17-5



「……ねえ、試してみようよ」

「試すって、今からか?」

「だって、もう限界なんでしょ?」


 彼女は部屋のどこかにある布団を探しはじめた。相当乗り気のようだ。

 気乗りしないこちらを無視するように独り言を呟きながら部屋を見て回っている。

 それからほどなくして見つけ出した布団を両手に抱えた彼女が戻ってきた。


「もう一度聞くが、本当にやるんだな?」

「どうして? やっぱり私とじゃ嫌なの?」

「そういう意味で言ったんじゃない」

「じゃあ、なに?」

「いや、その、恥ずかしいだろ」

「今になってそれはないよ。ちょっとずるい。もしかしたら眠れるかもしれないんだよ。だったら、やってみなくちゃ」

「あ、ああ」


 一人で横になるのも窮屈な寝台に彼女が乗っかってきた。言われるがままにしていると、俺達はあっという間に一枚の布団の中に納まった。

 壁のほうを向いた俺の背中に彼女の手が触れる。頭がおかしくなりそうだ。


「……ねえ、こっち向いてよ」

「なんでだよ。それも必要なことなのか?」

「……うん。やるならしっかり再現しないと」


 なかなか決心のつかない俺の背中をしつこくつついてくるので、不本意ではあったが反対側を向いた。案の定、彼女の顔が目の前にあった。

 あまりの緊張で死ねるかもと思った。


「本当にこれで眠れるのか?」

「大丈夫。きっと眠れるから」

「お前が眠ると分からなくなるんだから、しっかり見とけよ」

「ちゃんと見てるから、安心して」

「ところでよ」

「なに」

「目、閉じてればいいのか?」

「そうだよ」

「このまま眠ってしまったら、どうする?」

「まだ夜じゃないから、起こすよ」

「起こせるのか?」

「頑張ってみる」

「すまないな。ゆすっても起きない時は叩くなり叫ぶなり好きにしてくれていい。とにかく、よろしく頼む」

「うん。任せといて」


 ゆっくり目を閉じると彼女の呼吸と体温が直に伝わってきた。

 首筋の辺りから流れてくる甘い香りが、脳の血の巡りを穏やかにしていく。


 全てが許された世界を全身で感じながら、黒い視界が静かに揺れた。

 呼吸を重ねるたびに時間が途切れていく。そこにあったものが身体からじわじわと落ちていき、彼女の温もりが、遠ざかっていった……



「おやすみ。メイル」



 ……。

 ……。

 ……。



 ……それは、苦しいという感覚だった。

 息ができないわけではないが、なにかに塞がれている感触が顔面に当たる。


 ……気がついた時には、燃えるような熱い唇に俺の唇は支配していた。

 声にならない呻きを発すると、それに気づいた彼女の顔が咄嗟に離れた。



「……起きるの早いよ」

「俺、眠っていたのか?」

「うん。とっても気持ちよさそうだった」

「無防備なやつに、なにしてんだよ」

「だって、好きにしてくれって言ったじゃん」

「あのなあ」

「それと、忠実に再現しなくちゃと思って」

「お前、まさか」

「へへへ。これがはじめてじゃないもんね」

「この、馬鹿野郎……」


 完全に弾けた。

 眠れるとか眠れないとか、もうどうだっていい。


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