ドラゴチック学園

琴野 音

まず鉛筆が持てないんだけど……

一年前、人間と共存する道を選んだボク達ドラゴンは、一つの困難に立ち向かっていた。


「私たちドラゴンも、『学校』を作ろうか」


気まぐれのようにマザードラゴンが言った一言が、全てのドラゴンを困惑させた。

人間の子供は学校に通い、そこで膨大な知識を身に付けることで急成長をする。それは人間より圧倒的に長寿なドラゴンにも匹敵する場合があり、ならばドラゴンが学校に通うとどうなるのだろうといった発想からこの話が生まれたのだった。

今日は初の登校日、不安でいっぱいだ。


「ホント、ママは何考えてるのかしら? 私たちが人間の真似事なんてしても意味無いわよ」

「どうなんだろう。マザーの言っていた学園生活の話しは楽しそうだったけど、やっぱりどうなるか心配だよね」


ボクの横を歩くのは、黄金の鱗を輝かせるマザードラゴンの直系の女の子。基本的にドラゴンに名前は無かったのだけど、学校が出来てから彼女は『ラフィア』と名付けられた。ボクは『マークツー』という名前らしい。

ラフィアはぷりぷり怒りながら自慢の長い尻尾を振って岩を砕いている。マザーに直訴して学校反対を唱えていたけど、「通わないとあなたの火炎を封印する」と言われて仕方なく参加しているみたいだ。

マザーの話しだと、学校はほぼ毎日あるものだとか。縄張りが近いラフィアとは毎日一緒に登校出来るから、それだけはすごく嬉しい。

ボクはラフィアが好きなのだ。鱗はツヤツヤだし、火炎を吐いた後の「ふんっ」って顔が可愛い。


歩いて二十分ほど。山をくり抜いた形で無理矢理作られた学校に到着する。すると、校門に立っているハウンドドラゴン先生がニッコリと笑いかけてきた。


「おはよう。あなた達は学校でも仲良しなのね」

「当たり前でしょ? 私とマークツーは番になるんだから」


ラフィアがボクの身体にすりすりしてくれて、ボクの尻尾が無意識に横に揺れる。

嬉しい。

その様子を見るハウンドドラゴン先生は、大きな手でボクの頭を撫でてくれた。


「ラフィアとマークツーの子供かぁ。どんな子だろうね。やっぱりマークツーみたいにもこもこしてるのかな?」

「ちょっと! 私のマークツーに触らないでよ! それに子供は私に似るの! 金色なの!」

「はいはい。ほら、あなた達で最後なんだから早く入りなさい」


ハウンドドラゴン先生は口から『ボワァー』と何重にも反響する音を出してボク達を教室に向かわせた。

ボクはこの声が少し苦手。全部の毛が反応してこそばゆい。そんなことを思うのはボクだけだろうけど。


「まったく、マークツーも簡単に触らせちゃ駄目なんだからね?」

「でもさ、撫でられるのすごく気持ちいいよ?」

「それが変なのよ。まぁ、あなたを触って気持ちいいから、逆もあるのかな?」


ラフィアは少し呆れながらボクの横をピッタリ歩く。

ボクはドラゴンなのに鱗が無くて、その代わりに真っ白な毛で覆われている。お父さんとお母さんは普通のシルバードラゴンだから、特異体として産まれちゃったみたいだ。ボクのようなドラゴンは初めてだから、ちゃんとした名前が着くまでは『レアラベル』という仮の種族名が与えられる。


教室に着くと、いろんな種族のドラゴンが十三体集まっていた。人間は何百単位の個体が集まるらしいけど、ドラゴンは数も少なくて試験的な運営だからこの数らしい。

ボク達が石の『机』の前に座ると同時に、奥の通路からマザードラゴンが何故か人間の姿で現れた。そっか、先生なんだ。


「皆さん、おはようございます」

「「おはようございます」」

「よろしい。みんな挨拶は覚えてるみたいね。郷に入っては郷に従え。真似するなら全部真似していきましょうね」


小さなマザー先生はノリノリで、人間の服や眼鏡まで付けていた。


「それでは出席を取ります。呼ばれたら返事してね。まずは、アーティン」

「……」

「はい、アーティンは深海龍だから声が出せなかったわね。ちゃんと発声の練習をするように」

「…………」


出だしから悪い予感がするぞ? 何で深海龍を参加させたのだろう。登校も大変そうだ。


「次、カラタケ」

「はい!」


ワイバーンのカラタケくんは翼を大きく上げて返事をする。その風圧でマザー先生の持っていた紙が宙に舞った。


「元気がいいね! 次、マントル!」

「はい……」

「マントル元気無いわね? 大丈夫?」


マントルくんは呼吸を細くして俯いていた。まぁ、元気がない理由は誰でもわかる。


「先生」

「何でしょうラフィア?」

「マントルは身体が大きすぎて天井につっかえてます。このままだと呼吸出来なくなって死んじゃいます」

「仕方ないわねぇ」


マザー先生はフワッと浮かび上がって天井に手を着く。一瞬だけ天井に光の波紋が広がると、彼女はなんと、そのまま持ち上げてしまった。

山を一つ持ち上げて横にポイッと捨てたマザー先生は、教壇に戻って服のホコリを払った。


「これでどう?」

「楽に、なりました」


何だか病人みたいなコメントだけど、マントルくんが死ななくてよかった。というか、どうやって教室に入ったの?

問題だらけの出席確認を終えると、一限目の授業が始まった。国語という授業で、ドラゴン語を書いたりするらしい。

そこで、また問題が発生した。


「先生」

「はい、ラフィア」

「この『鉛筆』が持てません」

「それくらい頑張って持ちなさいよ」

「みんな持てません。ヘルコアトルのシルビアは手も無いです。」

「う〜ん……」


流石にマザー先生も頭を抱えていた。

それはそうだ。せっかく『鉛筆』と『ノート』を用意してくれても、ボクたちは人間ほど器用に手が動かない。三百年くらい生きれば手がぐにゃぐにゃ動く器用なドラゴンもいるけど、一歳から五十歳が登校する学校でそんなドラゴンはいない。

ヘルコアトルのシルビアちゃんは頑張って口で書こうとしたけど、衝動的に鉛筆を食べちゃって涙目で落ち込んでしまった。

仕方ないよ。口に咥えたら食べちゃうよね?


「では、今日は人間の言葉をリスニングすることにします。先生が人間の言葉で話すから聞き取る練習をしましょう」


もはや国語ですらなくなった授業は、マザー先生の謎の言葉を延々聞き流すだけの時間となってしまった。


次の時間は体育。グラウンドという広大なサラ地で個々の運動能力を測るらしい。ラフィアはやる気満々だったけど、深海龍のアーティンくんはすでにグロッキーで大きな水槽に入って見学となった。


「それでは! 1000メートル走をやります!」

「短っ!」

「ラフィア文句言わない! じゃあマークツーから行きましょうか!」


名前を呼ばれたボクはスタートラインについて、四足に力を込めた。

ラフィアにカッコイイとこ見せるんだ。


「よ〜い、スタート!」


合図と共に走り出したボクは、五歩くらいでゴールしてしまった。


「四秒ね。流石レアラベル。見た目通り走るのめちゃくちゃ速いわ。ケルベロスみたい」

「いいよマークツー! 後で撫でてあげる!」


たくさん褒められてまた尻尾が勝手に動く。

次に走ったワイバーンのカラタケくんは、もともと走る事が大の苦手でリタイア。ルールを理解してなくて飛んでしまったラフィアは失格。ヘルコアトルのシルビアちゃんは足が無くて参加資格がなかった。


「みんな駄目駄目ねぇ」

「種族によって形態が全然違うんだから無理があるのよママ」

「ラフィア。学校でママって言わないの」

「…………」

「では、次は火球射撃にします!」


グダグダで元気がなかったみんなは、火球射撃と聞くや「おぉー!!」とテンションを上げた。ドラゴンはどの種族でも火炎袋を身体に持っているため、深海龍であろうと火炎が出せるのだ。ようやく全員がまともに参加出来る授業になった。


「じゃあマントル!」


マウントドラゴンのマントルくんはその身体の大きさから、力比べに一目置かれている。穏やかな性格の彼も、どことなく自信有り気だ。


「いきます……」


大きく息を吸って、遠くの的に炎弾を放つ。威力はさる事ながら、コントロールも抜群で真っ直ぐ的に当たり消し炭にしてしまった。

辺りから口々に声援を貰い、照れながらゆっくり下がってくるマントルくんは満足そうな顔だ。


「次はそうね、ラフィアいってみましょうか」

「私ね……ふふふっ」


ラフィアはフンッと鼻から炎を漏らした。ウキウキしてる。可愛い。

マザードラゴンの血縁は桁違いに炎の出力が高い。青い炎が出せれば一流ドラゴンと呼ばれる中、青が濃すぎて黒く見える『黒炎』を出せるのはマザードラゴンの血縁だけなのだ。


「はいスタート!」


ラフィアが低く構えた瞬間、一帯の温度が急激に上がった。反動で飛ばないように爪を地面にくい込ませ、彼女は一子相伝の黒炎を放つ。空気を熱でねじ曲げ、目標に向かって飛ぶ黒炎をバックに彼女の姿が輝いて見える。

カッコイイ……カッコイイよラフィア。

しかし、ボクの高揚した気持ちは一瞬で冷める。

黒炎は的を外れ、なんと校舎に向かって飛んでいった。

炸裂した黒炎は校舎を丸呑みにし、破壊的な爆発音でクレーターとキノコ雲を生み出していた。

彼女の、事故現場を横目で見ながら振り向くに振り向けない微妙な横顔は一生忘れないだろう。やってしまった感がすごい。


「ラフィア……」


マザー先生の怒りを孕んだ呼びかけに答えることが出来ないラフィアは、唖然とした顔で一瞬振り向いたかと思うと、慌ててどこかへ飛び去ってしまった。


「こら! 待ちなさい!」


マザー先生は黄金のドラゴンに姿を戻すと、逃げ去った娘を追って飛んでいってしまった。

二つの金色の星を眺めながら、残されたボク達は無言で止まっていた。次に動き出せたのは、焦げ臭いハウンドドラゴン先生が笑顔で現れた時だった。


「みなさん。今日の授業は終了です。気をつけて帰りましょうね」

「あ、あの……」

「なにかなマークツー?」

「明日は……」

「明日も授業はあります。校舎はクレイドラゴンに徹夜で修理させますので安心して来てくださいね」


一晩で山一つ復活させなければいかないクレイドラゴンの顔を想像するだけで涙が出る。


こうして、ボク達ドラゴンの学園生活は幕を開けた。不安しかないけど、ものすごく不安しかないけど、ボクは学生を頑張っていきます。


とりあえず、前足を上げて鉛筆は持てるようにしようかな。

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