★真剣勝負
パシュッ!
本日100本目のシュートは、これ以上ないってくらい完璧な軌道を描いて、リングにかろうじて垂れ下がっているネットを揺らした。
俺たちは学校から30分くらいチャリを飛ばした先にある空地に来ていた。この空地には、雨風にさらされて、痛みに痛みまくったバスケットゴールが置いてある。
ここは俺と誠が昔たまたま見つけた穴場で、ほかの奴が使っているのを見たことがない。高台で見晴らしがよく、コンビニが近くにあって色々便利な場所だ。
18時を過ぎたあたりから、照りつける日差しも陰りを見せてだいぶ過ごしやすくなったが、地面の砂は昼間に吸い込んだ熱気を発散させていて、まだまだ立っているだけでも地獄だ。
この暑さにボールも嫌気が差したのか、もう勘弁してくれよと砂埃を巻き上げながら、雑草でぼうぼうになった日陰を目指して転がっていく。
俺はさっきのシュート感覚を忘れたくなくて、ジュース一本でアドバイスを引き受けてくれた誠を振り返る。
「なんか気付いたいことあるか。フォームが乱れているとか」
「まさか。きれいなフォームだって感心してたぜ。疲れても崩れないし」
俺の反対側のコートの中央、どこから持って来たか分からないタイヤに誠は座っていた。やっぱり見ているだけじゃ物足りないのか、自分の右手の人差し指でボールを地球儀のようにクルクル回している。
よく考えてみたら、地球も模型にされてまで回らないといけないなんて気が重そうだ。
そんなことを考えて空を見上げたら、地球の自転のおかげで、俺たちのバスケットコートには鮮やかな西日が差し込んでいた。見事な茜空だ。
俺は目を細める。その茜空から届く太陽の光は、まるで俺専用のスポットライトみたいだ。俺は先に控えた大会で、決勝まで勝ち残った自分の姿を想像する。
耳を済ませると喝采が聞こえる。
観客たちの熱い視線で溢れた体育館には、デカデカとした横断幕がところ狭しと並んでいる。そいつらは中央を凝視する。その中心には俺がいる。胸が熱くなる。
その観客の一角に、真っ白な手を祈るように重ねる颯太のそっくりさんがいる。鳥が空を飛ぶように、俺がコートを縦横無尽に活躍する姿に頬を染めながらも、俺が怪我しませんようにと切に願っている。
それは本当に完璧で“きれい”な場面だ。
「きれいって、なんなんだろうな」
「は?」
俺は思いついたそのままに、誠に疑問をぶつける。誠は回していた地球、もとい、ボールを落とした。
つまらないことを考えているんじゃねぇよと突っ込むかのように、ボールは俺の運動靴の爪先へコロコロと転がってくる。
「なに言ってんだよ、透。バスケ馬鹿が哲学者に転向すんの」
「なんとなくだ。きれいっていい響きだけど、なんだかよく分かんねぇなって」
透は俺の質問には向き合おうとせず、戯けてみせた。誠はいい奴だけど真面目な話には向いていない奴だってこと、このときすっかり忘れていた。
「たしかにな。彼女にするならブサイクより断然キレイな奴が良いな。きれいだったら、多少性格が悪くても我慢できる」
「まあそうだけどさ。そういう話じゃねえよ」
「キレイな宝石はアホみたいに高い。汚い宝石は、って、そんなのそもそも宝石じゃねぇか」
「おい、誠。真面目に聞いてくれ」
俺は転がってきた誠のボールを投げ返す。イラっとしたせいか、パスは乱暴になる。
「人ってきれいなものに憧れるよな。それってなんでなんだろうか」
「滅多にないからじゃねぇの。女の子だって、宝石だって、価値あるものはキレイって相場で決まっているもんだ」と誠。
「ってことは、俺のシュートフォームは滅多にないってことか」
「まあ、そう言うことになるんでねぇの」
俺はなんだか、環状線をグルグル回っている感覚に襲われる。なんだか終わりがない迷路を無駄に一生懸命に走っている感じだ。
「でも、いつもシュートが決まる訳じゃない。きれいなのに完璧じゃないなんて、なんか納得いかねぇ」
そこで誠は立ち上がってケツについた砂をパンパンと払う。よく分からんが不機嫌で、手荒な仕草だ。
「大丈夫だって、お前のシュートはそりゃぁ、百発百中ではないけど、外すことのほうが珍しいよ」
誠はうざったくなったのか、無理矢理話をバスケに戻した。俺はなんだか騙された気になる。
生きていくために他の生物を殺すのはいいのかという真剣な問に、そうしなければ生きていけないじゃんと鼻で笑われて突っぱねられたように。
そう言われればそうなんだけど、俺はお前の考えを、お前だけの考えを、聞かせて欲しいんだよ。
「そういうことじゃねぇ」
「あのさぁ」誠がぴしゃりと俺の話を断った。「透、お前やっぱり最近おかしいぜ。石川と付き合いだしてからか、変なことを気にするようになった」
石川は颯太の名字だ。
「そうかぁ。俺はなにも変わってないけどな」
誠にしては、珍しく人のことを悪く言っているもんだ。誠はいつもみたいに、ふざけて体をぶつけて肩を叩くような雰囲気ではなかった。真剣な眼だ。まるで盾と剣をこれから構えあって、決闘しようとしているみたいだ。
「いつもクラスじゃ石川と一緒にいるんだ。変わらないわけねぇだろう」
それは決定的なものを含んでいた。
「なにマジになってんの」俺はイライラが
そしたら誠は笑った。お前はなにも分かってないって言いたげに。
「透のために、言ってやってんだよ」
「なんだよ、その言い方」
俺は誠に食って掛かる。なんだよ、こいつ。喧嘩売ってんのか。誠はそれでも謝らないし、訂正もしない。
「だって俺たちは身の回りの奴から色々な影響を受ける。それでいて自分はまったく変わらないなんて、犯罪者が最初に『俺はやってない』っていうくらい信じられねぇ」
「もういい、もういい。俺が悪かったよ」
俺はなんだか誠の言い草が気に食わなくて腹が立った。誠にそんなこと言って欲しくねぇ。
なんだか今日の誠は“あいつ”みたいに絡みづらい。誠はそんな俺に歩み寄って怖いくらいに睨む。
「いいか、透。お前はすげぇ頑張っているよ。俺は一緒にやってきたダチとしてすっげぇ誇らしい。でもな、お前のレギュラー入りをよく思っていない奴らはうようよいる」
容易にその顔が浮かんできた。誠は苦虫を噛み潰したように顔を背ける。
「お前がそれこそ、血が滲むくらい頑張ってきたことを知りもしないのに、一方的にお前が生意気だの、礼儀がなってないだの、見当違いのことで文句を言ってきやがる」
「そんなの勝手に言わせておけよ。誠が肩を持ってくれるのはありがてぇけど、これは俺の問題だ」
「それが違うんだよ。よく周りを見てみろ。本当にお前たちだけの問題なのか。そのせいで部活がギスギスするのも、皆がロッカーで息を殺して着替えているのも」
「それは」
「透。変なことばっかり考えてないで、もっと回りを見てくれるよ」
それはお願いよりも懇願に近かった。
「最近のお前はどこか気が立っているっていうか、地に足がついてないっていうか。とにかくなんか変だ。今にでっけぇ問題を起こさないかって心配してんだ」
俺はその言葉で痛切に思い知らされた。
部の雰囲気を悪くしているのは、補欠組だけの責任じゃなくて俺にもその一端があるんだ。きっと部活のあいだずっと、補欠組に対する不満が表に出てしまっているんだろう。
だが俺は自分のことで精一杯で、そのことに気づいていなかった。眼の前のこいつは、ずっとそんな俺を心配してくれているんだ。
「そうかもな。俺も悪かったか」
危なかった。誠がいなければ、俺はあいつらと同様に部活を乱す、同じ穴の
「誠。教えてくれてありがとうな」
「やめてくれよ。こっぱずかしい」
誠は後ろを向いて、ばつが悪そうに鼻頭を掻いた。友として、誠が頼もしかった。こうやって面と向かって叱ってくれる奴が、一番信頼出来る。
やっぱり誠はいい奴だ。バスケの同期はたくさんいるが、相棒と呼べるのは、やっぱりこいつしかいない。
「誠。今回はあれだったけど、お前と一緒にコートに立てるのを楽しみにしているからな。絶対三年になったら、一緒にコートに立とうな」
「ああ、すぐ追いつく。追いついてやるよ」
誠の声はどこまでもひたむきで曇りがない。その声が俺に元気をくれる。俺はすべてを仕切り直すように誠にボールをくれと合図する。
「一対一しようぜ、誠」
「おし、いっちょやるか」
誠は俺にボールを渡すとボキボキ手の関節を鳴らし、半袖のシャツの袖をさらにまくった。俺は誠の準備が終わるのをハンドリングしながら待つ。
誠の自前のボールは表面がすり減っていて、上手く指に引っかからなくなっていた。ツルツルに禿げて溝も消えている。でもそれは、こいつの努力がそうさせたんだ。
一緒にいるとむかつくことが多いし、調子の浮き沈みも激しいけど、こいつが同期で良かった。
「よし。待たせたな」準備が終わったのか、誠は姿勢を下げてディフェンスの構えになる。「お前のオフェンスからでいいぞ」
「それじゃあ、遠慮なく。ボコボコにしてやるよ」
そうして俺は誠と対峙する。一切手を抜かない、真剣勝負に突入だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます