14-4



 今の状況と先代女王の話にどのような関係があるのか。貴重な時間を使ってまで話すのだから、きっと俺にとって重要なことなのだろう。

 期待して彼女を見ていると、柄にもない震えた少女みたいな声で、あのね、が漏れてきた。


「なにも言わずに聞いて頂戴。あなたは先代女王をたぶん一度も見たことがないと思うけれどそれには理由があってね、彼女はとても人見知りな人だったの。自ら進んで女王になったのに、自分は人の上に立つ器ではないからと都市の住民達に顔を見せようとはしなかった。恥ずかしがりやだったのね。面白いでしょ。でね、そんな彼女だけれど、昔好きな人がいたの。初めて出会ったのは今日みたいに大雨が降る日だった。仕事を終えて帰ろうとした彼女はその日雨具を持ってこなかったから、少しでも雨を凌ごうといつもは通らない森の中を走っていた。急いで帰りたかったし近道にもなると思ったのね。でもそこで傷ついた子犬を抱える男の人を見つけてしまったの。その人は今にも凍え死んでしまいそうな子犬を両腕でしっかり温めていた。当時動物専門の医者をしていた彼女は素通りすることができなくて、その人と一緒に職場へ引き返すことにしたの。子犬はお腹を空かして衰弱していただけだったから簡単な傷の手当をすればすぐに元気になった。でも今度は男の人のほうがわんわんと泣き出してしまってね、それを見ていた彼女は一瞬でその人のことが好きになってしまった……」


 倉庫の中は穏やかな時の流れに包まれていた。

 まるでこの空間だけが世界から切り離されているかのような感覚を覚える。


「それから二人は頻繁に会うようになって、自然と恋人同士になった。彼女はその人のことをとても愛してね、相手も彼女のことをとても愛してくれた。でも、運命がいたずらをして二人は離ればなれになった。彼女が愛した人は遠い空の彼方へ行ってしまったの。その当時彼女のお腹には子供が宿っていてね、無事に出産したのだけれど喜びを分かち合う人がいなくてあまり喜ぶことはできなかった。でもその子は愛した人にそっくりな男の子だったから、彼女はいなくなった人の代わりに自分の子供を命懸けで愛することにしたの。それで、すくすくと成長した男の子は、愛する人を失った彼女の悲しみを笑顔に変えてくれた。彼女はとても幸せだった。世界が平和を求めるように彼女も平和を求め、この星を心から愛せるようになったの……」


 だからなにが言いたいんだと問い詰めたかったが黙って聞くように言われたのでそのとおりにした。

 先代女王の話。……本当にそうなのだろうか。


「それから長い年月が過ぎて、彼女はこの世界の女王になった。それはとても長い年月だった。そして彼女は年をとりすぎてもいた。産まれた子供は男の子だったから、城の規則にならって女の子を産まなければならなかった。でも彼女はかつて愛した人以外の子供を産むつもりはなかった。そこで悩んだ女王はある決心をした。自分の身体を複製してそれを我が子にしようとしたの。初代女王もかつてその方法をとったことがあると昔聞いたことがあった。複製した人間をクローンと呼んでその身体に世界を支配させていた時代があることを知っていた彼女は、この時代に三人のクローンを産んだ。そう、あなたが知っているあの子がそのクローンの一人だったの……」


 レシュアは先代女王のクローンだった。

 彼女が翳りを見せていたのは、きっとそのことを気にしていたからだ。

 それならそうと、言ってくれればよかったのに……


「ここから先の話はとても言いづらいけれど勇気を出して言うわね。それは彼女達三人が生まれる少し前の朝の出来事だった。城のすぐ近くの空を眺めていると正体不明の飛行物体が高速で落ちてきて、女王は急いでその場所に行ったの。そこには古代文明の機械のような物体が地面にめり込んでいて、その中を調べると人間が『二人』入っていた。彼らは私達と同じ言葉を話せて、しかも女王のことも知っていた。もっと話を聞いてみると彼らの機械を傷つけたのは地球に近い宇宙空間から監視している巨大な物体だということが分かった。女王は彼ら男女二人組を秘密裏に城へ招き入れて自分の側近に置いた。具体的な理由は想像に任せるわ。結果から話してしまうと、地球を監視していたものこそが今のカウザだったというわけ。つまりね、その時から戦争が起こることは事前に予想できたことなの……」



 ……やっぱり全部知っていたんじゃないか。

 ……まあ、今さらそんな事実を打ち明けられても、もう遅いが。


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