第42話  全てのはじまり

オレは今とんでもないところにいる。

昨日までの自分だったらきっと信じないだろうな。

グラリニア帝国の皇帝の前にいるなんて。

半ば強引に連れ去られ、あれよあれよという間に謁見の間に連れてこられた。

オレはというと、明らかに場違いな格好で、汚れて擦りきれた服を着ていた。

回りをみやると、輝かしい剣に鎧に、絹や宝石によるきらびやかな服に、一面曇りのない大理石という、視界の中にオレと近しいものは何一つなかった。



そこには皇帝以外にも強そうな護衛の騎士やら、偉そうなおっさんやら並んでいるが、全員がオレよりも遥かに強い存在だ。

社会的にか、物理的にかの違いはあれど。

そんなヤツらが一斉にオレのことを見ているのだから、並みの神経じゃ立ってることもできないだろうな。



「直答を許す、勇者よよくぞ参られた。名をなんと申す?」

「え、ゆう・・・?えっと、アルフレッドです。コーエン村の。」

「アルフレッドか、善き名じゃ。伝説の勇者の血を引くものに相応しい。」

「え、いや、オレ・・・私はただの農夫ですよ。勇者って言われても何のことでしょう・・・か?」



実際にオレは何の変鉄もない村人だった。

偉くも強くもなんともない。

剣も魔法も技能だって使えない。

それどころか戦闘経験すらない。

本当に根っからの農夫で、今日も畑に出ようとしてたら、いきなりここに連れてこられたんだ。



そのオレに向かって勇者って、なんの冗談だよ?



「ハッハッハ、『今回の』勇者殿は良いな。ユーモアを理解しておる。」



周りも揃って笑い出す。

いや、アハハじゃなくてさ、人違いならもう帰してほしいんだけど。



「さて勇者よ。そなたへの任務は、国境付近に居座る亜人どもの駆逐、討伐じゃ。」

「あ、あの」

「供のものを二人つけよう、騎士と魔術師一人ずつ。」

「すいません、話を」

「供のものより、当座の武器を受けとるがよい。それと多くはないが、勇者殿には国より給金も支払われる。」

「話をきいて」

「それでは行って参れ、戦果を期待している。」

「話を聞いてください!」


「勇者殿、ご出陣ー。」

「オレはただの村人なんですよー!」



屈強な男達に両脇を抱えられて追い出された。

オレの叫び声は、さながら死刑を宣告された罪人のようだったろう。

まぁ結果的には死刑と変わらんな、違いと言えばオレになんの罪も無いところか。



王都の門外まで連れていかれ、二人の人間に引き合わされた。

妙にゴツくて声のでかい騎士の男と、あらかさまなローブと杖の魔術師の男二人だ。

二人の名前は・・・忘れちまった。

他に忘れられないことが多すぎたせいかな。



「おう勇者殿!これより討伐の旅に出掛けましょう!」

「勇者さんー、回復と補助魔法ならまかせてねー。」



そんな会話から旅が始まってしまった。

こいつら二人に何度「勇者なんかじゃない」と説明しても、全く聞きゃあしない。

悪い夢でも冗談でもなく、これは現実なんだと改めて思い知った。



そして、地獄の日々は始まった。

まだ体力がある今のうちに逃げ出さなかったことを、オレは心から後悔することになる。

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