やくそくの待ちぼうけ

京正載

やくそくの待ちぼうけ

「あれ、お父さんのお迎えかい、アキコちゃん?」

駅員の山里さんは、待合室で大人用の傘を持ち、じっとベンチに座っているアキコちゃんに話し掛けました。

外は昼からの大雨で、行き交う人はみな、手に傘をさして歩いています。

「うん、お父さん、朝は雨降ってなかったから、傘持っていくの忘れてたみたいなの。お父さんから電話があったから、アキコが駅まで持ってってあげるって約束したんだぁ」

「ふ~ん、そうかぁ。エライなぁ」

元気に答えるアキコちゃんを、山里さんはほめてあげました。

山里さんは、アキコちゃんがいつも幼稚園に行く前に、会社に出勤するお父さんと一緒に駅まで来ているのを見ているので、お互いによく見知った仲だったのです。

だから山里さんとアキコちゃんは、いつ頃からか仲良しになっていました。

山里さんがアキコちゃんとお話しをしていると、電車が事故のために、到着が遅れるという連絡が、駅員室に届きました。

そのせいか、その日、アキコちゃんのお父さんは電車で帰ってはきませんでした。


 昨日の電車事故は、かなり大きな被害があったらしく、乗客も大勢死んでしまったそうです。

「まさか、アキコちゃんのお父さんも、事故の被害にあったんじゃないだろうか?」

山里さんはアキコちゃんの事が、心配でなりませんでした。

昨日は結局、アキコちゃんのお父さんは帰ってこなかったのです。

事故のせいで電車が動かなくて、タクシーで帰ったかもしれませんけども、もしかしたらと思うと、アキコちゃんの悲しそうな顔が頭にうかんで、気が気ではあません。

ですが、

「おや、アキコちゃん?」

ふと待合室を見ると、アキコちゃんがいるではありませんか。

そして今日も、昨日と同じように大人用のお父さんの傘を手に持っています。

ですが……………………

「アキコちゃん? 今日もお父さんを?」

「うん。お父さん、傘忘れて行ったから、私が持ってきてあげないと困るもの」

山里さんは、一瞬、アキコちゃんのお父さんは事故にあわずに済んで、助かったものだと思いましたが、

「そ…………そう……………」

山里さんは困惑して、駅の外を見ました。

今日は朝から天気はよく、雨雲一つ出ていません。

山里さんがどうしたものかと思っていると、

「アキコ、こんなとこで何してるの?」

と、アキコちゃんのお母さんが、駅まで迎えに来ました。

そのお母さんは、黒い喪服を着ています。

目も涙ではれ上がっていました。

そうです。 やはりアキコちゃんのお父さんは、昨日の事故にあっていたのです。

そして、不幸にも死んでしまったのでした。

「アキコ」

「帰ってくるもん。お父さん、帰ってくるもんっ! 絶対だもんっ!!」

さっきまで笑顔だったアキコちゃんは、急に顔を強ばらせて叫びました。

目からは、涙がボロボロとこぼれています。

「約束したもん。お父さん、次の日曜のアキコのお誕生日に、ウサギさんのヌイグルミ、買ってくれるって、約束したもん。お父さん、いつもウソつく人は悪い人だって言ってたよ。お父さん、悪い人じゃないから、アキコとの約束、ちゃんとまもってくれるもの。だから、アキコもお父さんをお迎えするって約束、まもるもんっ!」

泣きながら言うアキコちゃんでしたが、お母さんに説得されて、渋々家に帰りました。

 でも、本当にアキコちゃんのお父さんは、約束をまもれなかったのでしょうか?


 それから数日後、山里さんの所に、先日の事故があった駅の駅員の知り合いの人が、大きな荷物を持ってきました。

「事故現場に落ちていたんだけど、たぶん被害者の持ち物だろうって保管してたんです。調べたら、前に山本さんが言っていた『アキコちゃん』って子のお父さんが、荷台に置いていたモノだって分かったんですが、すみませんけど山本さんから、そのアキコちゃんに渡してあげてくれませんか?」

それは、大きなウサギのヌイグルミでした。

山里さんは、それを大事に抱えて、アキコちゃんの家に電話しました。

その日はアキコちゃんと、お父さんが約束した日曜日。

アキコちゃんの誕生日でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やくそくの待ちぼうけ 京正載 @SW650

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ