17-6



 溜め込んでいたものの全てがどうでもいいように飛び散って、頭の中が目の前のものでいっぱいになった。

 マーマロッテの瞳が俺の目を見続けている。

 彼女は嬉しいような悲しいようなどちらとも表現できない微笑みを浮かべていた。


 そっと顔を近づけてみる。

 彼女の瞼が閉じられた。

 言葉にならない感情を爆発させるように唇を重ねる。

 そして彼女の腕は、激しく求める唇とは裏腹に、俺の背中を優しくなぞった。


「ねえ、抱きしめてよ」


 返事をするかわりにそうしてやった。

 はじめてのことだったので彼女の腕を下に通すか上に通すかで迷う。

 結局、下に通した。

 背中に回した右腕で彼女をそっと引き寄せる。

 すると息苦しくなるほど強く抱きしめられた。

 身体の中に入っている自分が吸い寄せられていくみたいだった。


「……メイル、汗臭い」

「今さらかよ。嫌ならやめるか?」

「ううん。これがいい」

「この、変態が」

「あとで洗ってあげる。いいでしょ?」

「勝手にしろ。そのかわり服は着ろよな」

「え? 駄目なの?」

「当たり前だろ。他にも人がいるだろうが」

「あ、そうだったね。忘れてた」


 二つに分かれていた気持ちが一つに戻ったことで、時間がもとの場所へと戻っていくみたいだった。

 心に背負った互いの傷が、唇を合わせることで消えていく。

 どこまで消えるのかを確かめたくて、俺達は何度もした。


「ところでよ」

「なに」

「お前、でかすぎなんだよな」

「でかい? なにが?」

「胸だよ」

「ああ、そうだね。確かにでかいね。へへへ」

「なんか、つっかえる」

「だよね。なんとなく私もそう思った。メイルは、嫌い?」

「よく分からない」

「小さくしたほうがいいの? だったら今度そうしてくるけど」

「で、できるのかよ!」

「どうだろうね。今度レインさんに相談してみる」

「い、いや、いいよ、や、やめとけ。これで十分だから」

「そう? じゃあそうする。あとでやっぱり、とかは反則だからね」


 寝ながらですると疲れることに気づいたので、起き上がって続けることにした。

 不慣れな両腕があちこち行くのが気に入らなかったのか、彼女の手は俺の腕を腰に固定させる。

 気恥ずかしい思いはしたが、触れられた手の感触の喜びのほうが遥かに大きくて、俺の胸の高まりはさらに激しく燃え上がった。


「ねえ」

「どうした」

「よかったね」

「なにが」

「願い、叶ったね」

「だからなんだよ」

「抱きしめられたじゃん」 

「お前、手紙読んだのか?」

「うん」

「よりによってそこかよ」

「へへへ」

「知っていたのか。ほんと、お前ってやつは……」

「誕生日のこと、覚えてくれてたんだね」

「ああ。あの時、祝ってあげればよかったな」

「たくさん泣いたんだけどね。別れるのがとっても辛かった」

「俺もそうだった。大事なものがなくなった気分だった」

「それじゃあ、あなたにあげる」

「え?」

「あなたの全てをもらったお礼に、私の全てをあなたにあげる」

「一度受け取ったらもう手放す気はないけど、いいんだな?」

「うん。だって私も返すつもりなんかないもん。それに、こんな宝物もう二度と手放せないよ」

「お互い様、というわけだな」

「そうだね」

「ありがとう。大切にするよ」

「ちょっとだけ壊れやすいかもしれないから、優しく扱ってね」

「ああ。そうする」

「……あのさ、メイル」

「ん?」

「私達、今日から生まれ変わろう」

「……マーマロッテ」

「だからもう、なにがあっても、離さないでね」

「……ああ、約束する」


 俺達はその後もずっと一緒にいた。

 風呂はさすがに断ったがそれ以外の時間は片時も離れなかった。


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