化け物狩り

 しとしとと薄い雨が降る。赤髪逆立てる炎の傑物。陽炎纏う大男。大胆不敵の四天王は天を仰ぐ。


「水は嫌いだねぇ。喜べ女ぁ、生き残る確率が上がったぞぉ?」

「僥倖至極」


 『天羽々斬』を構えながら刃が言う。背後に控えるデビル・キリーは表情も意図も読めない。四天王が前に出ることを遮るつもりは無いみたいだ。


「焼けなぁ」


 右手を前に差し出すと、火炎の塊が噴出した。大きさは拳大程、それでもまともに食らえば必殺の脅威を持つ。


「崩」


 柄当ての絶技。彼女自身の技量はもちろん、ウォーパーツあってのこと。未だ刀を鞘から抜かない。刃には空間跳躍抜刀、唯閃がある。隙を窺っていた。

 炎の傑物はにやりと口角を上げた。


「熱い目だ。心が焼けるぅ」


 雨粒が蒸発していく。この寒空に、蜃気楼。揺らぐ視界に刃が目を細める。


「めくら、だろうとねぇ」

「――――っ」


 目前。四天王はいた。抜刀。唯閃どころではなく、刀身の範囲内だった。鋭い斬撃が金属音を響かせる。


(デビル・キリー……っ)


 デビル・アグニの放つ炎手を身をそらせてかわす。振るう斬撃は空を斬る。否、のだ。


「縮地」


 空間跳躍。絶体絶命から命を拾った。刃の奥義とも呼べる仕切り直しの妙技。

 空間を断つ。それがウォーパーツ、『天羽々斬り』。


(敵の意表は突けた……逃げるために。これは、ハートの助けが来るまで時間稼ぎか)


 四天王だけでも遥か格上なのに、デビル・キリー。あの針金武者とは何度か切り結んだことがある。強敵だ。しかし、剣士は冷静だった。

 鬼では無く、人のまま。最善の算段を頭の中で組み立てる。


(敵の狙いは数を減らすこと。生き残ることが状況の打破)


 炎人が攻撃を開始する。化け物を皆殺す白刃が鬼の雄叫びを上げた。







(勝てない相手じゃない)


 焔は思った。組み上げてきたコンビネーション。それを着実に積み重ねていけばやがて勝てる敵だ。


「ちょこまかちょこまかウザってえ!!」


 跳ね回る車輪にギャングが吼える。刃の布陣が掛け値抜きに致命的だ。援護に向かわなければ、という焦りが陣形を見出す。


「ギャング、落ち着け。畳み掛けるぞ」

「どっちだよオイ!」

「どっちも掴めよ、相棒バディ


 焔がギャングの背中を押した。敵は木製の車輪のような駆体に、縦横無尽に跳ね回る怪物。車輪の放つ謎の斬撃が肌を裂く。


「 焼 け 」


 『灼熱槍ルー』が業炎を吹き出す。見た目では火が有効。


「俺の球が暴れるぜ!」


 『宝球コスタリカ』による振動撃。進路を限られた車輪が大地に叩きつけられた。


「灼熱、太陽突き」


 大地が蒸発するような情熱的な一撃。焼け付く匂いを感じながら、二人は頭を切り替える。勝った。すぐに援護に。



――――真化デビライズ







 デビルどもを引き付けて隼は中心地から離れていった。ディスクを追ったデビルは皆無。単体で動くより、デビル・ククリの支配下にいた方が戦力は跳ね上がる。合理的な判断だった。


(早く、緋色に合流しないと――っ)


 ネームドのデビルと交戦中。『ヒーローギア』を発動出来ないほどの不調。放ってはおけない。隼も同じ判断だった。

 走る。もう雨なのか汗なのか分からない。体力錬成を怠らなくて本当に良かったと思う。


(こんなに離されたの……っ!?)


 オペレーターの指示に従って走る。廃虚と化した研究所の曲がり角の先で。



「あらまびっくり玉手箱」



 思わず飛び退いた。出くわした相手にデビル反応は無い。あればオペレーターが伝えるはず。

 迷い込んだ民間人か。しかし、これは。死相が浮き出る青白い顔は。


(まるで……ゾンビ?)


 青いワンピースが目を引いた。こんな状況でなければ、憧れるような可憐な風貌。死相の女はにたにた表情を貼り付ける。


「見ぃ――つかっちゃったぁ……!」


 年端も行かない少女のような外見。ディスクと同じくらいの年齢に見える。

 それでも。その見た目の印象を否定するのは。浮き出る死相だけでは無い。この得体の知れない敵意。


「目撃者は消せ。常識だよえ」

(分析不能――――――!)


 正真正銘得体の知れない化け物。曲がり角でとんでもないものに遭遇してしまった。ディスクはネブラを展開する。咄嗟の十全。


「あんら。いい玩具持ってるのねん」


 まるで滑るように。摩擦無く近付く不条理にディスクは対応出来ない。胸の中央にまともに正拳突きをくらう。


「どっせい、正拳突き!! おっぱいもウチの勝ちだ、やったぜ!」


 クリーンヒット。ネブラの制御が一瞬途切れた。前線で、それがどれだけ致命的な瞬間か。


「終ぅわり~~っ! ザコ丸ちゃんさようならぁ!」


 水。雨粒が揺らいでいた。

 ウォーターカッター。ミリ単位の穴から激しい水流を放つことで金属すら両断する。いわんや人体の肉をや。そんな圧倒的な水圧がディスクに襲い掛かる。

 ネブラを呼び戻すが、間に合わない。死相浮き出る刺客の首に、銀色が煌めく。


「無事か、ディスク」


 ほんの一瞬の出来事だった。まさに瞬殺。

 光るワイヤーが刺客の首を捉え、暗殺者がそれを繰る。敵の頭部があらぬ方向に吹き飛び、攻撃が寸断される。不意打ちが綺麗に極まった。不意打ちでの不慮の事故死を免れたディスクは、声を上げた。


「ハートっ」


 いつもと変わらぬ柔和な笑みが緊張を解す。ヒーローコード、ハート。二課のヒーローのリーダー格。涼しい笑みで下手人を見下ろす。


「デビル、か……? 今のは何だ?」

「分析不能。でも、助かった」


 正体不明の脅威は取り除かれた。やるべきことはもう決まっている。


「私は緋色に合流する」

「承知。僕は刃に合流する。どこかが抜かれれば終わりの布陣だ。弁えて行け」

「了解」


 ディスクは走り出す。目指す場所はとっくに決まっていた。







 鬼。

 しばしば、人ならざる化け物として語られる。化け物、鬼と称される一族。その中でも、若き女頭は異彩を放っていた。

 人斬りならぬ、化け物狩り。ヒーローコード、刃。彼女の剣術は化け物を狩ることに特化している。


「――――断空」


 その切っ先が消える。響く金属音に舌打ちするのは刃だ。四天王の首に放たれた斬撃が針金武者に阻まれる。四天王は身じろぎ一つしない。


「よぃ。控えよろう」


 蜃気楼が揺らぐ。縮地。真上に空間跳躍した刃がウォーパーツを振るう。抵抗する爆炎すら切り裂いて。炎の傑物が回避行動を取った。


(当たれば屠るだけの威力はある)


 確かな判断。女剣士が姿を消す。次元裂砕、空間跳躍。敢えて前方六十度右。

 一閃斬り上げ、半歩下がっての回避は読めている。二閃斬り下ろし、右腕がマグマの如く膨張して弾かれる。三、必殺の突き。


「ぃぃ――はっ!」


 傑物が爆散する。否、その身を瞬時に膨張して『必殺』を弾く。


(畳み掛ける……っ!)

「なぁにが追い返すだぁ」


 間延びした声紋が耳に届く。そう錯覚するほどの急加速。陽炎がいくら阻もうが削り尽くす。超人じみた早業が熱気すら斬り伏せる。


(雨。条件は有利。力を削ぎ落としてハートと討つ)


 斬、斬、斬、斬、斬、斬――!

 振るう。裂く。削ぐ。落とす。鬼の眼光が化け物を穿つ。しかし、相手は四天王。最重要攻略対象。その重みは重々承知している。


「おぅう――っ」


 火炎。ファイアブレス。膨張する熱量が刃を押し返す。


「良い戦士だぁ。いるのだなぁ人類戦士以外にもぉ」


 熱を纏い、炎を纏い。戦いの中で膨張を続ける化け物。人類戦士はそう語った。戦えば戦うほど不利になるデビル。その胸に火をつけてはいけないのだ。

 それでも。


「私は戦士じゃない。ただの化け物だ。お前と同じ」


 化け物であり、道具である。人斬りの一族。そんな彼女がその身を捧げる相手。彼女の想いは、日本皇国の影を担う彼に託されていた。


「よく持ちこたえた、刃」


 その声を聞いて、口元が綻びそうになる。鍛えた表情筋が全勢力を以てして抑え込むのだ。


「ハート」

「敵目標、炎の傑物デビル・アグニ。これより迎撃を開始する」

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