第86話  プリニシアの野望

先日、プリニシア女王から連絡が入った。

先勝祝いと親睦もかねて、食事を振る舞ってくれるらしい。

王宮に対して良いイメージを持ってないうちのメンツは、最初難色を示した。

それをやんわり伝えると、王国領の庭園に招かれることになった。



「さぁ、おめかししましょうね、シルヴィ。向こうに着くまで汚しちゃダメよ?」

「ねぇリタお姉ちゃん、テーエンってどんなとこ?」

「んーー、お家があって、草花が生えてて、森や林が見えて、とかかな?」

「だったらココとかわんないの。アッチに行くなんて、へんなの。」



さっきからシルヴィアの機嫌があまりよろしくない。

これまでの経緯や国柄を思えば無理もないか。

政策を転換したとはいえ、あれだけ強烈な差別や弾圧をしていた場所だ。

獣人のシルヴィアにとっては不快なのかもしれない。



「アルフさん、まだ着替えないの?」

「そろそろ着替えるが、お前はどこの貴族のお坊っちゃんだ?」

「やめてよね、自分でも似合ってないってわかってるから」

「そんな事無いぞ。とても良くブフッ似合ってるぞ」

「今笑ったよね? 確実に笑ったよね?」



耳まで真っ赤にしたグレンは全身が貴族の子弟コーデだ。

金糸の刺繍の入ったライトブラウンのジャケットに、ベージュ色のベスト。

ベストの首回りからは真っ白いシャツが顔を出している。

小さな蒼い蝶ネクタイを添えて。

下はダークブラウンのスラックスに、レザーのブーツだ。


歳の割に大人びた装いだが、そんなに違和感は感じないな。

きっとお兄様の人徳みたいなのが滲み出ているせいだろう。

グレンをいじって遊んでいると、浮かない顔の天使様がやってきた。


シルヴィアはというと薄青色のワンピースだ。

スカートの裾がフワリと広がっていて、縁の部分は繊細なレース仕立てになっている。

胸元には緑色のバラの形をしたリボンが飾られていて、絹のツヤが光を上品に反射している。

足元は純白のタイツに新しい靴で、新品で歩きにくいせいかモジモジしていた。



「お、シルヴィアもかわいくしてもらったな」

「ねぇおとさん、テーエンにいくの?」

「ん、行きたくない?」

「んっとね、イヤじゃない。イヤじゃなけど、いかなきゃダメ?」

「そうだなぁ、行くって約束しちゃったからな。何か変なことされたらすぐ帰ろうか」

「うん。こわかったら、かえろ?」



やっぱりプリニシアとグランニアには難色を示すか。

前にプリニシア城に行ったときはここまでじゃなかったんだが、何が琴線に触れたんだろう。

今回は寄り道はせずに、くっちゃべって飯食って帰るとするか。



準備を終えたオレたちは待ち合わせ場所に向かった。

豊穣の森から少し離れた、プリニシア領南端の村だ。

村の近くまで飛んでいくと、入り口付近に似つかわしくない一団を見つけた。

相手はもう到着していたようだ。



「魔王様、お久しゅうございます。このような辺境までご足労いただきまして……」

「あー、気にしないでくれ。オレたちはタダ飯食いに来ただけだから」

「フフフ。本日は宮廷の料理人に腕を奮わせますので、お気に召していただけるかと存じますわ」

「ハッハッハ、オレたちはみんな貧乏舌だ。お城の料理なんて腹が驚いて受け付けないかもな」

「それはさておき、こちらにお乗りください。お話はまた後ほどゆっくりと」



そう案内されたのは4頭だての大きな馬車だ。

幌のついてないタイプのもので、座席部分は広く優に10人は座れそうだ。

これ、汚したり壊したりしたら弁償なのか?

みんなお行儀よくするんだぞ……って、ミレイアはなんで急にお菓子を食べ始めてるんだ?



「ミレイア、これから食事なんだから我慢しなさい」

「魔王様、これはお腹が減ったからではありません。嫌がらせなのです」

「それはオレに対してか? それともプリニシア?」

「もちろん、プリニシアです。女王からはとても嫌な臭いがします」

「フフフ、嫌われてしまいましたか。子供には好かれる方なのですが」



急に戦いが始まったぞ。

少女と女王の睨み合いが。

ミレイアがここまで敵意をむき出しにするなんて珍しい。

今日は女性陣、特に子供達の機嫌が良くないな。


馬車をしばらく走らせると、草原のど真ん中で停車した。

促されて降りた先には、大草原の中にポツンとテーブルが置いてあった。

20人は歓待できそうな大きなテーブルには純白の布が敷かれている。

テーブルの中央部分にはピンクを基調とした花や、深緑のツタ、青色の小瓶などで華やかに飾られていた。

それを眺めて少女2名は感激の声をあげて駆け寄っていった。



「王城のような肩の凝るような場所がお好きでないと聞きましたので、普段の暮らしに近そうなコンセプトにしました」

「ああ、正解だと思うぞ。子供達の機嫌もだいぶ良くなったしな」



はしゃぎながら席に着いた二人は足をバタつかせて大興奮だ。

こちらとしてもムクれっ面をされるよりずっと気がラクだった。

テーブルから少し離れた場所に、簡易の調理場のようなものが用意されていた。

きっと今日限りの代物だろうにここまで準備したのか。

これが王族の接待というものか、恐ろしい。


着席してから時を待たず、料理が運ばれてくる。

前菜に始まり、スープや魚、肉料理の数々が豪勢に食卓を彩っている。



「うまっ!この肉メチャクチャ美味いです。噛まずに口の中で溶けちゃうなんて、本当にこれお肉なんですか!」

「このグラタン美味しいわね、うちのとミルクが違うのかしら? コクが全然別物ね」

「そういやエレナは貴族出身だったよな。いつもこんなメシ食ってたのか?」

「いや、ここまでのものは公爵以上の身でないと。私の家はそこまで裕福ではなかったからな」



マナーもくそもない食事風景に終始した。

王女が料理の説明をしてくれたが、聞いてたやつが何人いただろうか。

小難しい話が耳に入らないくらい楽しんだ、と解釈してくれればいいが。

ひとしきり食べ終わるとお茶が出された。

もちろんうちで使ってる茶葉なんか比べ物にならない上等な品だろう。



「それで魔王様、輿入れの件ですが」

「ゴフッ!」



しれっととんでもない話持ち出しやがって。

今までに何度も持ちかけられ、その度に断っていたのだが。



「何度も言わせるな、もうこれ以上誰かをうちに入れる気はないんだ」

「そう仰らずに。躾も十分施しましたのできっとお役に立てますよ」

「役に立つとか言うが、結局自分らの保身の為だろう?」

「短的に申し上げれば、そうでしょう。ですが、魔王様にとっても悪い話ではないはずです」



パンパンと両手を女王が叩くと、先ほどの給仕の一人がやってきた。

15歳くらいの少女だ。

ただのメイドにしちゃ髪や肌が綺麗だと思ったが、もしや……。



「シャーリィ、魔王様にご挨拶を」

「ご高名な魔王様にお会いできて光栄ですわ。私はシャルロット・プリニシアと申します。お噂の通りステキな殿方ですね」

「ん、肩書きが無いのか? 王女なんだろう」

「私は未熟者のため、正式な役目をいただいておりませんの。お恥ずかしい限りで」



ほぉー、聡明そうな娘さんだな。

紹介ありがとう、じゃあ君もう帰っていいよ。



「肩書きについてはぜひとも、魔王の正妻 を頂戴したいですわ」

「はぁ?!」

「む?」

「んんーー?」

「何か怪しいと思っていたら……正体を現しましたね」



うちの3人娘+1少女が色めき立った。

瞬く間に場が荒れはじめる。

この話題は本当に勘弁してほしい、面倒しかないんだ。



「正妻が無理でしたら側室でも。親の立場としては遊び女……というのは避けたいのですが」

「やめろ、オレが女にだらしないように聞こえるだろ」

「存じております、魔王様は女性にもお優しいお方と。うちのシャーリィもぞんざいに扱うはずがない事も」

「魔王様、どのような試練にも耐えてみせます。どうか私をお側で仕えさせてください」



お、今どんな試練でもって言ったぞ。

じゃあこういう面倒事はアイツに任せようか。



「わかった、シャルロットと言ったな? お前に試練を与えようじゃないか」

「わかりました、何なりとお申し付けください」

「レジスタリアの街にうちの宰相がいる。クライスと言う男だ。そいつの職場で下働をしてもらう」

「それが花嫁修行なのですね、承知致しましたわ」

「後で迎えを寄越すから、詳しくはクライスから話を聞くように」



よし、これで万事解決。

全部あの鬼畜眼鏡野郎に任せよう。

アイツはツラだけはイケメンだからな。

うまくいけばシャルロットとくっつくかもしれない。

クライスはプリニシア女王に並々ならぬ敬意を抱いているから、この子を丁重に扱うだろうしな。


アテが外れたせいか、プリニシア女王は微妙な顔を扇で隠していた。

メシ食わしてもらった恩を返せず悪いな。

この問題ばかりは譲歩する気がないから、早いところ諦めてくれ。


まっすぐなシャルロットの瞳が痛いけれど、これも必然の選択だと自分に言いきかせた。

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