伊香山物語
夕辺歩
第1話
憎き
数えで十五になる今年、
しかし、尊敬する父上の命までも奪われたとあっては、さすがに平静ではいられなかった。目の当たりにした遺骸に我を忘れ、刀一振りを手に屋敷を飛び出そうとした私を叔父上が羽交い締めにした。
「止さんか
「離して下され! 叔父上は悔しくないのですか! 二度も身内を奪われて!」
「悔しくないわけがなかろう。行かせんぞ。三度目なぞ真っ平じゃ!」
屋敷に仕えて久しい小萩が足に取りすがってきた。乳母の頬は涙に濡れていた。
「若様、どうか堪えて下さいまし。
老女を
この上さらに私まで命を落とせば、いよいよ民心は離れ、安曇はきっと郡の長ではいられなくなる。
私は抗うことを止めた。広い土間が静まり返った。いつしか屋敷の外は篠突く雨だった。
呆然と振り返ると、多病な叔父上の
父上が郡内の視察に発ったのは今から五日前。随行した一人が瀕死の体で戻り、賊徒の襲撃を受けて隊が壊滅したと報せたのが二日前だった。
現地へ向かった男衆が戻ったのはつい先ほど。報せの通り父上の遺骸は崖下に転がり落ちていたが、何しろ草木生い茂る秋の賤ヶ岳、引き上げるのは一苦労だったという。
私はずっとこの屋敷にいた。事態を報せるべく
家人たちが見守る中、私は遺骸の側に寄って膝をついた。父上は額を割られていた。袈裟懸けに斬られてもいた。崖から落ちたお陰で何も剥がされていないらしいことだけが救いと言えば救いだった。
私は刀を父上に返した。父上が
乳母の訴えに一度は鎮まった怒りの炎が、私の中で再び燃え上がった。
侮られたままではいられない。畜生にも劣る凶賊めら。
皆殺しだ。八つ裂きだ。この恨み晴らさでおくべきか。
「武親、鞘に貼られているそれは……?」
叔父上が脇から戸惑い顔を覗かせた。私は言われてやっと気付いた。
短い螺旋を描くようにして、刀の鞘に一葉の短冊が貼り付けられていた。
流麗な散らし書き。『いかごやま いかでゆくみの つらからん』と読めた。
料紙は新しい。貼られて間もないように見える。
手に見覚えがあった。これは父上が書いたものだ。
歌の上の句か。どんなお考えがあってのことだろう。
改めて刀を取り、何気なく柄に触れてみて、はっとした。
刀身が抜けない。鞘に収められたままぴくりとも動かない。
叔父上が試しても結果は同じだった。不思議の短冊は爪で剥ぐことさえできない。
弱り切った私たちが顔を見合わせたとき――。
「御免。
どこか間の抜けたその声は雨の庭先から聞こえてきた。
ぐっしょりと濡れそぼった
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