第97話  驕りと制裁

唐突に月明様に駆り出された。

レジスタリア海域にやってくる船団を防げとの命令だった。

年寄りには堪えるこの話を、初めは断ろうと思っていた。

それでも月明様の輝く瞳を見ていたら、つい引き受けてしまった。


あのような顔をされるのは何百年ぶりであろうか。

よほど魔王とかいう若造に入れ込んでいるようだ。

あの男は何人もの女を囲い、さらには幼い少女までに手を出すだらしない男と聞く。

一体どこに魅力を感じているのかわからんが、恋心とは案外そういうものかもしれない。



空を見上げると、薄い雲はあれど快晴と言って良い空模様だ。

海の方はというと多少荒れており、波がいくらか高かった。

敵方は操船に苦労をしているだろうが、宙に浮いている我らには関係のない話だ。

目的の地点の上空エリアで滞空し、船団の予定航路を頭でイメージした。


沖に向かう強い潮流を避けるならば、必ずこの岬を通るはずだ。

その岬からいくらか離れた所に小島がある。

ここを通過しようとすれば、船団は長く伸びることになる。

その時が連中を葬る絶好の機会だ。



「海鳴様、間も無く敵の一団が通過します」

「よし、お前たち。準備は良いな? 月明様に恥をかかせてはならぬぞ」



敵方は無警戒に岬を回ろうとしていた。

まるで遮る存在などないかのように。

陣容に驕ったのか、目が曇りきっているのだろう。

せめて空に待機している我らに気づけていれば、動きも違ったろうに。



「さぁ、真の海の支配者が誰か教えてやれ」

「海の僕が祈る。かかれ波、風煽れ」



手下どもが海に祈りを捧げると、辺りの様子が急変した。

艦隊はまるで大シケのような高波に揉まれ、船の横腹に強烈な暴風が襲い掛かる。

それに反して、空は相も変わらず快晴である。

この急激な状況の変化を前に、指揮官の混乱が見えるようだった。



「はっはっは、海鳴様。大陸の連中も大したことありませんな。大型の船など何艘も傾いておりますぞ」

「油断するでない。もっと高い波をあびせよ。小舟一艘通すでないぞ」

「承知しました、総員魔力を上げよ!」



手下たちのまとう魔力の色が、より深い青に染まっていった。

それに呼応して、波も徐々に高くなっていく。

小刻みに動いて堪えていた小型船も、強まった波に押されて岸壁に叩きつけられ始める。


中型や大型のものはというと、それより早いうちに暗礁に乗り上げていた。

暗礁を避けた船も自軍同士で衝突を繰り返し、横腹に損傷をもたらした。

浸水が激しいようで、時を待たずに多数の船が大きく傾いていく。

もはやまともに航行できるのは小型船くらいであろう。


いやはや、なんとも呆気ない。

この程度で海の覇者を名乗っているのだから、世間知らずにも程がある。

これならまだヤポーネの漁師の方が巧みに船を操れるだろう。

金を費やして船の数だけ揃えても、真の力は得られないのだ。



「海鳴様、敵船団が逃げていきますぞ」

「よし、追うぞ。広い海域に出るまでは手を出すでないぞ」



予想したよりも早い撤退だったが、それも当然かもしれない。

何せ主力と思しき船は粗方沈んだのだから。

こちらが祈りをやめると、海は徐々に穏やかになっていった。

これ幸いと敵の艦隊は逃げ帰っていく。



しばらく後をつけると、広い海域にでた。

遮るもののない大海原だ。

ワシは丸裸となった、連中の背に指を向けて命じた。



「さぁ仕上げじゃ。特大のもんをくれてやれ」

「はっ。穿て波!」

「僕に賜う、穿て波」



配下の祈りが辺りに伝わると、海が大きく揺れた。

魔力で水位が大きく歪んで沈みこみ、傾斜のついた海面を滑るように艦隊は滑り落ちていく。

そこへ歪みを戻すように大波がやってきた。

まるで海水の山が迫ってくるような威圧感に、冷静でいられた者は何人いただろうか。

いくらか残っていた中型船はもとより、小型船に至るまですべてを飲み込んだ。



生き残ったのは辛うじて難を逃れた数艘のみで、一目散に自領へと逃げていった。

これで依頼は完璧だろう。

いや、完璧すぎたと言うべきか。

きっと次の命令も断りにくくなるだろう。

より面倒で難度の高い話が舞い込んでくるかもしれない。


そう思うと、こめかみがツキリと痛むのだった。

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