14-1 メイルside つつましき慈愛 / a confession booth
レシュアの手は真っ白く爛れていて皺だらけだった。まだ十九年しか生きていないにもかかわらず、彼女の手はその人生を閉じようとするかのように枯れ果て、くたびれていた。
傷が癒えないうちに新しい傷を作る。それを繰り返した結果だろう。
無残な状態だったが、とても勇敢な手だった。
どんなに強く握っても反応はない。シンクライダーが投与した睡眠剤がよく効いているみたいだ。
寝息もそれなりに安定している。
とにかく、大事に至らなくてよかった。
レシュアを蝕んでいたのは心臓だった。
先天性の機能不全が原因だったとシンクライダーは語る。普通の人間であればとっくに死んでいてもおかしくない状態で、悪化の進行度から推測して、もって二、三日、運が悪ければ明日にも完全に機能しなくなるとのことだった。
さらに、俺の血の力をもってしても好転は望めない状態なのだという。シンクライダーにはキャジュの輸血の際にこの身体のことを打ち明けていた。
食事を終えたシンクライダーはキャジュと共に医療室に戻り、すぐさま施術の準備をはじめた。彼女の延命のために人工臓器を取りつけるらしかった。
キャジュのほうを覗くと彼女は単独でなにかの作業をしていた。レイン達が毎日回収し持ち込んできた機械の残骸の一つ一つを手にとって確かめている。
レシュアの落ち着いた寝顔を念入りに見定めてから、俺はシンクライダーを呼び出すことにした。
「どうしました。急変しましたか!」
「いや、レシュアは大丈夫だ。それよりも、ちょっと表で話さないか?」
キャジュは一瞬怪訝そうな顔を見せたが構わず部屋を出る。シンクライダーが続いて退室するのを見定めて、俺はすぐに扉を閉めた。
「大切な話みたいですね。目を見れば分かりますよ」
俺はシンクライダーにある提案をした。
そこに至るまでの経緯を説明する時間はなかったので、単純にレシュアに対する思いを伝えることにした。
「本当に、あなたはそれでよいのですね?」
「ああ。で、何時からはじめる予定なんだ?」
「可能であれば三時間後の午後八時に決行したいと思います。問題はありませんか?」
「あんたこそそれでいいのか? 一から考え直さなくちゃならないんだぞ」
「あなたに比べたら長すぎるくらいですよ。もっとも、そうしないように準備はするつもりですが」
「迷惑かけたな。もっと早くに言っておくべきだった」
シンクライダーは俺の肩に軽く手を置いて寂しそうな笑窪を作る。
不器用に首を横に振る仕草がなんとも彼らしい慰みに思えて、俺の心は真っ直ぐに響いた。
「メシアスさん」
「なんだ?」
「僕、おそらくキャジュに話してしまうと思います。一応、先に言っておきます」
「気を遣わせて、すまない」
「まあ、一度くらいは大喧嘩してみるのもよいかもしれませんよ」
「ああ、そうだな」
医療室の入り口の前でそのまま別れた俺は、ひとまず製造区域に足を運んだ。前にレシュアと服を作った時に置いてあった『ある物』をもらいにいくためだった。
久しぶりの訪問で緊張したが、皆は笑顔で迎えてくれた。
「いきなりで申し訳ない。型紙と筆記具をもらえないだろうか」
予想どおりに変な顔をされたので使用目的を簡単に説明した。すると一人の年長の女の人が快くそれに応じてくれた。
どうやらその人も若い頃に同じ経験をしたことがあるらしい。たくさんあったほうがいいからと服一着分に使う量の型紙をもらった。
感謝の言葉を伝えると、頑張りなさいよという温かい声が返ってきた。
倉庫に帰るまでのついでに各区域を回って知っている人に軽く挨拶をした。長話はできないので早々に済ませておく。まだ知り合って間もない人達ばかりだったが、皆が自分を家族のように思い慕ってくれた。
助け合って生活することがいかに大切であるかを教えてくれたのは彼らだった。もちろん爺さんからもたくさんのことを教わった。しかしそれ以上のなにかをここに来て教わったような気がする。
他にももっと教えてほしいことはたくさんあった。でも今はやり遂げなくてはならないことがある。たとえそれが明日の自分を放棄することになっても、この気持ちは最後の瞬間まで貫きたいと思う。
「本当に、ありがとうございました……」
俺はこれまで支えてくれた恩人達に深く頭を下げて、その場をあとにすることにした。
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