☆★約束の彼方に 9
☆
「透の様子がおかしい。まったく試合に集中出来ていない」
「そう」
一昨日のことを思い出していた。もしかしたら僕と同じように、透も僕の約束を気にしているのかな。そんな考えが浮かんだけれど、そんなわけないと首を振った。
ううん、透は僕とは違う。とても強いんだ。
透が僕との約束を気にしているなんて思い上がりもいいところだし、それに勝手に約束を結んだのは僕。そしてそれを勝手に壊したのも僕自身。
僕はもう、透に関わるべきじゃない。
「颯太、透となにかあったな」
「もう僕は、透と一緒にはいられないよ」
透といると、時々苦しかった。
自分は幸せな家庭で育っていることが負い目のように感じることがあった。不幸な生い立ちをはね除けるような透のまっすぐな頑張りはあまりに眩しく、不甲斐ない僕は直視できなかった。
いつもならきらきらと輝いていた約束も、自暴自棄になった僕にとっては重荷になってしまった。
「そうか、それならそれでいい。だが今日だけは来てくれ」
「行けないよ」
「お前は透の親友だろ」
「僕には、あいつの横にいる資格なんて、ない」
「いいから来い!」ハカセの怒りの声が僕の鼓膜を引っ掻いた。
「なにがあったか知らんが、へそを曲げている場合か」
僕は顔を両手で覆い隠す。もう、どうしたらいいか分からなかった。
「怖いんだ。どれだけ相手を思っても、守ろうとしても、それらは僕のまえから通り過ぎていく。もう置いていかれるのは、こりごりなんだ」
ハカセはしばらく無言になった。その向こうでは大歓声があがっている。
「もしもし」
沈黙のあとで、電話の相手が変わった。その声は、僕が今まで一緒に生きていた、生き別れの妹の声だった。
「理沙」理沙の声だけで、泣きそうになる。「どうしたの」
「颯太、聞こえる」理沙の声は穏やかではなかった。
「いまどこにいるの。とおるくんがずっと叫んでるよ。颯太に来てほしいって。このままじゃ、とおるくんは」
「理沙、僕は」
「颯太」
気づけば電話越しの声は泣いている。それは共感覚がなくても痛いほど伝わってきた。
「共感覚がなくたって、どんなにきらわれたって。私にとって颯太は、世界で一番大好きな、たった一人の大切なお兄ちゃんだよ。だから私がまた迷子になっても、かならず見つけてくれるよね。私がどこかで泣いていても、大丈夫だって励ましてくれるよね」
僕は電話越しにうなだれる。理沙は濡れた声を絞りだす。
「とおるくんはずっと待っている。いまのとおるくんは、颯太にしか救えない。世界で一番優しい颯太が助けに来てくれるの、とおるくんはずっと待っている。だから早く来て、颯太」
だれでもない、ずっと感覚を分かちあって生きてきた妹からの頼み。
それでも僕は、動けない。
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