死なない。

jorotama

死なない。

 また今日も、一つの都市が壊滅した。

 死なない身体を手に入れてしまった同胞達の、戦争遊戯のその結果。


 どうして同族同士で戦う必要なんてあったのか。

 私たちは共にこの世界に連れてこられた同胞ではないか。

 身体を溶かされる苦痛に喘ぎながらも酸の海を渡り、与えられた約束の地へとたどり着いたのはいつだったか。

 その後だって順調に暮らしてきたわけじゃない。

 約束の地に住み着いていた有象無象を駆逐するあの戦いは、生易しいものではなかったというのに。


 住み着いたこの世界で、私たちの文明は花開いた。

 なにしろ『死なない』との属性を与えられているのだもの。時間だけはいくらでもある。

 文化、芸術は言うまでもなく、私達を試験管の中に作り上げた人間達に並ぶほど、この世界に科学だって発達させた。


 死なない身体を与えられ、永遠に近しい時を得たのだもの。

 文化芸術を楽しめばいいじゃない。

 なのになぜ、同族同士戦い合うことなどをはじめたりしたの?


 下手に死を知らぬ身体などを得ているせい。戦いはその発達した科学力を使ってどんどん規模を拡大させた。

 個人対個人で始めた争いが、やがては集落コロニー同士の争いとなり、使われる兵器も戦術兵器から戦略兵器へと……そして、とうとう都市を破壊する兵器の使用が開始され、今、私の目の前で私自身決して使うことが無いとの前提で、ただ開発を楽しむためだけに作った兵器の……この世界全てを消滅させるだろう威力を秘めた最終兵器のスイッチを押されようとしていた。


 私は声の限りに制止の言葉を叫んだけれど、戦いに狂った奴らは私の言葉など耳に入れず、そのボタンを静かに深く押してしまったのだ。


 そして、世界は消滅した。




「最終兵器の使用……死なずに腸まで届く腸内環境改善を謳った商品が招いた、まさかの悲劇。今世界では、突然体内から爆発して木っ端微塵に吹き飛ぶ奇病が……」


 スーパーの乳製品売り場。

 プロバイオティクスコーナーの一角で、飲むヨーグルトを手に震えながら一人呟く女子高校生の扁平な胸の辺りを、同じ制服に身を包んだ連れの少女が裏拳でピシリと打った。

 鮮やかなまでに洗練されたツッコミの所作だ。


「生きたまま腸まで届くとは書いてあっても、不死身だとは書いてない」

「あ……本当」

「だからそんな恐ろしい乳酸菌はいない」

「よかった……爆発した人間の中から空気中に漂った乳酸菌が、ヨーグルトを飲んでいない人間の口に入って繁殖するとか、じゃあ、ないんだよね?」

「ない。だから便秘にはそれを勧める。とりあえずプレーン加糖にしとくといいよ」

「うん、わかった」


 飲むヨーグルトを片手にレジへと向かう二人の少女。

 乳製品コーナー付近に残された買い物客らは


「ねぇねぇ、コーヒーのブラック無糖って悪役レスラーっぽいよねー」


 などと言う阿呆な少女の楽しげな声を聞きながら、ただ、生暖かい目(眼球表面温度33~36度程度)で彼女らの後ろ姿を見送っていた。

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