世界情勢編

第3話 渡米! ステイツに轟く大英雄

緋色とディスク

 作戦本部室。人類戦士との戦いを経て一ヶ月。新人ヒーロー二人は着実に実力を上げてきた。


「米国行き明日何だってー? 準備はもう出来てんのー?」

「もちッスよ、田中さん」

「中田だよー」


 モニター画面を注視しながらオペレーター中田が間延びした声を上げる。シャドーボクシングで身体を暖める緋色に鬱陶しそうに手を振った。


「私みたいな生き遅れ口説いて楽しいー?」

「可愛くて素敵なお姉さんじゃないですかー」


 軽口に中田が首を軽く捻った。作業の速度は微塵も変化しない。こんな風に連日押し掛けているが、いつも同じようにあしらわれる。


「よく、話しながら作業続けられますよね」

「君とは脳のスペックが違う。あと分かってるなら邪魔しないでー」


 そう言いながらも微妙に口元が綻んでいるのを緋色は気付いていた。脈ありだと緋色は勝手に判断する。


「君さー……節操ないなー。そういうとこ可愛いけど、私は君より一回りも上だよ……いいの?」


 手を止め、じっと見つめられる。潤んだ目に、緋色は赤面しながら俯いた。


「かーわーいーいー」


 棒読みで作業に戻る。からかわれたと気付いて緋色はむっとするが、それでもにやけてしまう。


「だから刃にも相手にされないんさー」


 言われて緋色はがっくりと肩を落とした。幾度となくアプローチを試みてはいたが、全く相手にされずに冗談として流されていた。


「ヒーローはモテるって師匠は言ってたのに……」

「アプローチが悪い、童貞君」


 きっぱり言われて緋色は崩れ落ちた。何だかんだ言って二課ではあちらこちらからチヤホヤされている緋色。それがどんなに幸せか彼は気付いていない。


「というかー……歳近い子は口説かないのー?」


 中田オペレーターがにやつく。歯切れの悪い緋色。この一ヶ月、この二人は別々の訓練メニューを受けていた。


「自分らのことは自分らで何とかしてねー。サポートはするからー、頑張って」

「押忍」


 二人で戦うために一人で強くなる。緋色は反対側のオペレーターデスクに目をやった。







「別メモリ?」


 聞き慣れない単語にディスクは首を捻った。オペレーター左は淡々と職務をこなす。取得した情報の取捨選択、分類、ソート、ショートカットキーとの結び付け。その手際の良さは、同じく情報処理能力に特化したディスクから見ても惚れ惚れするようだった。


「はい。要約すると並列演算処理のことです。ある一つの処理を行いながら全く別の処理を並行して行います」


 事務的に話す左が大人の仕事人に見えて、ディスクは目を輝かせた。格好良いお兄さんというのは良いものである。


「メモリを区切って、処理能力を分配していくの?」

「概ねその通りです」


 それが二課のオペレーターの特異技能。演算スペックを機械のように並列作業に分配。結果として莫大な処理能力を発揮している。


「ヒーローディスクの演算スペックは我々をも凌駕するレベルです。しかし、そのスペックを十分に活用できずに無駄にしてしまっている。これは勿体無いことです」


 左が画面を操作した。数値化、グラフ化されたディスクのスペックが表示される。どれも現実味の無い数字だった。ディスクはただの一度だってここまでの演算処理を行えたことは無かった。


「無駄?」

「一つに拘りすぎです。これほどのスペックとなると一つの情報処理動作でフルに使いきることも考えにくい」


 ディスクの水槽には莫大な水源がある。それを一つのコップに全て注ごうとしても超過分が零れてしまうばかりだ。


「だから並列化?」


 複数のコップに満タンぎりぎりまで注ぎきること。一滴すら無駄にせず、そこまで繊細緻密な分配をしてようやくフルスペック。


「例えば、私は今魅力的な女の子の相手が出来て嬉しく感じています」


 ぱぁとディスクの顔が明るくなった。真摯に画面を見る横顔がどこか凛々しい。頬を赤く染めながら上目遣いに彼を見上げる。心臓が小さく跳ねた。


「同時に、貴女のことなど何とも思っていません。それが処理に支障をきたす要因には一切なり得ません」


 ディスクの表情が凍りついた。無関心に画面を見る横顔がひたすらに遠い。叱られた子犬のような目をして続きを聞く。


「互いの処理が互いに影響を及ばさない。それが完全な並列化です」


 それは、今ディスクに求められている課題だった。『円盤ザクセン・ネブラ』を操り、敵性を分析し、徒手空拳にて身を守る。並列したコップの数を増やすことで選択肢は指数関数的に増加していく。


「うん、わかった。でも、どうやるの?」

「それは習うより慣れろ、ですかね。反復訓練あるのみです」


 左が一度だけディスクに目を向けた。それがささやかな声援のように感じられてディスクはくすぐったく感じた。







「緋色」

「おう」


 年上のお姉さんに構ってもらっていた緋色は、相棒バディが途中から本部室に入っていたことに最初気付かなかった。ディスクは自分を探しに来たのだろう。彼女は口元を綻ばせながら駆け寄ってくる。


「明日、だってね。アメリカ行き」

「まーな」


 ヒーローの交換留学生。同盟関係にあるアメリカ合衆国との間に執り行われる一大イベント。二名ずつの交換予定だったが、二課の大打撃を受けて一名まで縮小された。


「英語、大丈夫?」

「それなりには。ショートは三か国全部行けるんだっけ?」

「必須の米、独に加えて露や欧州、中華地方の方言まで。言語学的に類型化すれば楽。ぶい」

「すっげぇな」


 それは素直にそう感じる。ヒーローを擁する同盟関係にある米国と世界の覇権を日本と競う欧州の中心言語。それらはヒーローであれば学んでおきたい言語である。緋色も幼少の頃から叩き込まれていて、一般コミュニケーションが取れるくらいには話せる。


「ショートは最近すごい頑張ってるからな。尊敬するよ」

「ちゃんと緋色の隣に並びだいから」


 真っ正面から言われて緋色は目を背けた。この一ヶ月、何となくディスクを避けてしまっている自分がいた。彼女はこんなにも真っ直ぐ自分に向かってきてくれるのに。


「でも、緋色も強くなってる。私も頑張らなくちゃ」


 緋色は何も言えない。ディスクと一緒に強くなる。その気持ちに嘘は無いつもりだった。脳裏にチラつくのは人類戦士の強烈なイメージ。緋色の理想のヒーロー像。

 ヒーローは強くなければならない。改めて思い知った緋色は今まで以上に修練に打ち込んだ。より強く、圧倒的になるために。


(隣に、か……)


 自分の居るべき場所はここでいいのか。そんな思いがよぎる。特務一課のイチは強かった。人類戦士は言わずもがな。迷うこと、選択すること。それこそがヒーローとしての信念。人類戦士の言葉がじりじりと緋色を炙る。


「頑張れよ、ショート。俺も頑張る」


 死に物狂いで。引け目なく隣に立つ存在。それは緋色にとって掛け替えのないアイデンティティ。相棒バディがいるからこそ、緋色は人類戦士ではなく緋色でいられるのだ。


「うん。でも、一週間も会えないと少し寂しいね」


 緋色は黙ってディスクの額を撫でた。こうすると喜ぶのだ。彼女も彼女で年上の男性に憧れでも抱いているのか、よくこうして甘える仕草を取る。緋色は自分も似たようなものだとは自覚していない。


「打ち込め。そしたらあっと言う間だよ。この一ヶ月、出撃命令も無かった。次はいつになることやらだしな」


 緋色は笑った。デビルの侵攻頻度は波があって読めない。しかもその大半が人類戦士に喰い破られて終わっている。二課の出動があるとすれば同時多発的な大規模攻撃との想定だ。


「うん。緩まず弛まず、だね」


 ディスクが拳を突き出す。緋色は応じた。二人で強くなること。その意味を考えながら。


「向こうでも頑張ってね、緋色」

「あたぼーよ!」


 いつか隣立つ時を夢見て。

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