第43話  杜撰な下準備

さぁさぁ、旅が始まりましたぞ。意気込みはいかがですかな、勇者殿。」

「やっぱり勇者的には、伝説の剣とか見つけて魔獣とかバッサバッサやりたい感じですかー?」



人の気も知らないで、お供の二人はえらく上機嫌だ。

もう百回くらい勇者じゃないって伝えてるんだが、びっくりするくらい話を聞こうとしない。

もう追い詰められて、会話にむりやりねじ込むようにしてもダメだった。

「あーそうなんですか、まぁオレは勇者じゃないんですけどねー。」

なんて具合に散々伝えてるんだが、どういうわけか微塵も伝わってない様子だ。



都合の悪い話は聞こえない呪いでもかかってんのか?



「ハァ、そういえば武器をもらえるって聞いてるんですけど・・・。」

「え、あー。そうでしたな、早速お渡ししましょう。」



お前忘れてただろ?

オレの命綱なんだから、しっかりしろよ! 



そういって渡してきたのは木の棒だった。 

本当に普通の、そこら辺から拾ったような木だ。

木刀ですらない。

聖なる力がーーって逸話もない。

本当に長さが丁度良いだけの木の棒。



ハァ?!



「ちょっと、こんなもんで身を守れって言うんですか?!」

「勇者殿であれば、そこらの小石でさえ立派な武器になると聞いております。木の棒でも魔剣のように扱えるでしょう。存分にお使いあれ。」



だ、か、ら、村人だっつってんだろ!

殺されてえのか!!

オレなんかじゃ殺せねえけど、マジでどうにかしてやりたい!

木の棒って有り得ねえだろ、せめて扱いなれてる草刈り鎌あたりを持ってこいよ!



「もうムチャクチャじゃないですか!せめて鈍器か刃物を用意してくださいよ!」

「勇者殿、武器もタダではないのですぞ?それとも十分な金品をお持ちかな?」

「い、いや。突然のことだから持ち合わせは全然・・・。」

「では、諦めるのですな。」



ワガママは勘弁してくれと言わんばかりの仕草が頭に来る。

ここまででオレに落ち度はあったのか?!

攫われるように連れてこられたオレが、丸腰の無一文で何がおかしいんだ?



「ボヤボヤしていてはいけません。ほら、そこにグリーンスライムがおりますぞ。」

「確かにいますけど、大きな声出さないでください。気づかれるでしょうが。」 

「何を呆けたことを、これから大事を成すお方がそんなことでは困りますぞっと!」



オレは背中を強く蹴られて吹っ飛ばされた。

普通蹴るかよオイ!

足をもつれさせながら前に出るオレ。

つうかこの方向はスライムの前だ。 

マズイマズイマズイ!



グリーンスライムはたしかに弱くて村人でも倒せるけど、それはちゃんと対策か相応の武器を用意しての話だ。

しかも二人がかりで倒したりするのに、オレは一人の上に棒切れしか持ってねぇ!

スライム系は動きはトロいが攻撃が危険だ、体内の酸で溶かしてくるからだ。



これって、危なくなったら助けてくれるんだよな・・・?



チラリとそちらに目をやると、それなりに遠目の場所に座ってこっちを眺めているだけだ。

助けに入る気配は全く見せてない。



クソックソッ!

自力で何とかするしかない!



オレは逆手に棒を持って突き刺すように降り下ろした。

刺さるかと思ったその棒は外れて、地面を鳴らしただけだった。

コイツ、瞬間的には早く動けるのか!



攻撃を避けたスライムは間髪をいれず、グニャリと体を歪ませてから飛びかかってきた。

突然の事に避ける暇すらなく、スライムの攻撃を直撃してしまった。

体で覆い被さるようにして飛んできたスライムは、体内の酸を使ってオレの体を溶かしてきた。



熱い!熱いーっ!



腕に絡み付かれて、そこから徐々に感覚がなくなっていく。

酸で溶かされてるのか、嫌な音と臭いが辺りに広がる。

なんとか腕を降り、体を動かして離そうとするけど、まったくその気配はない。

このままじゃ腕が、いや腕だけじゃなく食い殺されるんじゃないか?!



焦ったオレは、辺りに何か突破口がないかと見回した。

すると、すぐ側にいびつに尖っている、大きめの石があることに気づいた。

これだ、これしかない!

オレは一切躊躇せずに、その石に向かって腕から体ごと飛び込んだ。



見事に石がスライムの急所に直撃して、オレの体重によってそれは深く深く突き刺さっていった。

すると急所をやられて体を維持できなくなったのか、ドロリと落ちて、地に這いつくばった。

緑色の水溜りのように。



動く気配は・・・ないな。

戦闘終了だ。



あの石が無かったら最悪死んでいたかもしれない。

慣れない荒事を後に、つい呆然としてしまったが腕の痛みで覚醒する。

すぐにでも回復してもらわないと。



オレはいまだに座ってノンビリしている二人を睨み付けながら、危なげな足取りで向かった。

緊張の糸が切れた為か、シャレになってない痛みのせいか、うまく歩けない。

一人はヘラヘラ締まりのない笑顔を、もう一人は水晶のようなものをこちらに向けている。

こいつら・・・ワザと怒らせるようにしてないか?



「あの、回復!できるんですよね?!」



オレは怒りを隠さずにそう言った。

我慢ももう限界だったからだ。



そうして次に発した魔術師の男の言葉には、本当に耳を疑った。

コイツらとの旅で忘れられないものの一つだ。



「アハハー、おっきい声ださなくてもやってあげるよー。一回で銅貨5枚ねー。」



そのとき、世界が凍った。

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