第81話  希望の炎

レジスタリアの防衛戦は一進一退だった。

敵方の400人近くは打ち取っただろうが、まだ半数以上残っている。

恐怖を感じない兵は士気も下がらないんだろうか。

攻める動きに乱れはなかった。


こちらはというと死者そのものは少ないが、戦線離脱をしたものも合わせると50名を数える。

怪我を負ったものも含めると、全軍の半数近くにも及んだ。

まだ防衛戦を維持できているが、敵の強さと先の不透明さから士気は下がる一方だ。

さらに魔法部隊の離脱も痛かった。

リタは戦闘不能になることを危惧して、一日のうち魔法の使用回数に制限をかけている。

他の一般兵はというと、連日の魔力の使用で枯渇状態が続き、起き上がることすらできない。

非常時にリタに助けてもらう状態になっており、実質近接部隊だけで戦っていた。


当然のことながら、魔法兵の離脱も兵の不安をかき立てている。

士気の低下は、夜の休戦時間に顕著に表れた。



「あぁ・・・オレ達はここで死んじまうのかな。小隊の連中はみんな死んじまったしよ。」

「なあお前、グランニアの野営地を見たか?こっちにどんどん近づいて来てるぞ。」

「ああ、それなら知ってるよ。最初は森の側に野営地を作ってたが、今じゃ城壁のすぐ側まで来てるって。」

「ひょっとして・・・今まで夜襲がなかったけど、近々夜も仕掛けてくるんじゃあ?」

「知らねえよ!あんな奴らの考えてることなんか分かるわけねえだろ!」

「魔王様!助けてください!このままじゃみんな殺されちまいます!」



  魔王様、我らをお助けください。

  まだ死にたくない、死にたくないんです。

  魔王様。どうか御慈悲を、御慈悲を・・・。



堰を切ったように兵達から泣き言があふれ出した。

胸に抱え込んでいる不安や恐怖が限界に近いのだろう。

口々にアルフへ助けを求めている。

気持ちはわからなくもないが、私は心を鬼にした。



「馬鹿者が!守る側であるべき人間が一方的に庇護を求めるなどと、戦士の風上にもおけんぞ!」

「・・・隊長。」

「お前達がこの街の最終ラインだ、ここを抜かれれば守るものは何もない!子供も、妻も、年老いた親も、みんな殺されるぞ!お前達が守りたがっているもの全てが泡のように消えてしまうんだぞ!」

「・・・そりゃ、そうなんですが・・・。」



みんな一斉にうつむいてしまった。

中には泣き出している者まで居る。

闘争心に火を点けようとしたが、失敗したようだ。

やはりこういったことは不得手だな。



「・・・ったく、籠城戦てやつは辛気臭くってかないませんな。」

「アーデン?」

「おいてめえら!面白ぇもん見せてやるよ。防壁の上に登んな!」



誰一人得心のいかない表情で防壁の上に集まった。

私もそうだが、リタも話が見えていないようだった。



「おい、あいつらを見ろ。あんな近くにまで野営地を引っ張ってきやがって。オレ達をなめきってる証拠だ!」



足元にはどこからか用意した巨大な樽があった。

一人でこれを持ち運んだのだろうか?

5人がかりで動かすような代物を。



「これはオレからグランニアの皆様への奢りだ。たっぷり味わってくれよ?」



そういってアーデンは用意した巨大な樽を持ち上げた。

体からは魔力を使用している光が輝いている。

恐らく技能を発動させているのだろう。



「さぁお前ら、祭りを始めるぞ!一番遅れた奴は便所掃除だからな!」



ブォン!



異様に重い音を立てて樽が宙を舞う。

しばらくしてその樽は地面に落下して、かすかな地響きとともに大量の液体をばら撒いた。



「弓!」

「は、はい!」



アーデンは火矢をつがえて撃ちはなった。

夜の海を泳ぐように飛来した1本の矢。

それが落下したかと思うと、大地が赤く染まった。

その赤い炎はみるみる広がっていき、まるで昼間のような明るさになった。

全身が火に包まれた者が暴れまわり、まだ燃えていない兵やテントに火が移っていく。

警戒を怠っていたのか、敵陣は大混乱に陥っている。



「ハッハッハ!見ろよ、火だるまになりながらのダンスたぁ・・・ゴルディアでもお目にかかれねえぜ!」



妙に上機嫌なアーデンが気になるが。

今ちょっとハイになってる状態なんだろうが。



「いいか、お前ら。敵さんがどんなに強かろうが、死ぬんだよ!最初に燃えてたやつなんか全員くたばってるだろうが。泣き言いう暇があったら一人でも多く殺せ!お前らが頑張るほど戦いは早く終わんだよ、わかったか!」

「はい!」

「わかったらボサッとすんな!矢をたっぷり味あわせてやれ!」



さっきまで泣き言を言っていた兵がみるみる元気になっていった。

さすがに直属の上司なだけある。

私のような急にやってきた指揮官とは違い、呼吸を弁えていた。



「アーデン殿、助かった。私は鼓舞するのがどうも苦手でな。無能な指揮官だ。」

「いやいや、とんでもないですって。エレナさんは前線にも出るし決断は早いしで、兵達からの人気は高いんですよ?」

「全くそうは感じないのだが?」

「ある意味オレなんかよりずっと慕われてますよ、なんというか戦う聖女様みてえに。」

「それにしてもアーデンさん、やるじゃない。かっこよかったわよ?」

「うむ、あれには胸がすいた。私も格好良かったと思う。」

「あ、いやいやいや。そんな大した事してねえですって、デュフフ・・・デユフフフフフ。」

「これさえ無ければね。」

「ああ、これさえ無ければな。」



兵達は我先にと弓矢を撃ち込んでいる。

どこの隊のダレソレが一番遅かった、便所掃除だ、などと笑いあいながら。

どうにかここの戦線は持ちこたえそうだ。


アルフ、どうか無事でいてくれ。

ここを凌いだらすぐに救援に向かう。



私は暗くなった森の方を眺めながら、小さく呟いた。

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