』。相方を囲うように、その振動波は衝撃を削ぐ。
援護に、焔の口元が緩んだ。
「――――来い」
車輪が消える。
「――――灼熱、太陽突き」
ロクデナシでも、誰かに憧れるよう、格好良くあるためには。やるべきことをしっかり果たす。そんな大人に。
(俺の果たす――責任ってやつだよな、親父)
熱い槍撃が魔を穿つ。デビル・ルート、討滅。ヒーローが雄叫びを上げた。
◇
「さて、やってやったぜ。じゃあ刃の援護に向かう」
飄々と言う焔と対照的に、ギャングは苦悶の表情を浮かべた。
「無理すんなよ」
何か言いかけた
「てめぇの境遇はてめぇで語っただろうが。万が一にも死んでやれないだろ?」
焔が笑った。
(俺は……弱ぇ…………)
そんな後悔がブルゾンの男を襲った。いつも口だけで、中身が伴わない。そんな彼に、まるで兄のような
「回収を要請した。ちゃんと下がれ」
「悪ぃ……」
「言うな」
「…………ああ」
戦える。自分を貫ける。そんな理想には果てしなく遠く。ヒーローコード、ギャング。彼は真っ直ぐな新人を思い浮かべた。あの赤髪の少年は、誰よりも強さに貪欲で、そして確かに強かった。
「俺も、強くなりてぇな……」
やがて、国防軍に回収されるのを待つだけの身。仲間を援護するために激戦区に飛び込む
何か、あったのではないか。そう思わずにはいられない。こんな惨めな半端者に身を落とさずに済む、そんな未来もあったのではないか。後悔だけが募っていく。
「俺は、強くなりてぇ……」
雫がその頬を打った。
◇
頂機関跡地……からはもう外れていた。
(へへ……やってやったッスよ……っ!)
ヒーローコード、隼。『韋駄天』を担う足技の名手。複数のデビルに追われながらも、彼は無傷で戦場から離れていた。
逃げるためではなく、戦い抜くために。
――キキ
デビル・ククリ。魔を
今の二課の中では自分が最弱だと理解している。戦場を外れるならば、同じく機動力に優れる刃ではない。
(オイラは弱いッスからね)
それでも、ヒーローだ。
足はいくらでも動く。上がる。前に進む。これまで逃げに徹していた隼が、くるりと反転する。振り向きざまに回し蹴り。百足型のデビルが弾け飛んだ。
「――豪蹴」
一角を崩した。敵の布陣が変わる。攻め込ませ、ねっとりと絡み付くような布陣。隼は攻めずに再び下がる。
(ラッキーキックに甘えない。オイラがこなせるギリギリを追求するッスよ)
勝てない。だが、勝たなくてもいい。主戦場から遠ざけさえすれば。それで助かる仲間がいる。
あの大蜘蛛の首魁も、戦況は読めているはずだ。理解していて乗ってきた。ここで隼を討ち取るつもりだ。
(オイラに出来ること。才能もなく、
見極めろ。追求しろ。ヒーローだから。人類を背負って戦う一員なのだ。
隼が攪乱して、コックの怪力で薙ぎ倒す。そんな必勝パターンはもう使えない。それでも、彼にはその駿足がある。力を溜めて、溜めて、解き放つ。
「さよなら、ッスよ」
一直線。最短距離を、最速で。
大蜘蛛のすぐ脇を通り抜けた。この速度を追い切る力はデビルには無い。でなければ、ここまで隼が無傷ではいられなかっただろう。
ここで敵は置いていく。戦線復帰を果たす前に、勝負はどうあれ済んでいる。
(刃が四天王と……っ! 何か、出来ることがあるはずッス!)
その場にいなければ。何一つ出来ることは無い。そうして死んでいった仲間もいた。助けられなかった命が幾つもあった。
「もう、これ以上は勝手させないッス」
誰も死なさない。自分も死なない。
そのために、戦士は疾く走った。
◇
「悪ぃ、待たせた」
不敵に言いのける男の炎は、悪性の業火を弾いた。ワイヤーの援護があった。黒スーツの優男は、底知れない目線を注ぐ。
「気にするな。僕も今しがた着いたところだ」
汗を雨で流し落とし、女剣士は納刀する。四天王の背後に控えていた針金武者。デビル・キリーがその金属音に応じた。
「うん――反撃開始だね」
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