第59話 O TO SHI MA E
オレたちは縄でふん縛ったこの巨大なゴミの処理に悩んでいた。
ただのゴミならいいが、喚くし、死なないし、ひどく面倒だ。
オレは鎧の神に、神の殺し方を問い詰めようとしたその時。
部屋の中空に大きな歪みが生じて、強い魔力の力が近づいてきた。
強さとしては、リタに匹敵するくらいか。
どこか優しげで敵意を感じないものだったが、今までの流れから油断するわけにもいかない。
「おお、この力は月明様!なぜこのような場所に?」
「ガイジンどもめ、月明様が来られればもうこっちのもんじゃ!楽に死ねると思うな!」
狼狽える鎧に、途端に調子に乗る灯籠。
灯籠はフラグって言葉を知ったほうがいい。
どっかの咬ませ犬のテンプレみたいだから。
空間の歪みからは、人間の女らしき者が周りにさざ波を立てないように、控えめに魔力を集めて具現化した。
身なりや装飾品に所作からは気品が漂い、両目は白眼がなく黒目しかない事以外は、普通の人族の女だった。
ゲツメイ様とかいう人物だ。
この辺りの親玉か何かだろうか。
「月明様!お助けくだされ、この者共は神をも恐れぬ悪鬼にございます!」
「ほう、鬼・・・とな?」
ゲツメイはそういってゆっくり灯籠に近づき、縛っていた縛めを解いた。
それを見てすかさず身構えたオレたちだったが、その心配は不要だった。
より強靭で威圧感のあるロープで、灯籠ががんじがらめに縛られたからだ。
「月明様!何をなさる!」
「このたわけが!妾の目を騙せると思うたか!神々の面汚しめ!」
「そ、そのようなことは、決して!決してぇ!」
「そなたは妾に誓ったばかりであろう。二度と浮世の人々に悪さをせんと。だから封印も100年を機に解いてやったというのに、その舌の根の乾かぬうちに!」
「ヒ・・・ヒィィイイ!」
なんか始まったぞ。
マジで他所でやれよ。
オレたちは風呂もメシもまだなんだが。
近くで平伏して土下座スタイルの鎧に聞いた。
「封印って、コイツなにやらかしたんだ?」
「嫁に逃げられた折に、何を血迷ったか人間の女子を攫いましてな。5人ほど・・・。」
「この国じゃ神が直接人間にちょっかい出すのか?」
「滅相もない!職人の道具や作物などに宿っては恩恵を与えるのが我らでございます。」
「目の前に張本人がいるんだ、説得力ねえからな?」
「返す言葉もござらん。」
ちなみにその5人ってのは、若い女どころか幼い少女だけだったとか。
幸い救助が神がかって迅速だったため、全員無事だったそうだが。
オレを始め女性陣ドン引き・・・、話を理解していないシルヴィア以外が。
標的にされかねない年齢のミレイアは、灯籠をゴミを見るような目で見下ろしていた。
「んでたまたまオレらに絡んで来たって話か?」
「恐らくじゃが、灯籠の悪評は下々にまで行き渡ってしまいましての。この国のもの、特に女は相手にせんのです。客人のような異邦人であれば上手く騙せると考えたのやも。」
「んーー、アルフ。私ちょっと思ったんだけど・・・。」
「なんだリタ?まぁオレもちょっと思うところはあるが。」
「これ、今回私たちだから撃退できたのよね?もし一般の人族の一家とかだったらどうなのかしら?」
「もちろん子供は攫われる、抵抗したら殺される。この国は旅行ひとつできん危険な国だと言うことになるな。」
例えばこの国の危険地帯にのこのこ出張った結果のトラブルなら、まぁこちらも文句は言えない。
だが今回は、天下の往来を進んで宿に来ただけだ。
これだけで子供を奪われるのだから、オレの知ってる中でトップ3に入る危険地帯だ。
この事実を軽く扱うわけにはいかない。
「近々ヤポーネとは国境を封鎖する必要があるな。帰ったらヤポーネに滞在しているレジスタリア人を戻すように指示しとく。」
「あーー、クライスさんにまた仕事が増えちゃうのね。でもこれは仕方ないわよね。」
「お待ちあれ客人!何やら穏やかでない話が、今・・・?」
「あ?だからこの国は治安に大問題があるから、うちの奴らに入れないようにするって話。」
「・・・妾の思い違いであったなら謝罪致しますが、もしや隣国の領主殿、或いは覇者殿では?」
「まぁ、森の魔王とか呼ばれてるモンだ。」
サァーーーッて音が聞こえてきそうなほど、わかりやすく血の気の引いていった3人。
一応こんなんでもオレたちは国家元首御一行なワケで。
その御一行に無理難題吹っかけた挙句、攻撃しちまったからな。
これはもう立派な宣戦布告であり、国際問題って事ですわな。
「と、と、灯籠!貴様なんという事をしでかしてくれたのじゃ!」
「ワシは悪ぅない!こんなアホ面が領主など誰が思うものか!」
「この国の人民に何かあってみい!活気が弱まればワシらなど消えてしまうのだぞ!」
「そのような事言われるまでもないわ!こんな下手を打つつもりなぞ無かったんじゃ!これは事故なんじゃ!」
どうあっても自分の非を認めないらしい、この老いぼれは。
そうやって強弁するほど、立場が悪くなっていくとは考えないのか?
お前自身も、お前と同じ存在の神も、この国の人々も。
はっきりいって、今この国に対する評価は最低ランクだからな。
聞くに堪えんと思っていると、ゲツメイが先に動いた。
電撃のような光を発して、灯籠を戒めてるロープに強い魔力が篭った。
「そなたの言を信じた妾が愚かじゃった。その悪行は許し難い。100年の封印なんぞでは到底釣り合わぬ。」
「げ、月明様?」
「契約に妨げられ、簡単にそなたを殺せぬのが口惜しい。だが、封じることは許されておる。故に此度は1000年の封印を施す。」
「1000年も封じられては、私のようなものは消えて無くなってしまいます!」
「懺悔の気持ちがあれば、堪えられよう。今の気持ちのままでは200年持たずにかき消えるであろうな。」
「月明様、お待ちを!どうかお慈悲を・・・お慈ひ」
パチンと手に持った扇型のウチワを閉じると、灯籠の奴がどっかに吸い込まれていった。
珍しい魔法を使うなー、と他人事のように感じてしまった。
「隣国の領主殿、水に流してくれとは申しませぬ。どうか、どうか今一度猶予をいただけませぬか?」
「猶予たってなー。この国に来て真っ先にアレだぞ?」
「極々一部に不届きものが居りますが、他の神々は概ね心優しく、それはもう気の良いものばかりで。」
「いやぁー、オレとしては今すぐにでも帰りたいんだがな。」
もう帰りの船は無いけどな。
オレとアシュリーで飛んで帰ればいいだけの話。
休暇の残りは海で過ごせばいいし、ここに居る理由が今の所無い。
「そこをどうにか・・・。お詫びにもなりませぬが、こちらをお持ちくださいまし。」
「なんだよこれ、魔道具か?」
不思議な力の篭った腕輪だ。
ほのかな魔力を感じる。
罠というか、嫌な感じはしていない。
「それを身につけていれば、この国を行く先々で歓迎を受けましょう。草花の神や木々の神、湖の神などはお子も喜ばれるかと。」
「お花さんにもカミサマがいるの?こわくないの?」
「ええ、それはもう美しい女神で、きっと気に入っていただけますでしょう。」
「おとさん、シルヴィお花のカミサマに会ってみたいの。」
被害者本人がそう言うんだったら、受けるしかないか。
こんな危険な場所にシルヴィアを一晩だって置いておきたく無いが。
「ゲツメイ・・・だったか。その提案を受けよう。せいぜい悪さが起きないように目を光らせておけよ。」
「承知いたしました。決してご不快な想いはさせませぬので。」
こうしてヤポーネに対する処遇は保留となった。
たった一人の蛮行が、あわや国を窮地に追い込みかけたという稀有な例だった。
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