責任を果たす

 父親が自殺した。首吊りだった。彼の心境は未だによく分からない。二世議員の家に生を受けたかつての少年には。


(責任を果たす。その言葉に果たしてどれだけの意味があるのか)


 後を追って飛び降りた母親の気持ちは、一層分からない。家を出て未だに行方知れずの弟のことも。

 やらかしたことの責任は重大で。国政を左右すると言っても差し支えの無いミス。しかし、不正では決して無かった。気弱で几帳面な父親の姿からそれは断言出来る。


(何故、父さんは死んだ)


 死ななければならなかったのか。責任。その言葉の重みは、本当に真正なものだったのか。真の意味で一家離散してしまった青年は、考えずにはいられない。

 青年には、戦う力があった。尋常ならざる超兵器に適合する素養があった。だから、特務二課に連れられて。ヒーローとして、戦わなければならない。


(それが、責任……?)


 他にやることも思い付かず、首を縦に振ってしまった。人はしがらみに縛られる。自由とは、何だったのか。気弱で、責任感だけは強かったあの父親は何故死んだ。


「俺自身が、選んだってことだろうが」


 分からない。

 それでも確かに。在りし日の少年には、その男の姿が眩しいくらいに格好良く見えたのだ。







 相棒バディが吹き飛んでいた。所々黒く焼け焦げたデビルは、ピタリと完全静止していた。遅れて、ギャングの呻き声が届く。


(――――っ、反応、出来なかった……)


 深く息を吐いて呼吸を落ち着かせる。速度が、何倍か。下手をすれば、何十倍か。ネームドのデビルが隠し持つ奥の手。無機物の化け物が経路をこちらに向ける。


(……死んじゃあいないか)


 それでも、あの速度で質量をぶつけられたのだ。戦線復帰は厳しい。車輪が淡く光る。さっきは見逃した兆候。

 真化デビライズ


「――――――っ」


 やはり見えなかった。前に構えた大槍が命を繋ぐ。はるか上空に弾き飛ばされた車輪が、廃墟に墜落する。瓦礫の山に突っ込んだ焔は、身を起こしながら辺りを伺った。


(速い……だけじゃない)


 正面一点張り。それがヒットしたということは、間違いなく直線軌道。

 ならば。いくら速度を増そうとも、その軌道すら目に入らないのは非合理。焔は思い至る。あの発光は。


「確かめたいが……死ぬぞ、これ」


 痙攣を続けるギャングが恨みがましくこちらを見る。立たなくていい、焔はアイコンタクトを送った。


「――ちっ!」


 今度は避けた。速い。見えない。光学迷彩とかいうふざけた答えが頭に浮かんだ。

 焔の周囲を漂う幾数の火の玉。風が舞えば揺らぐ。即効のセンサーだ。

 軌道は読めた。焔は冷静に選択する。


「ギャング、打ち勝てる保証が無い。撤退しよう」

「……ざけんなぁ」


 逃げ切れる。そんな判断。相棒バディは一蹴した。


「てめぇ――ヒーローだろぉが!」


 肋でも折ったのか。そんな苦悶の声が責め立てる。風切り音。デビル・ルートの突貫を回避する。持ち前の要領の良さで、タイミングを完全に掴んでいる。


「ヒーローは、デビルを、倒すんだ……っ! それが役目だろぉがぁ」


 役目。果たさなければならない責任。そのために命を投げ捨てる覚悟はあるか。焔は片目を瞑って思案する。

 未だに理解出来ない、それでも憧れたあの男を、あの背中に、ロクデナシの自分が、逃げ腰で臨界者への道を避け続ける半端者が、憧憬の念を抱いている現実こそが。



「やるべきことをやる。それがってことだよな」



 口だけでも気丈な男。そんな相棒バディの頭上に特大の火炎弾を放つ。

 タイミングはドンピシャだった。倒すべきデビルに焦げ跡が増える。標的を変えても、そのヒーローには動きを読まれていた。

 ヒーローコード、焔。やりたいようにやる。自由な奴が強い。密かに宿す熱い炎が、薄っぺらい言葉に中身を与える。


「しゃーねぇ……やるか」


 炎撃。その威力は凄まじく、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。顕わになる敵の姿。始点と終点は完全に把握した。後は、打ち勝てるかどうかの一大勝負。


「てめぇ一人の戦いじゃねぇぞ、相棒バディ


 その志を熱く燃やすのであれば。負傷した男が両腕を伸ばす。『宝球コスタリカ』。相方を囲うように、その振動波は衝撃を削ぐ。

 援護に、焔の口元が緩んだ。



「――――来い」


 車輪が消える。


「――――灼熱、太陽突き」



 ロクデナシでも、誰かに憧れるよう、格好良くあるためには。やるべきことをしっかり果たす。そんな大人に。


(俺の果たす――責任ってやつだよな、親父)


 熱い槍撃が魔を穿つ。デビル・ルート、討滅。ヒーローが雄叫びを上げた。







「さて、やってやったぜ。じゃあ刃の援護に向かう」


 飄々と言う焔と対照的に、ギャングは苦悶の表情を浮かべた。


「無理すんなよ」


 何か言いかけた相棒バディに、焔は拳骨を脳天に優しく置いた。


「てめぇの境遇はてめぇで語っただろうが。万が一にも死んでやれないだろ?」


 焔が笑った。


(俺は……弱ぇ…………)


 そんな後悔がブルゾンの男を襲った。いつも口だけで、中身が伴わない。そんな彼に、まるで兄のような相棒バディは眩しく映る。


「回収を要請した。ちゃんと下がれ」

「悪ぃ……」

「言うな」

「…………ああ」


 戦える。自分を貫ける。そんな理想には果てしなく遠く。ヒーローコード、ギャング。彼は真っ直ぐな新人を思い浮かべた。あの赤髪の少年は、誰よりも強さに貪欲で、そして確かに強かった。


「俺も、強くなりてぇな……」


 やがて、国防軍に回収されるのを待つだけの身。仲間を援護するために激戦区に飛び込む相棒バディの姿が離れる。

 何か、あったのではないか。そう思わずにはいられない。こんな惨めな半端者に身を落とさずに済む、そんな未来もあったのではないか。後悔だけが募っていく。


「俺は、強くなりてぇ……」


 雫がその頬を打った。







 頂機関跡地……からはもう外れていた。


(へへ……やってやったッスよ……っ!)


 ヒーローコード、隼。『韋駄天』を担う足技の名手。複数のデビルに追われながらも、彼は無傷で戦場から離れていた。

 逃げるためではなく、戦い抜くために。


――キキ


 デビル・ククリ。魔をくくる大蜘蛛が呻いた。単体では戦闘能力に陰るが、乱戦に乗じてはこの上なく厄介な敵。だから

 今の二課の中では自分が最弱だと理解している。戦場を外れるならば、同じく機動力に優れる刃ではない。


(オイラは弱いッスからね)


 それでも、ヒーローだ。

 足はいくらでも動く。上がる。前に進む。これまで逃げに徹していた隼が、くるりと反転する。振り向きざまに回し蹴り。百足型のデビルが弾け飛んだ。


「――豪蹴」


 一角を崩した。敵の布陣が変わる。攻め込ませ、ねっとりと絡み付くような布陣。隼は攻めずに再び下がる。


(ラッキーキックに甘えない。オイラがこなせるギリギリを追求するッスよ)


 勝てない。だが、勝たなくてもいい。主戦場から遠ざけさえすれば。それで助かる仲間がいる。

 あの大蜘蛛の首魁も、戦況は読めているはずだ。理解していて乗ってきた。ここで隼を討ち取るつもりだ。


(オイラに出来ること。才能もなく、相棒バディすら失ったオイラにも出来ること)


 見極めろ。追求しろ。ヒーローだから。人類を背負って戦う一員なのだ。

 隼が攪乱して、コックの怪力で薙ぎ倒す。そんな必勝パターンはもう使えない。それでも、彼にはその駿足がある。力を溜めて、溜めて、解き放つ。



「さよなら、ッスよ」



 一直線。最短距離を、最速で。

 大蜘蛛のすぐ脇を通り抜けた。この速度を追い切る力はデビルには無い。でなければ、ここまで隼が無傷ではいられなかっただろう。

 ここで敵は置いていく。戦線復帰を果たす前に、勝負はどうあれ済んでいる。


(刃が四天王と……っ! 何か、出来ることがあるはずッス!)


 その場にいなければ。何一つ出来ることは無い。そうして死んでいった仲間もいた。助けられなかった命が幾つもあった。


「もう、これ以上は勝手させないッス」


 誰も死なさない。自分も死なない。

 そのために、戦士は疾く走った。







「悪ぃ、待たせた」


 不敵に言いのける男の炎は、悪性の業火を弾いた。ワイヤーの援護があった。黒スーツの優男は、底知れない目線を注ぐ。


「気にするな。僕も今しがた着いたところだ」


 汗を雨で流し落とし、女剣士は納刀する。四天王の背後に控えていた針金武者。デビル・キリーがその金属音に応じた。


「うん――反撃開始だね」

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