13-4



 この身体が朽ち果てるまでは自分を必要としている人のためにこの時間を捧げる。それが人生を終える前の理想の姿そのものだった。

 都市に住む人達の笑顔を守り続ける。誰かのためにできることは戦うことのみであり、戦場で果てることが私の本望だった。



 ……だがそれも、今日で終わるかもしれない。



 居場所がいよいよなくなる瞬間が来るのかと思うと、目の前がほのかに輝いて、知らない誰かが近づいてくるような気がした。

 寂しさを忘れた、悠久のきらめきに導かれるように吸い込まれていく意識の集合が、愛で満たされたその指先に触れて、全身が涙を流しているように光り輝く。


 その日の夜は死んだように眠った。

 こんなに気持ちよく意識を落とせたのはいつぶりだっただろうか。

 もう分からないくらいに久しぶりのことだった。



 翌日、医療室に行くといつもと変わらない声の挨拶だけが返ってきた。ロルのほうを見るとすごい剣幕でこちらを睨みつけている。どうやら黙っていたみたいだった。

 レイン達は新しい武器の使い心地に気分をよくしていて、シンクライダーは絶賛する彼らの前で照れ臭そうに白衣の襟を弄っていた。


「ねえレシュア。今日の日課が終わったら久しぶりにやろっか?」


 ヴェインが鬼教育と呼んでいるあの手合わせのことだ。どういう風の吹き回しだろうか。たぶんばれているだろう私のから元気を一応気にしてくれているのか。それとも本当はロルから話を聞いているのかもしれない。

 ここ最近塞ぎ込んでいた彼女のご機嫌を損ねるのは現場全体の損失に繋がるだろうと思ったので、私はとりあえず相槌を打っておいた。


 キャジュは日を増すごとに女性らしい美しさを纏うようになっていた。笑顔に至っては実に自然で、見るもの全てを溶かしてしまうのではないかと思うくらいに眩しく映る。あの日以来鏡を見ることを忘れた自分の顔がどうなっているのかを思うと、もうキャジュとは別の世界の生き物だと想像がついた。

 穢れを微塵も感じさせないキャジュの美しい姿を目に焼きつけながら、心の底から祝福している自分がいることに感心した。人知れず葛藤していた殺戮の怪物への拒絶と決着をつけられたような気がして、はじめて自分らしさを手に入れられたのだと、ようやっと確信に行き着いたのだった。


 シンクライダーから機械兵飛来の報告を受け、いつものように戦場へ赴く。今日は昨日のような失敗はしないと心に決めていた。

 最後の戦闘が手を抜いたものであってはならない。一日一日を全力で終えなければ今までの全てが無駄になる。仲間の標的を横取りしてでもやりきろうと思った。



 戦場には、大粒の雨が降っていた。



 ロルは相変わらず苦戦している。

 手が空いたので速攻で始末してあげた。

 感謝されただろう言葉を聞き流して次々と襲いかかる敵を掴み、捻っていく。



 そして、最後の一体が残った時だった。



 急激な胸の痛みとともに目の前が薄暗くなっていった。

 膝を突いたかどうかも分からないまま、視界が全身の寒気に連動して色彩を奪っていく。

 意識がなくなりそうになる寸前、私は無意識に言葉を発していた。



「……メイ、ル」



 これが最後の声になるのだろうか。

 このまま死んでしまうのがとても怖かった。

 死ぬ瞬間の孤独の恐怖が、顔に吸いついてきそうな距離まで寄ってくる。



 せめて、温もりが欲しかった。

 ……。



(レシュア!! ヴェイン!)

(姫!!!)

(急いで医療室に運んで!!)

(駄目だ! あんたが連れて行け!! ここは『私』が片付ける!!)

(ロル!! あなたは急いでメイルを呼んできて! 医療室よ! 早く!!)

(は、は、はい!)


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