浦島ざる者
ナイロンロープの首吊り男
浦島ざる者
鯛や鮃が舞っている。色とりどりの魚達が艶かしく目の前で舞っている。
分かっている。コレは幻想だ。どんなに綺羅びやかでもコレは幻想。目に映る全てが正しいモノでないコトは分かっている。
だから大丈夫。まだ大丈夫。そう、大丈夫。
竜宮城…と呼ばれる阿片窟へと潜り込んだのは何日前だったか。いや、何週間前?既に中に入ってから暫くの時が経つ。上からの要請で証拠を挙げる為にやって来た。どうせすぐに終わる腐れ仕事。そう思っていた。
しかし、ココの首魁である乙姫とやらは余程奸計の働く奴らしい。
漂う匂いは間違いなく阿片。しかし、その物的な証拠が一切手に入らない。その上、一度入った者は中々帰そうとはしない。あれこれと理由を付け、次から次へと供物を用意し、こちらから話を切り出し難くしている。
今度は目の前を見たこともないような長い魚が横切った。コレも幻想だ。
だが、その質感は本物さながらである。触れてみたいと思ってしまう程の質量を伴った幻想。本当にコレは幻想なのだろうか?いや、大丈夫。まだまだ大丈夫。
懐に忍ばせた暴力の塊を撫でる。コレさえ手元にあれば正気を失わずにいられる。
美しい彫刻が飾られた愛しい相棒。コイツの鳴き声さえ聞けばいつだって正常に戻れる。
そう信じて時が来るのを待っている。今はまだ動く時では、ない。
少し前にショートボブにした栗色の髪をイジりながら、モニターの向こうの男を眺める。
「ねーねー、このヒトってヒゴーホーやってる系だよね?なんでツーホーしないの?」
振り返りもせずに言う。答えは少し遅れてやってくる。
「ナチュラルだからだ」
なちゅらる。つまりはビョーキなのだという。
「えー!余計危ないじゃん!ツーホーしよーよー」
今度は何も返って来なかった。
合法ドラッグ専門店。完全に密閉された個室の中で楽しむ新しい商売。
国の審査をクリアした、短時間しか作用せず依存性の極めて小さい混合気体。それを吸引する為の場所がソレである。が、その裏の顔は非合法ドラッグ使用者を秘密裏に逮捕する為のトラップでもあった。
モニターの向こうの男はどう見ても裏の方の該当者にしか思えなかったが、どうやら脳波が正常なビートを刻んでいないタイプであるらしい。
そうしている内に、男の部屋に幻想を打ち壊すブザーが鳴り響いた。
それと共に、男はこめかみにゴツい鉄の塊を押し当てた。ブザーに轟音が混じった。
どうやら残業しなければならないようだ。
浦島ざる者 ナイロンロープの首吊り男 @sink13
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